2026年3月 1日 (日)

20260205財賀寺・観音山・杣坂峠・千両の周回⑦ 「佐奈川」は昔の絵地図では「真川」だった

   

今日は令和8年3月1日。

  

昨日の記事の続きで、2月5日に歩いた記録を

書いていきます。おそらくこの記事が最終回。

  

豊川市桜ヶ丘ミュージアムで購入した冊子

「企画展 村絵地図へのいざない 

佐奈川と帯川が実はつながっていなかったという展覧会」の

中から一部転載。

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これは「千両村地籍図(明治17年)」(愛知県公文書館所蔵)の

一部を撮影したもの。

私が今回歩いてみた佐奈川源流付近の地図です。

川の流れる道筋など、現在の地図とほぼ同じです。

そんなに尾根や谷の形が変わるわけではないので、

そういうことなのでしょう。

  

注目は「佐奈川」の表記。

この地籍図では「真川」と書いて「さながわ」だったようです。

「真」を「さな」と読むのは、「真田幸村」で有名。

でも「真田幸村」で有名ですが、本来の「真」は

音読み「シン」、訓読み「まこと」「ま」ですから、

「さな」の読み方は人名等に使われる場合という限定的です。

「佐奈川」を知っているから、明治17年の地図の「真川」を

「さながわ」と読めます。

「佐奈川」と書いた方が、読み間違いはなくなるでしょう。

  

今日は千両の集落から財賀寺までの行程を書きます。

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同じ市内ですが、千両と財賀寺がこんなに隣接しているとは

思いませんでした。

それを歩いて体験した日でした。

  

「走(はしり)橋」という変わった名前の橋でした。

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全国で「走橋」という名前があるか疑問に思い、検索しましたが、

私の調べた限りでは、この佐奈川に架かる橋のみでした。

もし情報があったら、コメントに入れてください。

  

なぜこのような名前になったか、Geminiに聞きました。

その回答です。

  

この「走橋」という名前の由来についてですが、インターネット上や

公開されている市の資料などには、明確な由来を記した公式の記録が

見当たりませんでした。

しかし、日本の橋や地名の名付け方の歴史的背景や、この周辺の地理

的条件から、以下のようないくつかの可能性(推測)が考えられます。

1. 水の流れの速さ(地形的特徴)からの由来

「走り(はしり)」という言葉には、古くから「水が激しく流れる場

所」や「早瀬」という意味があります。佐奈川は扇状地を流れる川で、

普段は水量が少ないものの、降雨時には水が勢いよく「走る」ように

流れる特徴があります。こうした川の様子から名付けられた可能性が

あります。

2. かつての小字(こあざ)などの地名からの由来

日本の橋は、架けられた場所の小さな地名(小字)をそのまま橋名に

することが非常に多いです。現在では使われていなくても、古くはこ

の周辺の集落や田畑の区画が「走(はしり)」と呼ばれていた可能性

が高いです。

3. 旧街道(千両街道)の歴史からの由来

走橋を通る県道334号は、古くは豊川と岡崎を結ぶ「千両街道(ちぎ

りかいどう)」や「杣坂往還(そまさかおうかん)」と呼ばれた歴史

ある道です。馬や旅人が行き交う交通の要衝として、「走り(馬が走

る場所、あるいは飛脚などの中継地的な意味合い)」という言葉が関

連しているのかもしれません。

  

私は1の回答のような予想をしていました。  

2や3の可能性もあるんだなと知りました。

最後にGeminiはこう言っています。

  

もし確実な由来をお知りになりたい場合は、豊川市の中央図書館にあ

る「豊川市史」や千両町の郷土資料を調べるか、豊川市役所の担当課

(道路河川管理課など)に問い合わせてみると、地元ならではの記録

が残っているかもしれません。

   

「地元ならではの記録」という表現はいいですね。

ネット上にはない、Geminiでも入手できない情報に

また当たってみたいです。

  

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ふだんは水があまり流れていない佐奈川ですが、

危険な川であることが表示されたもの。

私も何度か荒れた佐奈川を見たことがあります。

豊川市のハザードマップを見ると、津波や豊川系の洪水でも

影響は少ないのですが、佐奈川の洪水は大きな影響を受けます。

関心を持っておくべき川です。

  

