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2021年8月22日 (日)

「天空の星たちへ」③ 最終事故調査報告書に対する疑問

    

今日は令和3年8月22日。

   

前記事に引き続き、

「天空の星たちへ」(青山透子著/マガジンランド)

より引用していきます。

  

  

アッパーデッキ(二階席)の担当者は、何もなく無事なフライトの

時はコックピットケアをする役割もある。乗客へのサービスが一段

落したら、コックピットの人たちへ飲み物を持っていき、リクエス

トに応じてクルーミールを持って行く担当だ。ちなみに食事は機長、

副操縦士はそれぞれ違うもので、時間をずらして食べるのがルール

である。万が一、食中毒になった場合などを想定してのことだが、

飛行機の運航にはそういった細部にわたってすべてに気を使ってい

る。着陸後、一段落したところで熱いおしぼりを持って行くのも役

目である。

(184~185p)

  

食事に対してそこまで気を使うのかと思って驚きました。

  

  

不思議だ。このフライトレコーダーが出るまで、隔壁破壊による突

風で急減圧が発生したと全紙が報道していた。だが、この客観的な

フライトレコーダーの記録によると急減圧が起きたとすると、機内

の酸素が薄くなるため、それを回避するために不可欠な緊急降下が

まったく行われていない。時系列に見てみるとすぐ分かる。高度計

は下がらず、むしろ緊急発生時は上昇している。

(203p)

  

あらたにわかったことから、青山さんはまた疑問に思っています。

  

1987年6月19日最終事故調査報告書ーー。

橋本竜太郎運輸大臣に提出した内容は、やはり、事故機が1978

年6月2日に大阪空港で胴体後尾部を滑走路にこすった際にボーイ

ング社が修理し、その修理ミスを起因とした後部圧力隔壁が、疲労

亀裂となって破壊されて急減圧が生じ、垂直尾翼を突風が吹き飛ば

したというものであった。

日航側もその修理ミスを見逃したということで責任を指摘された。

報告書のほとんどは修理の際にミスをした断面図や隔壁の状況説明

である。

乗客、乗員の死傷についての解析では、機体前方部は即死状態、後

方胴体のさらに後方にいた生存者は奇跡であるとした。

また、運航乗務員は急減圧による低酸素状態で操縦したことにより、

知的作業能力、行動能力がある程度低下してものと考えられるとし

た。

さらに捜索活動については、登山道がなく落石危険の多い山岳地帯

であり、夜間ということで機体の発見及び墜落地点確認まで時間を

要したことはやむを得なかったとしている。

 

即死ばかりではないはずだ。墜落後生き残った人たちの声がしたと

いうことが生存者の落合さんや川上さんの証言であった。でもあれ

はすべて奇跡として想定外ということなのだろうか。

高浜機長、佐々木副操縦士、福田航空機関士は、意識がもうろうと

しながらあの神業的なエンジン出力操作を30分も行ったというこ

とか。減圧があったとしても、不思議なのは高度が下がらず、むし

ろ上昇していたではないか。

そして自衛隊が墜落地点確認までに時間を要したのは、夜間のせい

と山のせいということなのか。

(214~215p)  

  

最終事故調査報告書に対しても、青山さんは疑問を持ちます。

この本をここまで読んだ私も同様の疑問を持ちます。

  

  

父親が整備士である、夫が整備士であるという人は私の周りにもた

くさんいる。

もし妻が客室乗務員で、あの事故で死んだとしたら・・・。

もし息子が、自ら整備した自社機に乗っていて事故に遭ったとした

ら・・・。

本気で仕事をしていたはずのプロたちは一体どう思ったのであろう

か。

本当に整備のミスだったのか・・・。

自分の心にもう一度、問いかけてほしい。それほどいい加減に整備

をしていたのか。

本当に見抜けなかったのか・・・。

(223p)

  

整備ミスと言われて、整備不良を見逃していたと言われて、

整備士はどう思ったのだろうか。

  

  

つづく

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