« 2025年2月12日 | メイン | 2025年2月14日 »

2025年2月13日

2025年2月13日 (木)

20250211本城山登山⑤ 白滝で氷柱(つらら)を見る 

   

今日は令和7年2月13日。

  

前記事に続き、2月11日の登山のことを書いています。

  

大仏山頂上から、本城山(ほんじょうざん)を目指します。

木にも寿命があります。

枯れ木を必ず見かけます。

見上げたら、気持ちの良い空でした。

思わず撮影。

Img_0060_2


  

Img_0061

Img_0062

こんな平らな場所もあります。

快適に歩けます。

    

Img_0063

本城山は、小野城の城址があります。

このような案内板があるのは、本城山が近づいてきた証拠。

  

Img_0064

Img_0065

Img_0066

Img_0067

Img_0068

この分岐は、本城山の頂上から下りてきたら、

右へ下っていくところ。藤谷経由高澤観音。

  

Img_0069

この分岐で右に曲がり、白滝を目指す。

往復してこの場所に戻ってきて、頂上を目指す。

 

白滝。

雪のある時には、道がよく分からず、急な道なので、

スムーズには目的地まで行けませんでした。

下の写真は、急な下り道を慎重に下りて行くところ。

Img_0070

  

Img_0071

Img_0072

Img_0073

Img_0076

本当はつららがもっと長く、そして落下した水が凍った場所と

つららがくっつくくらいだと迫力があるらしい。

車をとめた駐車場にあった大きな地図の傍に

写真がありました。

Img_0529

例年より雨が少なかったので、川の水量が少なかったか、

あるいは、今回は寒波が来たけど、それまで暖かかったためか、

今年はこんなものでした。

でもつららも、岩にはりついた氷も良かったです。

ここまで歩いてきたから見ることができた、

普段では味わえない世界ですからね。

ここで動画を1本。

私がこの白滝の場所で撮影したもの。

元気なSさんの声が入っています。


YouTube: 2025年2月11日 岐阜県関市本城山 白滝


  

2日前の2月9日に登った人の報告を見ました。

白滝はこんなものでしたが、私たちが行くのをやめた神滝の

つららはなかなか大きかったようです。

ヤマップ 本城山※氷柱を見に 2025年2月9日

このサイトから1枚転載。

Img_0530

「太い」とコメントが書いてありました。

確かに太い。


   

20250211本城山登山④ 大仏山頂上を通過 

                                                                                                                              

今日は令和7年2月13日。

    

前記事に引き続き、2月11日の登山のことを書きます。

  

高沢山頂上を通過。

雪道を進みました。

雪は深くなく、凍っていない状態。

アイゼンを使う必要もなく、快適に歩けました。

展望がいい場所がありました。

Img_0036

Img_0037

Img_0039

見坂峠には向かわず、右後ろ方向、大仏山方面に向かいました。

「大仏」は「おおぼとけ」と読みます。「山」は「やま」「ざん」?

  

Img_0040

Img_0050

Img_0042

Img_0043

Img_0044

また展望のいいところに来ました。

Img_0045

Img_0046

恵那山方面。

Img_0047

いるんだなあと、ありがたく思います。

Img_0048

  

また雪道を歩きます。

Img_0049

Img_0050_2

Img_0051

Img_0052

木漏れ日のある雪道。

「これはいい道だ」と思うと、飽きずに撮影します。

  

Img_0053

Img_0054

Img_0057

大仏山頂上。

ここには大きな反射板がありました。

ちょっと興醒めしてしまう状態。

Img_0059

地元の人が言うには、合併前には関市の最高峰だったとか。

434.5m。

合併後は、高賀山でした。1224m。

合併前は洞戸(ほらど)村に高賀山はありました。

もともとこの付近の町村は武儀(むぎ)郡でした。

武儀郡の5つの町村が関市に合併して、

V字の新しい関市が誕生しました。

2005年2月7日のことでした。

ほぼ20年が経過したんですね。

  

  




















  

20250211本城山登山③ 飛騨千光寺に行きたい

    

今日は令和7年2月13日。

  

前記事の続きで、2月11日に登った山のことを書いていきます。

  

前記事で調べた飛騨千光寺(高山市)は、俄然行きたくなりました。

円空作の両面宿儺像は、魅力的です。

しかし、現在、この像は千光寺にはありません。

東京にお出かけしています。

この動画で知りました。


YouTube: ここに注目!「円空展」(三井記念美術館)

Img_0526

Img_0527  

三井記念美術館にあるわけです。

  

両面宿儺像のことを書いた本を、

動画のYouTuberの田中ひろみさんが書いています。

Img_0528

この本、さっそく図書館に予約しました。

東京はなかなか行けませんが、

岐阜県はお隣の県。

登山も兼ねて飛騨千光寺に行きたい。

4月以降ですね。

   

それでは登山の続き。

高澤観音本堂のすぐ裏から登山道がスタートでした。

Img_0030

Img_0031

Img_0032

「龍神の池」

この案内板には、両面宿儺と北条政子にまつわる

故事が書かれています。

  

Img_0033

高多山頂上を目指します。

  

Img_0034

Img_0035

むむ、これが頂上なのか?