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これは「知草(ちぐさ)橋」

この名前も気になりました。Geminiに聞いた回答の一部です。

  

この「知草橋」のいわれについては、かつてのこの地域の古い地

名(郷名)に由来している可能性が非常に高いと考えられます。

1. 古代・中世の地名「千種郷(ちぐさごう)」

豊川市千両町(旧:上千両村など)の歴史を記した江戸時代の書

物『三河国古蹟考(みかわのくにこせきこう)』や、地域の地誌

『穂原村誌』などの記録によると、この佐奈川上流域のエリアは

古くは「千種郷(ちぐさごう)」という地域に属していたと記さ

れています。

2. 「千種」から「知草」への当て字

「ちぐさ」という言葉の響きに対して、時代とともに別の漢字が

当てられるのは、日本の地名の歴史において非常によくあること

です。

かつての広域な地名であった「千種(ちぐさ)」という名前の名

残が、その後の集落や田畑の小さな区画(小字)の名前として受

け継がれ、そこに架けられた橋の表記として「知草」という漢字

が当てられて「知草橋」となった、と考えるのが歴史的に最も自

然なルーツです。

橋の名前一つをとっても、その土地が何百年も前にどう呼ばれて

いたかが化石のように残っていて、とてもロマンがありますよね。

 

この回答を受けて、「豊川市 千種郷」で検索しましたが、

ヒットするものはなかったです。

回答の中に出てきた資料本「三河国古蹟考」は、近所の図書館で

見ることができるようです。でも読みこなすことができるかな。

「穂原村誌」はまだよくわかりません。三重県にかつて

穂原村があったのはわかりましたが、その村の記録と、

この豊川市千両地区は関係ないようなあ。

  

話を進めます。

  

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千両地区ではちょっと風変わりな建物がありました。

Keramisk Kunst R (ケラミス クッツ アガー)

陶芸が楽しめる場所のようです。

  

早くも“さな“らしさを出して、水がありませんでした。

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もちろん初めて歩く道。

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私は左の道を下ってきました。

林道の名前は「林道千両財賀線」でした。

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千両地区で生まれた先輩の方に話したら、

この道は、子どもの頃に財賀寺でお祭りがあった時には

歩いた道だと言っていました。

昔からあった道だそうです。

途中で峠があり、歩きがいのあった道でした。

  

駐車場に着く前に、2種類のロウバイを見ることができました。

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ロウバイは花期が長いと思いました。

いろいろな場所でロウバイを楽しめています。

  

財賀寺の駐車場へ。

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14時40分。

歩き始めは9時54分。

4時間15分ほど歩きました。



  

庭で小さなドクダミを発見/公園にまだアレチヌスビトハギは発見できず

    

今日は令和8年3月1日。

  

昨日、我が家の庭でこの春初めて、ドクダミを発見。

いつも庭を全て見ているわけではないので、

すでに他の場所で生えているかもしれませんが、

発見は初です。

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まだ1センチメートルほどの小さなドクダミの葉っぱでした。

もうそろそろ顔を出していいかなと思って出てきた感じ。

しかし発見されたので、この後摘まれました。私に。

  

地元の公園に行きました。

3年間、アレチヌスビトハギと闘ってきた公園です。

暖かい日が続くので、そろそろアレチヌスビトハギの芽が

出てきているかなと確かめに行きました。

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サザンカの落下した赤い花びらが絨毯のようになっていました。

よっく見て回りましたが、アレチヌスビトハギの芽は

出ていませんでした。

まだ闘いは始まりません。

   

過去2年間の、アレチヌスビトハギの発芽発見の日を調べました。

令和6年は4月25日。

令和7年は4月16日でした。

そうか、4月になってからだったんだと思いました。

2月28日に行ったら、まだですよね。

  

  


 

2026年2月28日 (土)

西古瀬川の河津桜満開/丸山に河津桜があった

    

今日は令和8年2月28日。

  

