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2020年3月12日 (木)

「ゼンメルワイスの闘い」① 産褥熱/今でこそ「感染防護の父」ですが・・

  

今日は令和2年3月12日。

  

ここでも道草 「手洗い」にも歴史あり/「天声人語」(2020年3月2日投稿)

☝ ここで出合った本を、読み終えることができました。

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手洗いの疫学とゼンメルワイスの闘い

(玉城英彦著/講談社/2017年)

143pまでは歴史として面白かったけど、

それ以後は、専門学者向けになってきたので、

読みとばしてしまいました。

でも十分楽しめた本です。

装丁が”固い”本に見えますが、そんなことはなかったです。

引用していきます。

  


この本で「産褥熱」が何度も出てきます。

何と読むのかなと思いつつ、最初に登場したときに

読み仮名がついていたんだろうな、

それを見逃したなあと思いつつ最後まで読み終えました。

「屈辱」の「辱」に似ているから「じょく」と読むかなとは

思っていました。つまり「さんじょくねつ」

読後に、ページを戻って、最初に「産褥熱」が

登場したところを見てみました。

  

3pでした。

でも読み仮名はついていませんでした。

調べました。

「さんじょくねつ」でした。

この本を選ぶ人が免疫学の学者とか、医師なのかな。

その人たちにとっては「産褥熱」は読めて当然なのでしょう。

   

  

ゼンメルワイスは病気の原因が病理学説から細菌説に移る、転換

期に生まれ活動していました。彼が診療実践していた1847年

ごろは、その過渡期、パラダイムシフトのまっただ中にありまし

た。

権威者は、大家は古いパラダイムにしがみつき、新しいパラダイ

ムの出現を怖がります。(上司の)クライン教授もその例に漏れ

ず、保身のためにいろいろな方法をもってゼンメルワイスの仕事

を妨害しました。

(中略)

ゼンメルワイスはさらに活動の領域を広げ、あたかも神に呪われ

たかのように医師や医学生に手洗いを徹底させて、多くの妊産婦

の命を救いました。

(中略)

でも残念ながら、彼の考えを受け入れるほどに社会はまだ熟して

いませんでした。パイオニアの悲劇というのは往々にして、この

ようなパラダイムの狭間において起こるのです。ゼンメルワイス

の場合も例外ではありませんでした。

ゼンメルワイスは今でこそ「感染防護の父」「母親の救世主」と

呼ばれていますが、彼の人生は極めてドラマティックでかつ悲劇

的なものでした。

(5p)

  

「はじめに」のこのページに、本の要約が書いてありました。

上記の通りです。

今は当たり前に言われている「手洗い」は、

150年ほど前にやっとその価値がわかって、

励行されるようになったのです。

それには、ゼンメルワイスという人が深くかかわりました。

 

2月28日朝日新聞朝刊の「天声人語」で初めて知った

ゼンメルワイス。

「全滅(ぜんめつ)」「エーデルワイス」と混同してしまいますが、

この本を読んで、名前にだいぶ慣れました。

今一度。ゼンメルワイス。

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