2012年1月 3日 (火)

上海上陸作戦その2・・・上海ー南京付近の地図

   

今日は1月3日。

前投稿のつづき。

   

「上海 上陸」とうって検索すると、

映画「「おにいちゃんのハナビ」上海上陸(2010年5月)

AKB上海上陸(2011年9月)

なども含めて、いろいろな人たちが上海上陸という言葉を使っていました。

しかし、日中戦争に関係する項目はなかなか出てきません。

27番目にやっと出てきたと思ったら、

私が投稿した内容でした。・・・昨年12月17日投稿

   

だいぶ後ろに追いやられているなと、検索の並びで思いました。

※でもそのつづきを見ていくと、本多勝一氏の「南京への道」について論じている項目がありました。

そうか「南京の道」を昔読んで、上海上陸については、かつて勉強したことがあったことを思い出しました。

    

   

では前投稿で紹介した本「上海敵前上陸」(図書出版社)のこと。

作者は三好捷三(しょうぞう)さん。

本の巻末の資料によると、1905年香川県生まれ。

本の初版が出版されたのは、1979年ですから、

74歳でこの本を出版されたことになります。

今のうちにちゃんと書き残しておこうと思って書かれた本なのでしょう。

    

この本の巻頭にあった上海ー南京付近の地図はとても役に立ちました。

名古屋第三師団歩兵第6連隊や丸亀第十二連隊が上陸した

ウースン(呉淞)という場所が手元の地図ではわかりませんでしたが、

この地図でよくわかりました。

EPSON058

(次につづく)    

 

 

 

上海上陸作戦その1・・・きっかけ

  

今日は1月3日。

ちょっと面白い勉強が始まっています。

   

12月に、文房具を買いに本屋へ。

目的のものを買って、お店を出ようとした時に、

出口付近にあった本に目がとまりました。

   

愛知県謎解き散歩」(白井伸昂編著/新人物往来社)

51+Quyo97qL__SS500_
    

気になったので、しばらく立ち読み。

内容も良さそうなので、再びレジの戻って買いました。

   

さっそく読んでみて、特に印象に残ったのが、

知多半島の先にあるセメントの軍人像。

そして日中戦争時の上海上陸作戦。

そのことをさっそく書いて投稿しました。

「知多半島中之院の軍人像/上海上陸作戦」html

     

関連本があることがわかり、本を入手。

上海敵前上陸」(三好捷三著 図書文化社)

この本を、年末に高崎に行った往復の電車内でほとんど読みました。

RIMG0447RIMG0444
 

古本で手に入れましたが、2段組みの細かい字の本でした。

最近の単行本は、もっと大きな活字で、2段組みなんか滅多にありません。

最初は抵抗がありましたが、中身の良さにぐいぐい引き込まれました。

1937年(昭和12年)8月に、日本軍は中国の上海に上陸作戦を実行しました。

セメント軍人像になった名古屋第三師団歩兵第6連隊が

まず上海のウースン(呉淞)に上陸しようとして、多大な犠牲を払いました。

10日後に丸亀第十二連隊が同じくウースン(呉淞)に上陸。

これまたおびただしい犠牲者を出します。

作者の三好さんは、丸亀第十二連隊に所属し、12月まで転戦して、

生き延びた人です。

   

本の帯にこう書いてありました。

RIMG0448

昭和12年7月7日、華北の盧溝橋でおこった日中両軍の衝突は、

またたくまに上海に飛び火し、翌八月には大編成の陸軍部隊が

上海の戦場に投入されることになった。

しかし兵隊たちは予想外に頑強な中国軍の反撃にあい、

狂乱の戦場のなかで毫末も個人の意志は許されることもなく、

満足な武器もあたえられないまま、

彼らの多くは自分の運命をのろいながら戦死していった。

この戦死した人々のことを考えるにつけて、

私は私なりにこの戦争の実態を記録しておき、

私たち兵隊がどのように戦って、死んでいったのかということを、

いつの日か世の人々に伝えていかなければならないと思うようになった。

    

この著者の思いがしっかりこもった本でした。

次の投稿からも、この本について書いていきたいです。

   

本屋の出入り口で見かけた本から始まった勉強。

もし、その本を見かけてなかったら、何も始まらなかった勉強。

こういった縁を感じる勉強は楽しい。

まだまだ広がりそうな勉強です。(つづく)

