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2021年8月18日

2021年8月18日 (水)

番画〈370〉〈373〉:まるで「逃走中」 「A LONG VACATION」 ウルトラQ 戦争がきっかけで生まれた物

     

今日は令和3年8月18日。

   

番画です。

   

〈370〉フィッシャーズ

【第2回】1時間ドローン鬼ごっこを本気でやったら鬼に勝てるのか!?
YouTube: 【第2回】1時間ドローン鬼ごっこを本気でやったら鬼に勝てるのか!?

 

〇すごいなあ、フィッシャーズ。

 大きな公園を貸切って、まるで番組「逃走中」のような番画を

 作ってしまう。

 スタッフもお金も必要です。

 やれちゃうんだ。

  

  

〈371〉新美の巨人たち 永井博「A LONG VACATION」

  (2021年6月19日放映)

  

〇忘れられないアルバムのジャケットの絵を描いた人でした。

〇絵が先にあって、その絵に合わせた曲ができたのですね。

 作詞が松本隆。作曲・歌は大瀧詠一。


YouTube: 大滝詠一 カナリア諸島にて

〇デザイナーも作詞家も作曲家もだれもカナリア諸島に

 行っていないのにできた曲。

 

   

〈372〉ウルトラQ 21 宇宙指令M774

  (2021年8月16日放映)

  

〇あっけなく終わってしまった。

 怪獣の卵は息する卵みたいでよかったが、

 誕生した怪物がちょっとしょぼかった。

  

   

〈373〉池上彰のニュースそうだったのか!?

  実は知らない戦争2時間SP(2021年8月14日放映)

  

〇戦争がきっかけで生まれた物。

〇サランラップ 銃や弾丸を湿気から守るため

 戦後その使い道に困っていたら、食品を包む使い道が判明。

 サランラップの名前の由来。製造者2人の妻サラとアンから。

〇このエピソードはかつて記事にしたことがある。

 ※ここでも道草 日めくりより サランラップの由来にビックリ!(2019年3月9日投稿)

 ☝ けっこう詳しく調べています。

〇戦争がきっかけで生まれた物。

〇インスタントコーヒー 

 戦争中にフリーズドライ製法が開発された。

 大量の血液を病院に運ぶために、血液の成分を凍らせて、

 真空状態で乾燥させた。輸血に使われた。

 フリーズドライ製法で作られたインスタントコーヒーが兵士に配られた。

〇ナポレオンが要望して戦場でも食べられるものとしてできたのが

 瓶詰。それが後に缶詰になる。

〇レトルト食品も戦争のためにできた。

  

〇戦争がきっかけで生まれた物。

〇カーディガン

 ケガをした兵士が脱ぎやすくするため。

 19世紀にカーディガン伯爵によって作られた。

〇セーラー服 水兵の服装だった。

 襟が大きい理由 髪の毛を洗う機会が少なく長髪が多いので、

         服を汚さないため。

         襟を立てて音を聴きやすくするため。

〇Tシャツ 下着としてアメリカ軍が開発した。

〇トレンチコート 防寒着としてイギリス軍が開発した。

  肩に特徴的な部分がある。階級章をつけた名残りとも言われる。

〇ダッフルコート 大きな留め具は手袋のまま着脱しやすいため。

  漁師の防寒具をイギリス軍が導入。

 

〇戦争がきっかけで生まれた物

〇ランドセル オランダ軍のカバンをヒントにつくった。

  

〇戦争がきっかけで生まれた物

〇自動車 戦場で大砲を運ぶために作られた。

     フランス軍の命令で作られた。

     1769年 蒸気で走る三輪車。

   

番組はまだまだ続くけど、

今晩書き留めるのはここまでにしよう。

「マゼランが来た」② フエゴ島のセルクナム人

   

今日は令和3年8月18日。

  

前記事に引き続き、

「マゼランが来た」(本多勝一著/谷川明生写真/朝日新聞社)

より引用します。

  

第四章の「『火の島』の住人たち/マゼラン海峡・フエゴ島」から

引用していきたいです。

  

サンフリアンで越冬したマゼラン艦隊四隻は、1520年8月24

日に出航してさらに南下し、ついにこの(マゼラン)海峡に到達す

る。しかしそこには、すでに最初の海峡発見者、真の発見者たるこ

れら先住民がいた。マゼラン隊の生き残りからスペイン宮廷秘書M

=トランシルバーノが聞き書きした記録には次のように伝えられて

いる。

「ある夜、海峡の左側の陸地に、おびただしい数の火が見えた。こ

のことから船隊の一行は、自分たちがこの地方の住民に見つけられ

て住民たちが互いに合図の烽火(のろし)をあげているのだろうと

推測した」

この「おびただしい数の火」から〈フエゴ(火)の国〉と呼ばれる

ようになるのだが、これは烽火などではなく、寒い地方に生きる住

民の火であった。

(95~97p)

  

マゼラン海峡の名前がそうであるように、

南米の地名が先住民がつけたものが残らず、

ヨーロッパ人がつけたものが残ってしまう。

この「フエゴ島」もその例。

本多さんも、マゼラン海峡と記述せずに、

「この海峡」と書いています。

  

  

