「世界」(2020年5月号)④ デジタル機器導入→学力向上とは限らない
今日は令和2年4月26日。
4月22日の記事に引き続き、
「世界」2020年5月号(岩波書店)より引用します。
数学者の辻元(つじはじめ)さんが「デジタル教科書は万能か?」
というタイトルで記事を寄せています。
その中で印象に残った記事を引用します。
デジタル機器の導入は時代の要請だという面はありますが、少
なくとも現在のところ、デジタル機器がたしかに学力を向上させ
るのに役立つという研究結果は存在しないと思います。実際、効
果の検証は行われていますが、はっきりと学力向上が見られたと
いう報告はありません。たとえば佐賀県武雄市では「スマイル学
習」と呼ばれる生徒一人一台のタブレットPCを使った大規模な
ICT教育の導入実験が行われましたが、学力への明確な効果は
得られなかったという結論になっています。他にもデジタル機器
導入への実践実験は数多く実施されていますが、学力への効果は
明確に認められているとは言えません。※注4=ICTを活用し
た教育効果については、山田篤裕研究会教育②分科会「ICTを
活用した教育効果について」ISFJ日本政策学生会議「政策フ
ォーラム2018」発表論文。
(176p)
デジタル機器導入が学力向上につながると安直に考えるのは、
絶対に良くないとは思っています。
教師が勉強して腕をあげる必要はあると思っています。
さて、次の文章に書かれていることをどう思いますか。
私は、現時点では理解できないところもあり、賛否が決まりません。
でも書き留めておきたいと思った文章です。
本に書かれた文章を読む場合と、
ネットの画面上の文章を読む場合の比較です。
■ 情報量と教育効果
人間の記憶には、長期記憶の他に、短期記憶を元に、情報処理を
行なうワーキングメモリーがあります。つまり思考の材料を短期記
憶として頭の中に並べ、それらを情報処理することで、人間の思考
は成り立っているわけです。したがって、深い思考をするには、ワ
ーキングメモリーをできるだけ無駄なく使うことが必要になります。
これが集中力の正体です。つまり、集中することは、頭の中に無駄
なものを置かないことで、思考のフリーハンドを獲得することなの
です(禅の精神に通じるものですね)。
人間のワーキングメモリーには限りがあり、それを拡張する方法
は知られていません。従って、現在のところ、深い思考をするため
には、何よりも、頭の中に、無駄なものを置かない、つまり情報の
エッセンスだけをおいておき、ワーキングメモリーの使用を最小限
にしておくことが望ましい訳です。
■ 本とコンピュータ画面の違い
端的に言えば、本の素晴らしいところは情報量が凝縮されて少な
いことにあります。静止した対象に向かい直線的にひたすら注意す
る必要があり、情報量が少ないので思考や想像をめぐらせないと理
解できません。ですからページをめくりながら本を読むと強制的に
思考をすることになり、深くストーリーに関わることになります。
対照的に大量の競合する情報や刺激に溢れているインターネット
やコンピュータ画面上で本を読むと、情報と刺激の洪水に晒(さら)
されるため、ワーキングメモリーがオーバーフローしてしまいます。
思考することができずに、受け身になってしまい、主体的に思考を
めぐらせることは難しくなります。
このように、印刷された本と、コンピュータ画面とは情報量が全
く異なります。コンピュータ画面に向き合うと受け身になってしま
い、主体的に考えることは困難です。情報量が少ない方が深く対象
に向き合えることは、ハイパーリンクの沢山ついた文章とついてい
ない文章を被験者に読ませた後、その内容について正確に記憶して
いるか、内容を理解しているかを確かめる質問をする実験でも示さ
れています。つまりハイパーリンクは一見分かり易さを増すように
思われるけれども、実際には文章を深く読むのには注意散漫になっ
てしまって、逆に理解の障害になっているという実験結果が得られ
ているのです。
このよにデジタル機器の活用は、生徒の興味関心をひく半面、思
考の省略に繋がってしまう面も否定できません。
(178~179p)
最初に読んだ時には、なるほどと思って読みましたが、
待てよと思って、読み直すと、違うなあと思えてきました。
ハイパーリンクがつかない同じ書籍を、
本で読もうがPC画面で見ようが集中力の大差は
ないように思えます。
ただPC画面の場合、ハイパーリンクがなかったとしても、
つい脱線しがちです。
ネットニュースを見たり、メールチェックしたりしがちです。
PC画面は簡単にいろいろなものとつながっているからです。
そういう面を含めるなら、PC画面は思考が深まらないかもしれません。
本は集中できます。
藤原和博さんの書いたことに賛同します。
※ここでも道草 「本を読む人だけ」⑤ 中学校では3割が情報編集力(2020年1月9日投稿)
再引用します。
本は、物理的なものであるがゆえに、読み終わったあとの達成
感がある。
「人は生を受け、死を迎えるまで、結局、他人と完全にわかり
合うことはできない」
これこそが、21世紀型の成熟社会に通底する基本認識だと私
は思う。だから、四六時中ネットにつながるのではなく、ネッ
トから切れて「スタンドアローン」になることが重要になる。
孤独に耐える訓練にもなるからだ。
私は、仕事をするときとは別の場所で本を読んでいる。そこに
はパソコンはない。スマホも携帯も使わないで、本を読むとき
は完全にスタンドアローンの状態だ。
本は、このようにスタンドアローンになることに適した端末だ。
ただそこに黙ってあるだけ。逆の見方をすれば、本は、孤独に
耐えながら読むに限るということ。そこから生まれる達成感は、
次の本へ向かわせる原動力になる。
スタンドアローン状態だと、
ワーキングメモリーがフルに使えるように思えます。
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