最初は70匹ほどいました。
小さかったです。
だんだん淘汰され、さらに水槽の大きさに合わせて2匹だけ残して、他のザリガニは川に流しました。
上の左の写真は、8月29日の投稿で載せた写真。
当時からひときわ大きく育っていたザリガニは、現在まで生き残りました。
上の右の写真は、生まれてから7ヶ月後の今日の写真。
白っぽい方がそのザリガニです。大きくなりました。
もう一匹はチビだったのですが、今や立派に育ちました。
赤色の体がたくましく見えます。
今日は、この2匹とお別れをしました。
水槽で孵化して育ったザリガニ2匹を、
親が住んでいた川に流しました。
橋の上から2匹が見えなくなるまで見送っていました。
水槽育ちのザリガニ2匹よ、もう餌は上から降ってこないよ。
餌は自分で見つけよう。
敵もいるぞ。食べられるなよ。
世間知らずだから、心配だ。
2匹の川での姿を撮影。左に白いザリガニ、右に赤いザリガニが写っています。
3月10日に
「シリーズ激動の昭和 3月10日 東京大空襲 語られなかった33枚の真実」、
3月17日18日と「東京大空襲」と、
テレビで東京大空襲のドラマが放映されました。
これらのドラマを見て、
「言問橋(ことといばし)」が象徴的な場所として出てきました。
ウィキペディアには次のように書いてありました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A8%80%E5%95%8F%E6%A9%8B
1945年3月10日の東京大空襲の際には、
浅草方面の人が「川の向こうに行けば助かる」と思い言問橋を渡ろうとしたが、
反対の岸にいる住民も同じ事を考えており、
橋の上で合流してしまい、
身動きが取れなくなったところで橋の上にも炎が走り、
耐えかねた人々は次々と欄干から身を躍らせ、
死体で埋まった隅田川に落ちていったという。
空襲が終わったあと、隅田川は一面死体が浮き、
言問橋の上にも河川敷にも積み重なった累々たる死体の山が築かれていた。
1992年から実施された改修工事で切り出された
欄干の基部の縁石(色が黒ずんで変色している)が隅田公園に展示されている。
ただし、橋の親柱は、
一部未改修のため現在も東京大空襲で焼け出された人の脂の黒ズミが残っている。
上記の黒ズミは、番組の中でも筑紫哲也氏によって紹介されました。
これだけの年数が経っても消えない黒ズミは、
死んだ方の気持ち(苦しみ)を伝えているように思います。
言問橋で起こったことを、勉強したくなりました。
まずはこの本を注文しよう。
「写真版 東京大空襲の記録」(早乙女勝元著 新潮文庫)
忘れてはいけないのは、隣の豊橋市、豊川市でも大きな空襲があったこと。
豊橋は昭和20年の6月19日~20日。死者624人。まずは下を参考。
http://www.city.toyohashi.aichi.jp/koho/050615/th050615b.pdf#search='
これは「広報とよはし」(平成17年6月15日発行)の
「特集 60年前豊橋に空襲があった」です。
※2010年(平成22年)6月14日に
上記のアドレスから見ようとしましたが、見られませんでした)
明日・・・明後日・・・・そろそろ咲きそうです。
左の写真のように、同じ木で咲き始めた花もあります。
私はずっと「つぼみ」と書いてきましたが、花が咲く手前の状態が「つぼみ」なら、
今の写真のピンクの部分が「つぼみ」と言えます。
下は3月7日の写真。
これは花が咲く手前ではなく、「つぼみ」とは言えないのではと思うようになりました。
いい言葉がありました。
「花芽(はなめ/かが)」
これがいいのでは?
花芽は「植物の茎・枝にあって、発達すれば花となる芽」という意味。
花芽と違って、葉になるのは「葉芽(ようが/はめ)」というそうです。
花芽に葉芽、また新しい言葉を覚えました。
今、桜のつぼみに注目しているけど、桜の葉芽も見落とさないようにしておこう。
終業式や修了式が済むたびに、時間休をもらって、校区にある本宮山に登りました。
今回は修了式のあった24日は、いろいろ打ち合わせ会などあって行けず。
25日午後に時間給をもらって、本宮山に登りました。
林業の方だと思いますが、杉の木に登って、皮をはいでいました。(左端:はいだ後の木の写真)
何で皮をはぐのかなと疑問に思いました。
暖かくなって、皮の裏側に虫がつくことを防ぐのでしょうか?