2012年1月 2日 (月)

柏原選手の活躍/一気呵成

  

今日は1月2日。

1月1日~2日は恒例で、奥さんの実家へ。

今年もまた、1日晩にドラマ「相棒」を見て、

2日は箱根駅伝を見ました。

東洋大学の柏原竜二選手はすごい。

4年連続で5区を走って、4年連続区間賞。

2年生と4年生の今回区間新記録。

4年連続で往路優勝のテープを切る。素晴らしい。

前「山の神」の今井正人選手も好きでしたが、

柏原竜二選手の4年間の頑張りもしっかり心に残っています。

山を走るなんていう「しんどいことに一生懸命」。俺もやらにゃあなあ!

     

   

話は変わって・・・・    

12月にセミナーに出席した機会に、森信三先生のことを調べました。

    

森信三先生がおっしゃった仕事に関する3つの秘訣。

 

一つ、思い切って、とにかく手をつける。「即今着手

二つ、一度着手した仕事は二等分線を越えるまでは「一気呵成(いっきかせい)」にやってのけること。

三つ、仕上げはまず80点級のつもりで、絶対期限を遅らさないこと。

    この良い意味の「拙速主義」が大事です。

     

「一気呵成」はいい言葉だなあ。

このエネルギッシュな行動を促す言葉がいい。

どこかに習字で書いて掲示してもいい。

   

と、思いついても、即今着手できず。

今晩はもう寝ます。

2012年1月 1日 (日)

日めくり最終日のネタは、蕎麦をすする音

    

今日は1月1日。

2449本目の投稿。

昨年の1月1日が1958本目の投稿だったから、

年間およそ500本ペース。来年の今頃は3000本。

後で読んでも面白い内容にしていきたいなあ。

そのためには、労を惜しまず体験主義で通したい。

読者の皆さん、よろしくお願いします。

    

最初の話題は日めくり。

1年間使ってきた日めくりも、昨日で最終日。

どんな内容かなと、ドキドキしてめくった・・・・

RIMG0007

「蕎麦(そば)は音を立てて食べたほうがいいの?」というタイトルでした。

ちょっと~これが締めですか~と思うところがありましたが、

12月31日の年越しそばに関係する話で紹介されているのでしょうから、

必然性はあるわけです。まあ、いいか。

私自身も、最後の31日の内容でどんなのを望んでいたのかと聞かれても、

具体的には言えないしね。

タイトルの結論は、

「蕎麦をすする音のきれの良さは、おいしさのバロメーターだ。

ためらわずに、ズズーッとやるべし」でした。

娘がホームスティしたアメリカ人は、蕎麦をすするのを練習していたとのこと。

案外日本人が平気できることが、外国では難しく、あこがれてもらっているかも。

   

31日。山のお店に行って、カレンダーをもらってきました。

山の写真がたっぷりのカレンダー。

これを見ると山に行きたくなります。

RIMG0004
  

今年も始まり、始まり。

 

    

 

 

2011年12月31日 (土)

青面金剛でよかった/三尸虫の面白い話

  

今日は12月31日。

11月3日に野田城址に行って、そこにあった石仏が何か疑問を持ちました。

「野田城址へ」d(11月19日投稿)

これが疑問に思った石仏の写真です。

RIMG0102

   

12月31日に、この投稿にコメントが届き、石仏が何であるか教えてもらいました。

うれしかった~。疑問を身も知らない人が教えてくれました。

これもブログのいいところかと感じました。

    

水明さんからのコメントを一部引用します。

   

庚申塔(青面金剛)を訪ね歩いています。

先日も、新城市に行きましたが、庚申塔が沢山有ることがわかりました。

それで、「新城市 青面金剛」でくぐっていたら、このブログヒットしました。

> 青面金剛?わかりません。誰か教えてください。

のお尋ねですが、間違いなく青面金剛石像です。

青面金剛の特徴はいくつかあるのですが、間違いないのは

・六臂(ろっぴ)、つまり手が左右3本ずつ6本あること。

・三猿(見ざる・言わざる・聴かざる)や二鶏(オス・メスの鶏)が描かれていることが多い。

この像は三猿が見えますね。

後、像の上に日月(太陽と月)が描かれていることも多い。

この像は向かって左に月(三日月)を捧げています。

よく見えないですが、たぶん向かって左には太陽を捧げ持っていると思われます。

この像にはありませんが、邪鬼を踏んづけているのもよく見かけます。

庚申塔にはもう一種類あり、それは「文字塔」です。

石に「庚申」とか「青面金剛」とか文字が彫られています。

古くなって字が風化して読みにくくなっているものも多いですが、

はっきり読めるものもあります。

   

