「里山資本主義」① 金を使わなくても豊かな暮らしができる
今日は令和2年6月15日。
6月も中日です。
いろいろありましたが、前進はしています。
本「里山資本主義 日本経済は『安心の原理』で動く」
(藻谷浩介著/NHK広島取材班著/KADOKAWA)から
引用していきます。
岡山県真庭市が進める、山の木を利用することで目指すエネルギ
ーの自立。それは、20世紀後半、グローバル化の負の側面を背負
い続けて来た地方が、再び経済的な自立を勝ち取ろうとする挑戦で
もある。
挑戦はまさに、「ふんだんに手に入る木材が地域の豊かさにつな
がっていないのはなぜか」という問いかけから始まった。きっかけ
は1993年。当時、20~40代だった地元の若手経営者が集ま
って、「21世紀の真庭塾」という勉強会を発足した。掲げた目的
は、「縄文時代より脈々と続いてきた豊かな自然を背景とする暮ら
しを未来へつなげていくこと」。なんとも壮大な目標である。
(42~43p)
太字で書いたところが印象に残ったこと。
和田さんは、このエコストーブによって、毎日の生活が楽しくな
るだけでなく、放置されて久しい山を蘇らせることもできると考え
ている。
山を燃料源にすれば、無尽蔵に燃料を得ることができる。山の木
は一度切ってもまた生える。再生可能な資源である。切るとその分
なくなると思うかもしれないが、むしろ山の木は、定期的に伐採し
た方が、環境は良くなっていく。
(49~50p)
輸入の石油が熱量源だという世の中。
木を効率的に燃やして熱源にするエコストーブはいい。
(前略)そんな和田語録をいくつか。
和田さんは、年をとった人々を「高齢者」とは呼ばない。「光齢
者」と呼ぶ。人生いっぱい経験して、「輝ける年齢に達した人」た
ちである。「田舎には、高齢者しかいない」というと、「役に立て
ない人ばかり」というイメージになるが、「光齢者が多い」と言え
ば、生きる名人がたくさんいるのだと考えられる。情けないことな
ど、何一つないのである。
(58p)
私も段々「高齢者」に近づいてきました。
この私が「高齢者」!
どうせなるなら、
生きる名人となって「光齢者」になりたいものです。
逆転の発想で捉えれば、役に立たないと思っていたものも宝物と
なり、何もないと思っていた地域は、宝物があふれる場所となる。
そんな里山暮らしの楽しさを訴える活動を続けてきた和田さんと仲
間たち。
「なぜ楽しさばかり言うのかというと、楽しくなければ定住しても
らえないだろうと思っているからです。金を稼ぐという話になると、
どうしても都会には勝てない。でも、金を使わなくても豊かな暮ら
しができるとなると、里山のほうが、地方のほうが面白いのではな
いかと私たちは思っています」
(59p)
「金を使わなくても」が大事ですよね。
つづく
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