昨日の写真です。

勤務校の校区で撮影しました。

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西古瀬川沿いの河津桜がほぼ満開でした。

河津桜の濃いピンクと、菜の花の黄色と葉っぱの緑。

いい感じでした。

ミモザの花がきれいなお宅もあり、写真撮影させてもらいました。

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今日もここを自動車で走りましたが、

天気も良く暖かく、たくさんの花見客がいました。

  

あの丸山にも行きました。

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丸山にも河津桜がありました。

長く楽しめるように植えたのでしょうか。

別角度から撮影。

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もう少し離れた場所から撮影。↓

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丸山調査。

3月2日に進展します。地元の人から教えてもらうことになりました。

楽しみです。

同僚の先生から、「社会科魂が疼き出しましたか?」と

冷やかし?を言われました。

小学校に勤務すると、理科の先生と同僚の先生に思われてしまう私。

ちょっと社会科教師らしく見られるかな。

  

丸山。桜が満開になったら、お花見したいですね。

20260205財賀寺・観音山・杣坂峠・千両の周回⑥ 佐奈川の源流で聞いた川の音

    

今日は令和8年2月28日。

  

2月23日の記事の続きで、2月5日に歩いた

記録を書いていきます。

  

ホウライチクを見て最初のカーブで、

水の流れる音を聞きました。

ここも佐奈川の源流。

ただでさえ水が少ないイメージの佐奈川ですが、

もう長い渇水期なのに、水が流れていました。

感激して、これは動画撮影だと思ってスマホを構えました。

その時の動画です。


YouTube: 2026年2月5日 佐奈川源流 渇水期でも水が流れる


  

しばらく行くと左に林道の入り口がありました。

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地図を見ると、杣坂峠から行きそびれた佐奈川の源流最深部に

行くことができるようです。

林道の入り口です。

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どうしようかなと思いました。

でもせっかくだからと林道を進みました。

立派な砂防ダム。

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こんな道を歩いて行きました。

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林道に大きな岩が落ちていました。

こういうのを見ると、不安になります。一人だと余計に思います。

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「不動様入口」という標識を見ました。

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こんな山奥に人の営みを見ました。ホッとしました。

  

結局、最深部までには行きませんでした。

赤い線が歩いたところです。

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源流最深部はまた今度ですね。

3つ角の写真。

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手前の道を歩いてきて、右からの道と合流しました。

今回はここまで歩いて、引き返しました。

またいずれ近いうちに、佐奈川最深部まで行きたいですね。

  

林道を引き返す時に、往路でも気がついていた川の水の音を

録画しました。

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今回、最も最深部で聞いた川の音です。

  


YouTube: 2026年2月5日 佐奈川源流 この日最も最深部で聞いた川の音

予想では、山の中では川の音は聞こえないのではと

思っていました。

それほど渇水は深刻でした。

でも地面から水は湧き、川となっていました。

  

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右の林道が、今回半分ほど歩いたもの。ここが入り口。

ふと見ると左奥にウメの花を見かけました。

そちらに歩いて行きました。

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ここで花見する人は少ないでしょうね。

まあウメは、人間に見られるために花を咲かせているわけではないので、

人が来ようが来なかろうが、勝手に咲くんですよね。

  

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山から下ってくると、佐奈川の水量は増えます。
  

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また新東名の新佐奈川橋の下を通りました。

土木学会デザイン賞 2017年優秀賞 新佐奈川橋

このサイトによると、新東名路線で最大となる

橋脚高89メートルだそうです。

できた時もすごい橋ができたなあと思いました。

  

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ここまで歩いてむむ?と思いました。

さらに進むと確信に変わりました。

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私が杣坂峠から歩いてきた県道は、通行止めだったのです。

確かに峠から歩いて来る時に、重機が道を塞ぎ、

森の伐採が大掛かりに行われていました。

確かにあれでは通行できません。

車通りが少ないとは感じていましたが、これが理由でした。

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通行止めは2月27日までとあります。

予定通りなら、すでに通行止めは解除されています。

明日にでも行ってこようかな。

この道を自動車で走って杣坂峠まで行き、

そこから20分ほど歩いたら佐奈川最深部に行けます。

  

今回は以上です。

あと1本記事を書いたら、2月5日の報告が終了できるかな。


  




  






  
  

  

  

  


  




  

 

  

2026年2月27日 (金)

水性マーカーペンで色水づくり/「耐水性」とは?