わかりやすいです。青面金剛(しょうめんこうごう)が正解でよかったです。

庚申塔(こうしんとう)について調べました。

    

中国より伝来した道教に由来する庚申信仰に基づいて建てられた石塔のこと。

庚申講を3年18回続けた記念に建立されることが多い。

塚の上に石塔を建てることから庚申塚

塔の建立に際して供養を伴ったことから庚申供養塔とも呼ばれる。

庚申講(庚申待ち)とは、人間の体内にいるという三尸虫(さんしちゅう)という虫が、

寝ている間に天帝にその人間の悪事を報告しに行くのを防ぐため、

庚申の日に夜通し眠らないで天帝や猿田彦や青面金剛を祀って宴会などをする風習である。

引用:「Wikipedia」94

   

その庚申塔に青面金剛が彫られることがあるわけです。   

私が見たのは、青面金剛の彫られた庚申塔でした。 

   

「三尸虫」も調べたら面白い。

   

三尸(さんし)とは、道教に由来するとされる人間の体内にいる虫。

上尸中尸下尸の三種類で、上尸の虫は道士の姿、中尸の虫は獣の姿、

下尸の虫は牛の頭に人の足の姿をしている。

大きさはどれも2寸で、人間が生れ落ちるときから体内にいるとされる。

60日に一度の庚申の日に眠ると三尸が体から抜け出し、

天帝にその人間の罪悪を告げ、その人間の命を縮めるとされることから、

庚申の夜は眠らずにすごすようになった。

一人では夜を過ごすことは難しいことから、地域で庚申講とよばれる集まりをつくり、

会場を決めて集団で庚申待ちが行われるようになった。

庚申待ちは平安貴族の間に始まり、近世に入っては、

近隣の庚申講の人々が集まって夜通し酒宴を行うという風習が民間にも広まった。

※引用:「Wikipedia」B8

     

この説明を読んで、上記の「3年18回」の意味がわかりました。

しかし、三尸が体から抜け出し、天帝に人間の悪事を告げること。

そうはさせじと眠らないために酒宴をする人間。

とても面白い話に出会いました。

    

今日になるまで全く知らない世界が、

水明さんのコメントをきっかけに目の前に広がりました。

2011年最終日。すごく得した気持ちです。

庚申塔探しに私も出歩こうかな。

 

 

「遅かりし半次郎」ではなくて「遅かりし由良之助」

   

今日は12月31日。

いよいよ2011年最終日。

  

今朝、日の出頃の東の空がきれいで、これを撮影しようとしました。

しかし、ちょっと手間取っていたら、好機を失いました。

その時に自分の口からふと出たのが、「遅かりし半次郎」

   

ムム、これって何だ?

気になると調べずにはおられない。

何か面白い事実にぶつかるかもしれないからです。

   

結果、語源はわかりましたが、名前が違っていました。

正確には「遅かりし由良之助(ゆらのすけ)」でした。

辞書によると、こう書いてありました。

  

歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」で、大星由良之助が主君の切腹に間に合わなかったことから

時機を逃して用をなさないことにいう。

    

大星由良之助は、大石内蔵助(おおいしくらのすけ)がモデル。

主君は浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)

歌舞伎では、史実と違って、由良之助が、主君の切腹に馳せ参じる話になっているそうです。

ほとんど虫の息の時に、由良之助はやってきます。

観客はそのシーンで、由良之助早く来いとジリジリしたのでしょう。

歌舞伎のセリフにはない「遅かりし由良之助」という言葉が、

観客の心理から生まれた故事成語のようです。

※参考:http://www.eonet.ne.jp/~jawa/kabuki/turedure/osokarisi.html

   

私はなぜか「由良之助」が「半次郎」になっていました。

しかし、いつもひとり言のようにつぶやいていたので、

間違った言葉を広めた心配もないし、間違いを指摘されたこともなし。

しかし、指摘されなかったので、ついつい「半次郎」のままで来てしまいました。

これからは「由良之助」でいこう。

   

    

半次郎といえば誰を思い出しますか?