あっけない頂上でした。

  

続く

20250211本城山登山② 両面宿儺(りょうめんすくな) 

   

今日は令和7年2月13日。

  

昨日の記事の続きです。

  

この地図は、一緒に登ったKさんが用意してくれた地図です。

この地図を見ながらの登山でした。

右手の日竜峯寺を出発。反時計回りで高沢山ー大仏山ー白滝ー本城山

ー藤谷集落ー日竜峯寺コースでした。

Epson198

上のにメモした時間は、Kさんが予想したコースタイム。

今回は、予想を少し上回るペースでした。  

   

  

高澤観音本堂の写真を載せます。

Img_0025

名古屋鎮台は陸軍の部隊です。

明治22年(1988年)に廃止され、第3師団に移行されたらしいです。

この絵がどういう場面なのかは、わかりませんでした。

  

Img_0026

今回はその第3師団の絵。

これらの絵は「奉納絵」と呼ばれるそうです。

日本陸軍の奉納と思われます。

    

Img_0027

Img_0029

びんずる様。

自分の調子が悪い場所をさすると、

治ると言われる像です。

頭を触りました。ボケたくないですからね。

  

Img_0028

本堂は、京都の清水寺を思い出す建物。

「美濃清水」と呼ばれているそうです。

本堂から見下ろした景色です。

雪によって、一層神秘的な景色を見ることができ、

澄んだ空気を感じました。

  

高澤観音日龍峯寺は、両面宿儺(すくな)という飛騨の豪族が、

開いたお寺と言われます。

この両面宿儺。

今、教えている子どもが知っていました。

アニメに出てくるとのこの。

「呪術廻戦」

私は見ていないので、全く知りませんでした。

ピクシブ百科事典 

ここから引用・転載。

Img_0509

漫画『呪術廻戦』の登場人物。史上最強最悪の呪いの王にして本作に

おけるラスボス。

  

これがアニメに出てくる両面宿儺。

これは2つの顔、4本の腕と足といった

そんな異形の人物ではありませんでした。

とにかくこのアニメで有名となり、両面宿儺ゆかりの場所として、

この高澤観音日龍峯寺を訪れる人もいるそうです。

  

では元の両面宿儺はどうなんだ。

この動画が参考になります。


YouTube: 両面宿儺は実在した!?飛騨に残る宿儺伝説の謎!

  

仁徳天皇即位六十五年

飛騨の国にひとりの人がいた

「宿儺(すくな)」という。

その姿は、一つの体に二つの顔

顔はそれぞれ反対を向いていた。

頭は合わさりうなじはなく、

それぞれに手足があり、

膝はあるが膝裏とかかとがなかった。

力が強く、身軽で素早く、左右に剣を帯びて、

4つの手で、弓矢を用いた。

そうして天皇を命令に従わず、

人民から略奪して楽しんでいた。

それゆえ和ニ(わに)の先祖、

難波根子武振熊(なにわのねこたけふるくま)を遣わせ

殺させた。

ー『日本書紀』現代語訳ー

  

300年代後半ごろに実存したという両面宿儺。

全国を従えようとしていた大和朝廷にとっては、

邪悪な存在として語られていました。

大和朝廷に服従しようとしなかったことが

うかがわれます。

  

飛騨地方の伝承では「民を救う英雄」と

されています。

Img_0511

顔が2つ、腕と足が4本といった人間離れした姿は、

朝廷に仇なす怪物として描かれる傾向があったようです。

他にも、「土蜘蛛」と呼ばれた反勢力もありました。

Img_0513_3

参考:Wikipedia 土蜘蛛

両面宿儺が生きていたのは、仁徳天皇の治世の時代。

(313〜399年)

ずっと後の729年に編纂された「日本書紀」に、

上記のような記述がありました。

高山市丹生川町の伝承によると、

両面宿儺は武術に優れた飛騨の豪族であり、

神祭の司祭者、農耕の指導者という面もあったそうです。

飛騨の山地を開拓し、弱き者を守った人であったようです。

中央集権から守ろうとしたと言われます。

飛騨千光寺は両面宿儺が古代信仰の祈りの場として

開いたお寺。

377年に両面宿儺が開山しました。

800年ごろ弘法大師の弟子の一人の真如親王が寺を建立。

1598年 開祖の両面宿儺を祀った宿儺堂が建立。

高さ2メートル20センチの両面宿儺像安置されています。

  

この動画が参考になります。


YouTube: 【呪術廻戦】両面宿儺の生まれた地 寺に「指」も奉納 岐阜県高山市、関市 【#聖地@現在地】

丹生川町の千光寺が前半に出てきます。

Img_0516

これが宿儺堂。

Img_0517

Img_0518

千光寺には、宿儺堂のこの石像だけでなく、

他に3体の両面宿儺像があるそうです。

4月〜11月の期間なら、土・日・月・祝日に見られるそうです。

千光寺にも行きたくなりました。

円空作の両面宿儺がいい。

この動画にも出てきます。

Img_0523

Img_0525

円空らしい彫刻だと思います。

  

Img_0519

Img_0520

アニメ「呪術廻戦」の両面宿儺に興味を持って訪れるが、

アニメのようなラスボスではなく、飛騨の人たちの守護神であった

両面宿儺を学んで帰るのはいいことだと住職は言っています。

  

この動画の後半は、私たちが行った日龍峯寺が出てきます。

Img_0521

Img_0522

日龍峯寺では、11月に両面宿儺の像を拝めるようです。

賑やかだろうけど、行きたいなあ。

  

  

両面宿儺。

いい勉強ができました。

山に行ったおかげで、勉強ができたとも言えます。

最近の写真

  • Img_9791
  • Img_9790
  • Img_9788
  • Img_9787
  • Img_9765
  • Img_9756
  • Img_9754
  • Img_9753
  • Img_9751
  • Img_9750
  • Img_9749
  • Img_9747

楽餓鬼

今日はにゃんの日

いま ここ 浜松

がん治療で悩むあなたに贈る言葉