   

今日は令和8年2月27日。

  

前記事に引き続き、色水について書いていきます。

今まで絵の具を使って色水を作るぐらいしか

やってこなかったのですが、今回は違います。

水性マーカーペンを使うことにしました。

参考になったのがこの動画。


YouTube: 【夏にぴったり!】絵の具も食紅もいらない!おうちで簡単色水遊び♪【保育園/幼稚園】

スクリーンショットを並べます。

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水性マーカーの水に濡れるといにじむという、

その点を利用して色水を作るわけです。

頭いい。

2月25日の授業でさっそく色水づくりの実践。

動画ではコピー用紙に色塗りをしていますが、

ツルツルしている新聞広告がいいと思い、それを使いました。

一人の子どもは、マーカーペン全ての色水を作っていいかと

聞いてきました。「いいよ」とい言いました。

出来あがった色水です。

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透明できれいな色水であって、子どもたちは大喜び。

  

ここで疑問が浮かびました。

水性マーカーの入れ物をよく見てください。

見て欲しいところを大写しにします。

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水性マーカーなのに、「耐水性」とは?

おかしくないですか?

水がかかっても耐えられる?

お店で店員さんに聞きました。

「耐水性というからには、にじまないということですか」

「水に溶かして色水を作ろうと思いますが、もしかして

このマーカーではできないということですか」

店員さんは、持っている機械で何か調べてくれましたが、

わからない模様。

「ありがとうございます。このセット、買います」

と買って来ちゃいました。

他の水性マーカーも、「耐水性」の表示があったので、

致し方ないです。

  

Geminiに聞いてみます。

Geminiの回答を一部引用します。

  

マーカーペンに記載されている「耐水性」というのは、「紙などに書

いて、インクが完全に乾いた後」に水に濡れても滲まない、溶け出さ

ないという意味です。

写真にある「紙用マッキー」のような水性顔料マーカーのインクは、

液体の状態では色の粒(顔料)が水の中に分散しています。紙に書い

て水分が蒸発して乾くと、インクに含まれる成分が固まって色が定着

し、そこで初めて「耐水性」を発揮する仕組みになっています。

  

そうなのか。

水性マーカーで書いた字は、乾けばにじまないのか?

いつまでも、濡れたらにじむと思っていました。  

これは実験の必要があるな。

 

  

2026年2月26日 (木)

「食紅」だけど赤だけじゃない/クチナシは香りだけじゃない

   

今日は令和8年2月26日。

  

授業でサイホン(サイフォン)のことや、

ヘロンの噴水のことを授業でやってみたいと思いました。

そのためには、まず色水を作る必要があると

思いました。

色水というと、私の体験では絵の具で作るぐらいしか

やっていなかったと思います。

他にもあるだろうと思って調べていったら、

新しい発見がいろいろあって面白かったです。

  

その一つが「食紅」

食紅といえば、赤色のみだと思っていましたが、

そうではなくて、いろいろな色があることを知りました。

料理をする人にとって、何を今さらと言われまそうですが、

私にとっては“発見“でした。

ここで疑問は食紅は多色なのに、なぜ「食紅』?

Geminiに聞いてみたことを引用します。

  

青や黄色なのに「食紅(しょくべに)」と呼ぶのは、確かに不思議で

すよね!とても鋭い疑問です。

   

こうやってGeminiとかChatGPTのAIは、

まず質問者を褒めてくれます。

うまくできています。

引用を続けます。

  

結論から言うと、「昔の日本で使われていた食品用の着色料が、圧倒

的に『赤(紅)』ばかりだったから」というのが理由です。

詳しくその背景をひも解いてみましょう。

1. もともとは本当に「赤い色素」のことだった

かつて日本では、食品に色をつける際、主に紅花(べにばな)から抽

出した天然の赤い色素を使っていました。着物などの染物や、化粧品

の口紅に使われる「紅」のうち、食品用の安全なものを区別して、そ

のまま文字通り「食紅(食べるための紅)」と呼んだのが始まりです。

2. 日本の食文化と「赤」の相性の良さ

日本には「紅白」でお祝いをする文化があるため、食を彩る色として

「赤」は昔から特別で、出番が非常に多い色でした。

• 紅白かまぼこ

• 和菓子(桜餅、お祝いの練り切りなど)

