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2021年1月30日 (土)

本「長屋王残照記 第二巻」/聖武天皇も重要な登場人物

   

今日は令和3年1月30日。

   

昨晩、ショートスティの父親を迎えに行く時間調整で、

薬局の明るい駐車場で、この本を読み切りました。

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「長屋王残照記 第二巻」(里中満智子著/中公文庫コミック版)

  

この本によって、さらに「長屋王の変」とか

「藤原四兄弟の病死」について

より詳しくイメージを抱けるようになりました。

とてもドラマチックな出来事であり、

それこそ大河ドラマになってもいい時代だと思いました。

長屋王を主人公にしてもいいし、

「美貌の女帝」(永井路子著)の氷高皇女(元正天皇)でもいいかな。

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(150~151p)

聖武天皇は、元正天皇から譲位されます。

元正天皇は太上天皇となります。

「長屋王の変」「藤原四兄弟の病死」は聖武天皇の治世のことです。

聖武天皇は「東大寺建立」「国分寺・国分尼寺建立」

だけの人ではないのです。

年末年始の読書で、聖武天皇のイメージも立体化されつつあります。

大河ドラマになっても、重要な人物になると思います。

  

  

著者の里中満智子さんのあとがきが迫力があります。

長いですが、引用します。

  

729年2月10日から3日間の公式記録は、ざっと次のようになっ

ている。

2月10日・・・長屋王に仕えていた、君足(きみたり)と東人(あ

        ずまんど)が、「長屋が皇太子を呪詛(じゅそ)し

        ていた」と、朝廷に密告した。その後、ただちに天

        皇の命により、藤原宇合(うまかい)は常備の六軍

        を率いて長屋王邸を包囲した。

2月11日・・・舎人(とねり)親王、新田部(にいたべ)親王、多

        治比池守(たじひいけのもり)、藤原武智麻呂(む

        ちまろ)の窮問団が長屋邸に入る。

2月12日・・・長屋は死罪を命じられて自害し、妃である吉備内親

        王、息子である膳夫(かしわで)王、葛木(かつら

        ぎ)王、鉤取(かぎとり)王、石川夫人が産んだ桑

        田王は、長屋のあとを追って自頸(じけい)した。

(中略)

この3日間、長屋邸の中ではなにが起こっていたのか?

窮問団と長屋のやりとりはどうであったのか?

長屋はどのように死罪を受けいれたのか?

詳しいことはなにひとつ伝えられていない。長屋が熱心に学んでいた

儒学では、「言い訳は見苦しい」という美意識がある。後の武士道に

つながる男の潔さ、美しさを、長屋が好んでいたらしい気配は、「礼

儀正しく、秩序を重んじた」といわれる、長屋のイメージにもつなが

る。死に臨んで、彼は「冷静であっただろう」というイメージが定着

している。だが、はたしてそうだろうか?

私がこの作品を描きたいと思ったのは、私なりの長屋の最期を描きた

かったからだ。

長屋は判断しているだけで4人の妻と13人の子供がいる。そのうち

藤原長娥子(ながこ)以外の妻たちは同じ敷地に住んでいたらしい。

「家族」とか「一族」という意識の強い人だったのではないか?そう

いう人は情にあつく、ホットな体質の持ち主ではないだろうか?また、

僧の頭を打った事件でわかるように、許せないと思うことには激して

しまう部分もあったかもしれない。

ふだん冷静にふるまい、礼を重んじ、常に勉学にいそしむ知的タイプ

・・・・。しかし、いわれのない罪を問われ、死を命ぜられた時もそ

うであっただろうか?そんな「許せない」ことをしでかす相手に対し、

激した気持ちがあったとしても、礼を重んじ、のみこんでしまっただ

ろうか?それとも・・・・?

私は激した長屋を描きたかった。彼が最後にどうふるまったかを、「

私だったらどうしただろう」と必死で考え、長屋の気持ちに近づいて

描きたかった。

吉備はなぜ「後を追って縊死(いっし)した」のだろう?本当にそう

だったのか?何故?上皇との血のつながり、身分からいっても、いく

らでも生き残る道はあったはずだ。公式には記されていないが、吉備

も「罪を問われ」て死を選ばざるを得ない事情があったのではないだ

ろうか?

そしてーーー藤原一家は、どのような決意で事に臨んだのだろうか?

こんな「あからさまで大袈裟なクーデター騒ぎ」を起こさねばならな

いほど、一族にとっての「大勝負」だったのだろう。

  

 

この?の連続の文章が印象に残りました。

里中さんはどうだったのだろうと想像し尽くして、

それで出来上がったのが本書です。

読み応えがありました。

 

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