幕末・明治初期に活躍した中村半次郎(後の桐野利秋)ですよね。

昨年、「半次郎」という映画がつくられたようです。

その予告編。

 

話がどんどん脱線していってしまう。ここで終了。

まだ年賀状を書ききっていない。

2011年12月30日 (金)

日めくりより・・・「申す」は謙譲語/白菜鍋

   

今日は12月30日。

   

12月30日は、奥さんの実家に行って、餅つきをするのが恒例。

今日も行ってきました。

今日は中1の息子にも初めて餅つきをさせました。

日々野球にエネルギーを注ぎ込んでいる息子。

野球の練習にも通じるものがあるのでは?

杵がバット。ボールが餅米。なんてね。

RIMG0421これをつかう 実家の雪景色

       

日めくりより。

もう今年もあとわずか。

お世話になってきた日めくりも、いよいよ明日31日を残すのみ。

30日をめくるとどんな内容の日めくりが出てくるか。明朝の楽しみです。

   

日めくりのコピーがだいぶたまっています。

少々紹介します。

  

EPSON045

「申す」は謙譲語。

だから相手の好意について使うのは間違い。

そう間違いなのですが、ついつい「申される」「申されたこと」などと

使ってしまいそう。「申す」は謙譲語!

      

EPSON047

今晩の夕食も鍋でした。

白菜(ハクサイ)がたっぷり入っていました。

鍋の白菜は大好物です。おいしい、おいしい。

やっぱり旬ですから。

白菜が主役の「白菜鍋」というのがあるのですね。

   

調べていくと、味の素「ほんだし」のCMのことを知りました。

小栗旬(旬!今日のキーワード)が出演しているCMで

「豚バラと白菜の重ね鍋」が紹介されています。

おいしそう。それでは映像を。

  

近いうちに食べてみたい。

来年はもっと活動的になりたいと思っています。

来年早々つくるかも?

 

 

   

 

 

 

 

2011年12月29日 (木)

12月27日の帰り道・・・月/グランドオープン

   

今日は12月29日。

今年の年末の怒涛の忘年会も今晩がラスト。

今晩は、少年野球チームのお父さん6人。

教師は私一人という飲み会。こういうのも楽しい。

    

27日、勤務を終えて自転車での帰り道。

前方の西の空に、新月から2日目の月。上弦の月。

そしてその横に輝く星一つ。後日金星だと判明。

山の端は、薄赤く染まっていました。

その情景が綺麗で、自転車を止めて撮影に挑戦。

三脚がないためにぶれてしまって思うように撮れませんでした。

25枚ほど撮って、1番の出来がこの写真です。

RIMG038627日の月と金星
   

こんな風景を目の前にして帰宅するなんて贅沢でしょ?

    

    

12月27日の晩に、近所にできたパチンコ店を撮影しました。

RIMG0408
  

やはりこの日が開店日でした。

   

RIMG0411

店のまわりに「グランドオープン」という幟が立っていました。

思えば「グランド オープン」とは?この意味は?

   

パチンコ業界では次のように区別しているようです。

参考:http://pachimura.com/?%A5%B0%A5%E9%A5%F3%A5%C9%A5%AA%A1%BC%A5%D7%A5%F3

グランドオープン(GRAND OPEN)=新規に営業を開始した店舗のことを指す。

店舗改装、営業内容変更に当たる「リニューアルオープン」、新台入替に当たる「新装オープン」とは、異なる。

   

今だけのグランドオープンというわけです。

    

商業施設や店舗が全館あげてオープンすることも「グランドオープン」というようです。

華々しく開店する時も「グランドオープン」

   

今回はパチンコ店なので、パチンコ業界の区別で理解したいです。

   

 

 

 

2011年12月28日 (水)

2011高崎報告10・・・かみつけ信用組合

  

今日は12月28日。

年の瀬はあわただしい。

年賀状のあて名書きは今晩から。

今回の年賀状のデザインは、昨年お世話になったデザイン書道家鈴木愛さんの書。

「2012」が竜になっています。

私から年賀状が届いた人は、確かめてください。

12623501_20111006125632(宝島社)この本から利用しました。

   