• お赤飯(小豆の色だけでなく、より赤く染める地域もあります)

• 梅干しや紅生姜

このように「色をつける=赤くする」という場面がダントツで多かっ

たため、一般家庭でも「食品に色をつける粉=食紅」という認識が

すっかり定着しました。

3. 言葉がそのまま「総称」になった

時代が進み、西洋から黄色や青、緑などさまざまな色の着色料が入っ

てきたり、作られたりするようになりました。しかし、その頃には

すでに「食紅」という言葉が「食品着色料」の代名詞として人々の生

活に根付いていました。

そのため、新しい色に対しても別の名前を作らず、そのまま「食紅」

と呼び続けた結果、「青色の食紅」「黄色の食紅」という、文字だけ

見ると少し矛盾した言葉が日常的に使われるようになったのです。

(※ちなみに、成分表示や正式な分類では「食用色素(しょくようし

きそ)」や「着色料」と呼ばれます)

ホッチキス(本来はメーカー名)や、セロテープ(本来は商品名)が、

文房具の総称として使われているのと同じような現象ですね。

  

なるほどです。 

食紅=赤色=紅しょうがのような固定観念を崩すことができました。

食紅を調べていたら、クチナシに行きつきました。

クチナシは現在関心を持っていた草木です。

クチナシは四大香木の夏担当。

今年は四大香木の香りを楽しもうと決めていて、

唯一、香りを私が記憶していないもの。

花の香りを楽しみたいと思っていました。

  

そのクチナシ。

食紅の一つであって、黄色(イエロー)が有名ですが、

下のサイトを見ると、赤色(マゼンダ)、青色(シアン)の色素も

得られるとのこと。

神戸化成株式会社 色鮮やか!クチナシ色素のグラデーション

なかなか重宝な草木です。

  

こんな動画もありました。


YouTube: 「たくあん」や「栗の甘露煮」の黄色にも? 天然色素、クチナシの実の秘密

この動画からのスクリーンショットを並べます。

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クチナシによる着色を授業でやってみたくなりました。

2026年2月25日 (水)

気になっていた模様が判明/スリットを入れる作業が見たい

   

今日は令和8年2月25日。

  

薬局の待合室。

高い所にテレビがあって、いつも私が待合室にいる時間は

ニュースが映っています。

今日のニュースは面白かったです。

東海テレビの「ニュースONE」でした。

  

神棚の道具を作っている職人が、

その技術を応用してヒノキの弁当箱を作っているという話でした。

全て見たわけではないけど、家に帰って調べたら、

NUSAという製作所のことではないかと予想しています。

NUSA

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このニュースで特に気になったのは、これらのヒノキの

製品では、1枚の板を折り曲げて作られていて、

その曲がった部分にある小さな模様が以前から気になっていました。

ネット上にいい写真はないか探しました。

Buyee

ここにありました。神棚に置かれる三方という道具の一部の

写真です。

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青印で示したこの模様、ずっと気になっていました。

それが思いかけず、待合室でテレビのニュースで紹介してくれました。

板材を曲げるところに2本の「スリット」を入れると言っていました。

その作業も映像で見せてくれましたが、

また見たいなあの映像。

そのスリットのおかげで、ヒノキの板材は曲がり、

製品が出来上がるのです。

そのスリットの入れ方は、ずっと昔から伝えられた技術であって、

職人技のようです。

  

さらに調べると、スリットを入れて曲げる方法を

「挽曲げ(ひきまげ)」というようです。

その説明があったサイトがここ。

古谷木工所

そこから写真を転載。

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私が欲しい写真は、出来上がったものではなく、

木材にスリットを入れているシーン。

「ニュース0NE」の映像が見られたら嬉しいけど、手に入るかな。

今の世の中、見逃し配信ができるからなあ。

待合室のクロトン・トビハから新しい葉っぱが出ていました

   