杉皮を使うためにむいているようには見えませんでした。
立ち枯れにさせるため?そのためには木の白い部分が見えるまでむくとのこと。
そこまでむいていませんでした。
疑問は残りました。誰かご存じの方は教えてください。
山桜はまだ開花まで程遠い状態でした。(中央と右端の写真)
一緒に行った人が、「出っ歯の人のことを”山桜”と言うよ」と教えてくれました。
山桜は花(鼻)と葉(歯)がほぼ同じくらいに出ることから言うそうです。
昔、聞いたことがあったなあと、うっすら思い出しました。再確認。
「山桜みたいですね」と言われたら、ご注意を。
下山して、学校に戻り、指導要録を少々書いて帰宅。
少しずつ生長中。
ピンクの部分が少しずつ伸びてきています。
この写真を撮っていたら、学童保育の1の2の男の子が2人やってきました。
「先生、登り棒に登ったら、桜の花がアップで見れるよ」
と教えてくれました。
25日のうちに、グランドの桜はあちこちで次々に開花していました。
「そりゃあ、いい」
さだまさしの3月25日の日めくりより。
「今年の桜は早かった」とか、
「今年の桜は遅いねぇ」という
挨拶のまた美しいこと。
この季節の日本人の心根こそを、
世界中に知らせたいと思う。
最近は「今年の桜は早いねえ」と言う挨拶をよくしています。
「シナモンシュガースティックドーナッツ」についてかつて2回ほど投稿しました。
http://mitikusa.typepad.jp/blog/2008/01/post-99e6.html
http://mitikusa.typepad.jp/blog/2008/01/post-b319.html
気になるパンだったのですが、このところちょっと異変。
このパンの名前からなぜか「シナモン」が抜けてしまいました。
「シュガースティックドーナッツ」とちょっと物足りない名前にいつの間にかなっていました。
なぜだ?山崎製パンさん、理由を教えてほしいです。
昨日の朝日新聞を見ていて目に留まったのが、「ヤマザキパン」の入った本の名前。
「ヤマザキパンはなぜカビないか」(渡辺雄二著/緑風出版)
こんな説明が書いてありました。
ヤマザキパンからコンビニ弁当、駅弁、回転寿司、ハム等々。加工食品は問題の多い添加物でいっぱい。ミリオンセラー『買ってはいけない』の著者が食品業界のタブーを破る。
「シナモンシュガースティックドーナッツ」にこだわり、山崎製パンのことが気になっていたからこそ、目にとまった本の名前です。
う~ん、読んでみたい。注文しようかな。
3月28日にある女の子が誕生日を迎えたら、1の2は全員誕生日を迎えます。
ちょっと早いけど、24日の修了式の日にお祝いの拍手をみんなでやりました。
昔、何という映画だったか忘れましたが、
アメリカの映画で、インディアンと騎兵隊の戦いのシーンを見ていました。
インディアンの若者があっけなく撃ち殺されてしまいました。
その時にこんなことを思いました。
彼がここまで大きくなり、立派な青年になるまでには、
親などたくさんの人が成長にかかわり、彼も頑張っただろうに。
それがたった一発の銃弾で無に帰すのは悲しすぎると。
さらにこうも思いました。
無事に一つ一つ年を重ねていくことはとても貴重なことだと。
一つ年をとることが当たり前に見えますが、
私にはとても祝福すべきことに思えます。
「本人の顔が赤くなるまで拍手しよう!」などと言っています。
全員が誕生日を迎える。いいぞいいぞ。
全員7歳になります。めでたしめでたし。
24日は修了式。
1の2ともお別れ。思い返せばいろいろあったなあ。
つい笑い出してしまうこともあれば、考えてしまうこともあります。
でもいい思い出、いい体験でした。
ベストは尽くしたつもりです。足りないのは私の実力不足。
1の2の22名!4月からお互いにまた頑張りましょう。
25日の朝、運動場の南にある正門の上にかぶさってきている桜の木に、
ポッポッと花が咲いているのを発見!ついに本学校の桜の花が咲いているのを発見。開花宣言です。
ところで、私が青いリボンをつけてマークしている桜の木は、運動場の東側にあります。
その木は、まだ開花していません。朝もつぼみの様子を撮影してみました。夕方もまた撮る予定。1日のうちでも変化が大きいと予想されます。
さだまさしの日めくりをいつも見ています。
3月23日はこう書いてありました。
「桜前線」という言葉が大好きだ。
「開花です」「五分咲きです」「満開です」。
ニュース番組で、毎日、
花の咲き具合を報道する国。
豊かじゃないか。
3月24日にはさらにこう続きます。
「桜前線」という美しい言葉を、
世界中の人々に聞かせたい。
そして、この国の人々の
「自然と共存する優しい心根」を伝えたい。
名古屋の開花宣言が3月22日。遅れること3日。桜前線がここにもやって来ました。
私も「桜前線」という言葉は好きですね。
日本気象協会の予想は31日でしたが、早まった。