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2021年1月19日

2021年1月19日 (火)

番画:ダーウィンが来た! ニジェールのキリンの楽園

   

今日は令和3年1月19日。

  

番画です。

〈40〉ダーウィンが来た!生きもの新伝説 アフリカ大発見①

  ようこそ!キリンの楽園」(2009年4月5日放映)

 

〇ニジェール共和国

〇畑とアカシアの木が茂る場所が、きりんの楽園。

〇畑の周りに繁殖する野生のスイカをキリンが食べてくれるので、

 人間にとってありがたいので共存できる。

 野生のスイカは甘くないので、人間は食べない。

〇キリンのオスは角が3本。メスは2本。

〇ニジェール共和国のこの場所は、100年前から人が住み始め、

 ライオンやハイエナなどの肉食動物は追い払われてしまった。

 したがって「キリンの楽園」キリンが座ったり、寝転ぶ姿が見られる。

〇オスのキリンは背が高いほうがメスにもてるので、背比べをする。

 決着がつかない場合は、首を叩き合って戦うこともある。

 オスの3本の角は、その戦いで利用される。

 首の威力は、自動車を横転させるほどのもの。

〇ニジェールのキリンは、12年前には50頭。

 保護活動によって放送時200頭。

 (現在はどうなっているのか興味がある)

世界地図パズル「アフリカ」/「西サハラの問題」が残った

  

今日は令和3年1月19日。

  

地理「アフリカ」の勉強の導入でこのパズルをしました。

1

App Store プレビュー

このパズルをやってみて、アフリカには

大小たくさんの国があることを実感できました。

全部で51か国。

今日までの私の最高タイムは1分45秒でした。

ほぼ1か国に2秒の計算です。

  

気になって調べました。

外務省の発表だと、アフリカは54か国でした。

キッズ外務省

このズレはなぜ?

  

パズルと外務省のズレを探ってみました。

  

外務省にはなくてパズルにあったのが、

西サハラ(サハラアラブ民主共和国)でした。

下記のサイトにこんな発言がありました。

河野外務大臣臨時会見記録(平成30年12月24日)

  

西サハラは日本は国家として承認しておりませんし,今後も国家として

承認するつもりはございません。

  

外務省は国として認めていません。

なぜか?

また近日中に勉強します。

「西サハラの問題」があるようです。  

  

  

今度はパズルになくて、外務省にあった国。

 

コモロ連合

サントメ・プリンシベ民主共和国

モーリシャス共和国

セーシェル共和国

 

国名をクリックすると、外務省の各国のサイトに行きつきます。

地図で、その国がどこにあるのかわかります。

行ってみてわかりました。

この4か国は、小さな島国でした。

パズル側が省略した・・・割愛したと予想できます。

  

  

  

「西サハラの問題」が残りました。

日めくりより/「ら行」が少ない理由  本「美貌の女帝」読破

  

今日は令和3年1月19日。

  

日めくり「雑学王」(TRY-X)より。

   

日本語に「ら行」が少ない理由とは?

Epson581 

ビックリです。

奈良時代以降に中国の言葉を学んだ結果が、今なのですね。

  

現在私にとって飛鳥・奈良時代はマイブーム。

この本を読みました。

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「美貌の女帝」(永井路子著/毎日新聞社)

  

主人公は美貌の氷高内親王、後の元正天皇。

年末年始に読んだ本で描かれていた氷高内親王(元正天皇)、

藤原不比等、長屋王、持統天皇とは、また違ったキャラでした。

不比等は「比ぶ者なき」では、左大臣になるのを固辞していましたが、

「美貌の女帝」では昇進を望んでいました。

元正天皇がそうはさせなかったという展開です。

史料が少ないので、描く人によって変わってくるのでしょう。

知りたかった長屋王の最期、不比等の4人の息子の感染病死の様子も

読んで知ることができました。

長屋王は藤原氏との権力闘争のなかで自刃を選んだようです。

この本を読んで、ますます長屋王のことに興味を持ちました。

そして不比等の4人の息子の死は、

藤原氏にとっては大きなダメージだったようです。

病気の感染拡大が、政治に影響を与えたようで、

今はどうなのか、どう変わっていくのか見ておきたいという思いに

なりました。

   

知らなかった飛鳥・奈良時代の様子が、目の前に広がりつつあります。

面白くなってきました。

  

吉備真備だってまさにこの時代の人です。

ここでも道草 番画:「歴史秘話ヒストリア 吉備真備」(2021年1月4日投稿)

  

その吉備真備が1回だけ登場しました。

聖武天皇の時代に、藤原広嗣(ひろつぐ)が朝廷に対して九州で

挙兵しました。

 

当時、聖武は閣僚外の政治顧問として、少し以前唐から帰国してきた

吉備真備と僧玄昉(げんぼう)を重く用いていた。とりわけ玄昉には、

精神に異常を来していた聖武の母の宮子を治療して効果をあげたので、

深い信頼を寄せてもいた。広嗣はまずはこの二人を奸臣(かんしん)

として、彼らの排除を献言し、挙兵したのである。

(302~303p)  

これだけです。

視点の当て方で、描かれ方は違ってきます。

 

  

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