今日は令和8年2月25日。

  

今日は心療内科に通院。

月曜日に行くのが普通ですが、今日はイレギュラーで

水曜日でした。

心療内科の待合室って、あまり言葉を交わす人はいませんが、

いつも月曜日に行っていると、顔見知りの方、

名字までわかってしまう人もいます。

一度も話をしたことはないのですけどね。

でも今日は曜日が違ったこともあり、

全くアウエー状態だと感じました。

  

そんな待合室で、以前気になって調べた観葉植物に

変化があったことに気がつきました。

ここでも道草 待合室にあった観葉植物は「クロトン トビハ」と判明(2025年8月18日投稿)

調べたことをまとめた記事です。

名前は「クロトン・トビハ」

今日気がついたのは、新しい葉っぱが出ていたことです。

写真撮影の許可をもらって撮影。

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新しい葉っぱの「飛び葉」が可愛い。

GARDEN STORY クロトンはエキゾチックな観葉植物! 

このサイトによると、「グリーンベル」という別名があるそうです。

葉に鈴をつけているように見えるからです。

クロトンの中では希少種だそうです。

私は待合室では、いつもこの「クロトン・トビハ」の近くに座っています。

これからも観察していきたいです。

    

診察が済んで、次は薬局へ。

ここでも面白いことがありました。

次の記事で。

2026年2月23日 (月)

20260205財賀寺・観音山・杣坂峠・千両の周回⑤ 杣坂峠を見失う/ホウライチク

   

   

今日は令和8年2月23日。

  

前記事に引き続き、2月5日に歩いた記録を

書いていきます。

こんな登山道を歩きました。

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おそらくこの辺りが新東名の「観音山トンネル」の真上あたり。

下の地図で赤い矢印の場所です。

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この地図の青い矢印の三角点。

下の写真の場所です。

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可愛い道標(みちしるべ)を見ました。

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偶然持っていたのか、そのつもりで持ってきたのか、

そんなことを想像すると楽しくなります。

偶然、ザックの中に入っていたというものではないですよね。

  

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このハートは人工なのか自然なのか?

自然でしょうね。ハートはホッとさせてくれる形です。

  

最近は蔓に目がいきます。

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太くて見事な蔓でした。

これはS巻きです。フジでしょうか。

   

  

どうも道を間違えてしまったようで、

こんな坂を下りました。

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坂を抜けて峠の道路に出ました。

斜面から道路に出たところを撮影。

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踏み跡もあったので、私と同じようにこのルートで下りてきて、

ここに出た人はいたようです。

  

私の判断はここで間違いをしました。

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私が歩いたのは、地図の緑色のコースです。

実際は杣坂峠まで到達していないのに、

私は、道路に出て右に曲がり、坂を下ってしました。

本当は道路に出て左に曲がって杣坂峠に

行かなくてはならなかったのです。

赤い点線コースが理想のコースです。

この判断ミスで、本当に見たかった佐奈川の源流を

この日、見ることができなかったことになります。

  

ストリートビューで、杣坂峠を見ておきたいです。

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ここが杣坂峠からほんの少しだけ南に下ったところ。

う〜ん、観音山からの尾根道の下り口は、

おそらくこの階段ではないかと思われます。

そして右の矢印の林道に入っていけば、

目的の佐奈川の源流に行き着いたと考えます。

  

私は緑のコースを進んでしまったわけで、機会を失いました。

  

舗装道路を歩いて下りました。

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山に入ると、いくらでも蔓植物が繁茂しています。

ここも壮観でした。

  

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新東名の大きな橋「新佐奈川橋」の下を歩きました。

人間はこんなすごいものを造るんですね。

それでも新東名を走っていたら、このような橋も、

気にせずにさっと走ってしまうんでしょうね。

  

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ホウライチクと呼ばれる竹がありました。

もし予定通り、杣坂峠から東の林道を歩いていたら、

出合わなかったホウライチクです。

東三河を歩こう 杣坂のホウライチク

ここから文章を引用、図も転載します。

  