高崎報告のラストは、12月25日の朝、会場に向かう途中に見かけた看板の話。

RIMG0364

「かみつけ信用組合」

かみつけ」・・・・「咬みつけ!」と警察犬に言いたくなるような名前。

もちろん、地名だと思うのですが、漢字が思いつきません。

地元愛知県の吉良上野介(こうずけのすけ)の「こうずけ」に近いと漠然と思いました。

   

家に帰ってから、漢字を調べました。

「かみつけ」という地名はなく「かみつけの」はあって、「上毛野」と書くそうです。

上野介と無関係ではありませんでした。

辞書によると、「上毛野」は「上野(こうずけの)」の古称だそうです。

   

上野国(こうずけのくに)を調べると、今の群馬県とほぼ一致するとのこと。

   

調べるといろいろわかってきます。

下野国(しもつけのくに)というのもあって、、これがほぼ栃木県と一致。

上野国と下野国はかつては一国で、毛野国(けのくに)と呼ばれていました。

毛野国が2つの分かれて、上毛野国(かみつけのくに)、下毛野国(しもつけのくに)になり、

上野国と下野国となったわけです。

上州(じょうしゅう)は上野国の別称。

上毛(じょうもう)は、上毛野(かみつけの)の略称。

上毛新聞は当然群馬県をエリアにする新聞社。本社は前橋市。

この新聞社の記者で、1985年の日航機墜落事故を取材し、

それをもとに小説「クライマーズ・ハイ」を書いたのが横山秀夫!

  

以上、芋づる式にいろいろわかって面白かったです。

ちなみに、「かみつけ信用組合」の本店は高崎市にあるそうです。

私が撮った店が偶然にも本店だったのでしょうか。

   

   

「上野介」と「上野国」との関係はまだ調べが不足。

「上野介」はちょっと面白そう。またいずれ、ブログでまとめたい。

 

   

以上で「高崎報告」終了。

12月25日に動いたから知ったこと、体験したことをまとめました。

セミナーは、行動力をもらえた有意義な会でした。

3学期、楽しみたいと思うようになってきました。行って良かったです。感謝。

  

高崎までの往復の電車内で、1冊の本をほぼ読み切りました。

「上海敵前上陸」(三好捷三著 図書文化社)

次はこの本について書きたい。

この本まで含めると、さらに有意義な日でした。

 

2011高崎報告9・・・ヤマダ電機の本社がある街

  

今日は12月28日。

前投稿のつづき。

セミナーがすんだら、懇親会にも出るつもりでしたが、

翌日までの宿題が気になって、懇親会をキャンセルして帰ることに。

RIMG0365 高崎駅西口

RIMG0366 西口からの街並み。奥にあるのが高崎市役所。

            2009年には21階の展望階へ行っています。

           ※「高崎市散歩/高崎市役所」html(2009年8月投稿)

      

それでも夕食を食べて帰ろうと思い、

3回目にして初めて、高崎駅の東口へ行きました。

そこにはすごいビルがありました。

RIMG0368
   

ヤマダ電機の「LABI1高崎店」という建物。

本社が併設されている大型店舗。

1973年、日本ビクターを退社した宮崎県出身の山田昇さんが、

個人商店(ナショナルショップ)「ヤマダ電化センター」(群馬県前橋市)として創業。

1983年に株式会社ヤマダ電機設立。

ヤマダ電機の本社は前橋市にありましたが、

今はこの「LABI1高崎店」に本社は移っているそうです。

今をときめくヤマダ電機の本社のある店に入ってみました。

広々として、明るく、人も商品もあふれて、にぎやかでした。

5階は食堂街になっていて、いろいろな食堂がありました。

生ビールととんかつ定食を食べてきました。

 

ヤマダ電機で食事。

へんな感じでした。

創業者の山田昇さんは、どんな苦労をされて、

ヤマダ電機を巨大にしていったのか、この群馬から。

そんなことも興味を持ちました。

   

高崎報告  あと一つ。(つづく)

 

  

 

最近の写真

  • Img_6560_2
  • Img_6560
  • Img_6557_2
  • Img_6557
  • Img_6556_2
  • Img_6556
  • Img_8207
  • Img_8223
  • Img_8216
  • Img_8215
  • Img_8206
  • Img_8205

楽餓鬼

今日はにゃんの日

いま ここ 浜松

がん治療で悩むあなたに贈る言葉