世界史に大きく名をとどろかせることになるこの海峡も、これら先

住民族にとってはそれほど大きな意味をもつものではなかった。実

はマゼラン自身もまた、この海峡の意味を過大評価していた。当時

つくられた地図が説明しているように、この海峡より南にはさらに

南極へと大陸がつづいていると考えられ、したがってここだけが太

平洋(東洋)への抜け道と思いこまれていたのだ。ところがフエゴ

島などの島々をはさんですぐ南に大きなドレーク海峡があること、

アメリカ大陸はマゼラン海峡などなくてもどうせ終わりになること

は、この58年後(1578年)のドレークによる探検まで西欧世

界は知らなかった。しかし先住民族にとっては、ドレーク海峡をの

ぞむヲラストン諸島のホーン岬まで完全な生活圏内であった。

(97~110p)

   

先住民はとっくに知っていることを、

ヨーロッパ人は探検によって大騒ぎして知ったということです。

  

  

フエゴ島に住んでいた先住民は自称セルクナム人でした。

そのセルクナム人たちがどうなったのか。

マゼラン海峡北岸にあってパタゴニア最大の町、ブンタアレナス市

(チリ)にある博物館で知ることになります。

  

博物館の展示場の中に「先住民狩り」の最中の写真が

かざられていました。

4人のヨーロッパ人が銃をかまえて前方をねらう足もとに、すでに

射殺されたセルクナムのたくましい男性が弓を片手に裸でころがる

写真。説明には反省に類するものが一切ない。1886年にとられ

たこの古い写真は、その後ウスアイアの焼き肉店やサンチアゴの博

物館 でも見たし、いくつかの文献にも出てくる。

死体のそばに立つ男は、J=ポッペルという有名な山師であった。

1880年代はフエゴ島に金が発見されて、一旗組が(ひとはたぐ

み)がヨーロッパや南米のあちこちから集まった時代である。ルー

マニア人のポッペルもその一人として現れ、アルゼンチン政府から

砂金採取権をとると、逃亡者や犯罪者を含む50人に軍事教練をほ

どこして武装させた上、セルクナムの国に侵入した。やがて洗金工

場が建てられ、軍隊は200人以上にもなって虐殺をつづけ、独自

の金貨さえ鋳造するほどの勢力になった。

このほか金にむらがってフエゴにきた有象無象の一旗組もセルクナ

ム虐殺に関与し、その女性たちを強姦の目的で”生けどり”にした。

先住民の祖国フエゴは、殺人も凌辱も勝手放題の完全な無法地帯と

化した。

(116p)

   

その写真は「マゼランが来た」には掲載されていて、

ショッキングな写真です。
  

まだフエゴ島でのセルクナム人の辛い状況は続きますが、

引用はここまでにします。

  

章の最後の方で、本多さんはこう書いています。

  

南米で先住民の側に立って銃をとった白人も九牛(きゅうぎゅう)の

一毛(いちもう)ぐらいはいるのだが・・・・。

(126p)

  

「九牛の一毛」とは?

調べると、多くの牛のうちの1本の毛のことであって、

取るに足らない数の意味らしい。

「マゼランが来た」① ルポルタージュ やってみたかったこと

   

今日は令和3年8月18日。

   

この本を読みました。

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「マゼランが来た」(本多勝一著/谷川明生写真/朝日新聞社)

  

この本が出版されたのは1989年です。

32年間、ずっと家にあった本です。

買った時に読んだようで、文章の横に赤線が時々引いてありました。

でもあまり内容を覚えていません。

ちょうど、最近マゼランについて、マイブームになっていたので、

あらためて読むことにしました。

   

マゼランやコロンブスによって、ヨーロッパ人が

北米大陸や南米大陸、あるいは太平洋上の島々に出向くようになりました。

そこには、どこであっても先住民が住んでいました。

後から来たヨーロッパ人が、先住民に対してどんなことをしたかを

追求したし、ルポルタージュしたのがこの本です。

   

現地に実際に行って、現地の人たちの話を聞いて、

それをもとに報告する。これがルポルタージュです。

本多勝一(かついち)さんのそのやり方がいいなと思って、

若い頃は本多さんの本を何冊も読みました。

「北海道探検記」を読んで、本多さんが行った場所や人に会おうと、

就職前に北海道徒歩旅行もしました。

  

今回、すごく久しぶりに本多さんの本を読んで、

ルポルタージュは自分がやってみたかったことだなと

思い出したような気分です。

  

 

ヨーロッパ人が先住民に何をしたか。

本多さんは、最後の章で次のように書いています。

  

マゼランが寄港したすべての現地を調査し、以上六章にわたって報

告した。取材に出る前に、その地の先住民についての暗い運命は、

あるていど予測していたことではある。だが、事実は予想をはるか

に超えていた。「新大陸」全土に生きついでいた何千万ともしれぬ

先住民や、マリアナ諸島の何万もの先住民の目で見るとき、ヨーロ

ッパ人という「大野蛮人}(先住民パスカルさん言)は、民族滅亡

を招く「悪魔」(その祖母言)以外の何ものでもなかった。虐殺さ

れた何千万ともしれぬ魂にとっては、白人たちの「偉大な」芸術も

科学も宗教も国家も、一切が事実として無意味(ナンセンス)だっ

たし、今も無意味であろう。それはコロンブス以来500年途切れ

ることなく続き、今なおアマゾン川やパラグアイ川の奥地で進行中

なのだから。

(287p)

    

先住民には迫害が行われてきて、

現在(1989年)も続いているというのです。

   

  

その一例をこのブログに書き残しておきたいです。

  

つづく  

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