県道334号千万町豊川線(千両街道)を 杣坂峠に向かい、左に大きく

カーブを曲がった所の左手、道路標識のそばにある。

正月の「蓬莱飾り」に使われたことから、ホウライチクと名付けられ

たイネ科/ホウライチク属の竹で、在来の竹のように地下茎が広がら

ず、株や小さな葉が密集して育つため、目隠しの生垣等に利用されて

いる。

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事前に調べてありましたが、実物に出合えて幸運でした。

2026年2月22日 (日)

20260205財賀寺・観音山・杣坂峠・千両の周回④ テイカカズラ

   

今日は令和8年2月22日。

  

前記事に引き続き、2月5日に歩いたことを

記事にします。

  

観音山頂上を午前10時55分に出発。杣坂峠を目指します。

こんな道標(みちしるべ)がありました。

赤くてよく目立ちました。

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家で作って、登山の時につけたんでしょうね。

  

やはり蔓が気になります。

登山道に、折れた枝に巻きついている蔓が垂れ下がっていました。

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この蔓植物の正体は? Geminiの回答です。

  

写真を拝見する限り、この蔓(つる)植物はテイカカズラ(定家葛)

の可能性が非常に高いです。

写真から判断できる主な特徴は以下の通りです。

• 葉の付き方(対生): 茎の同じ場所から、左右対称に2枚の葉がペ

アになって出ています。

• 葉の形と縁: 葉は少し厚み(光沢感)があり、縁にギザギザがない

「全縁(ぜんえん)」という滑らかな形をしています。

• 生え方: スギやヒノキなどの人工林で木の幹に吸着してよじ登り、

成長するとこのように枝を空中に垂れ下げることがよくあります。

キョウチクトウ科の常緑つる性木本で、日本の山林ではごく一般的に

見られる植物です。冬の間も緑の葉を保ちますが、日当たりが良く冷

たい風に当たる場所などでは、葉が赤茶色に紅葉することもあります

(写真のように森の中だと緑色を保つことが多いです)。

初夏(5〜6月頃)になると、スクリューの羽のような形をした白から

淡い黄色の花を咲かせ、ジャスミンのような甘くてとても良い香りを

漂わせますよ。

  

テイカカズラなんですね。なるほど。

ではなんで「定家葛(テイカカズラ)」という名前がついたか。

これがなかなか面白い。

Wikipedia テイカカズラ

ここから引用します。

 

和名は、式子内親王を愛した藤原定家が、死後も彼女を忘れられず、

ついに定家葛に生まれ変わって彼女の墓にからみついたという伝説

(能『定家』)に基づく。

  

これがまた次の調べのきっかけになります。

能「定家」が気になります。

能の「定家」を見ました。


YouTube: 能楽『定家』が描く愛欲地獄 | nippon.com

この動画の写真を載せます。

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この能には、舞台上にお墓を表す装置があります。

その装置の上には蔦葛(ツタカズラ)が絡んでいます。

  

この「定家」という能をより知りたくて、

この動画を参考にしました。


YouTube: 第19回奥川恒治の会「定家」 徹底解説!

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この方の説明が、能に疎い私にもよくわかりました。

  

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能「定家」の作者は金春禅竹(こんぱるぜんちく)

後世の人が作ったお話です。

  

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すでに舞台上にあった作り物だったけど、その場面まで

そこになかったことにするというのは、能ではよくあることだそうです。

こんなルールがあることを知るのも楽しい。

  

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ここで「定家葛」が出てきます。

墓にまとわりついた蔦葛のことを「定家蔓」

ここに「テイカカズラ」の語源があります。

  

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式子内親王(女性)は、自分のお墓に定家葛が纏わりつくことを

否とせず、自ら再びお墓の中に姿を消していくお話。

  

以上、舞台装置やおおよその筋を知って本物の能「定家」を

見たら、面白いだろうな。

  

テイカカズラの写真

みんなの趣味の園芸 テイカカズラとは

ここから転載。

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この栽培種のハツユキカズラはご近所でもよく見ますね。

  

このテイカカズラの蔓のことをまた記事にしたいです。






  

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