「マンサクの花」/これで10巻読破
今日は令和元年12月31日。
本を読破しました。
「マンサクの花--新十津川物語10」(川村たかし著/偕成社)
です。
9月に読み始めた「新十津川物語」全10巻、完読しました。
※ここでも道草 「北へ行く旅人たち」その1/台風の被害で北海道移住を決意した人たち(2019年9月22日投稿)
引用します。
新十津川物語の主人公フキの孫の泰男が、
熊と出くわすシーンです。
「孫四郎」は飼い犬。
熊はのそのそとこっちへ歩きだしたのだ。さえぎるものはなに
もなかった。
いつのまにか、あたりはすっかり朝になっていて、金色の光が
シラカバの幹を赤くそめている。
熊はおよそ七、八十メートルのあいだをおどるようにせまって
きた。泰男はじりじりとさがる。けなげにも犬は、あいだにま
わりこんで必死にほえる。
三十メートル、二十メートル。ジョリジョリと音がした。熊の
毛の先が腹の下にかたまったままこおりついて、歩くたびに氷
がぶつかって鳴っているのだ。
ヒグマはしなやかだった。ぶ厚く、おもそうだった。ふしぎと
こわいと思わなかった。ちかくで見ると、ところどころ毛がぬ
けていた。糞によごれてきたなかった。なまぐさい息が感じら
れた。
泰男は、その一つ一つをきっちり見ていた。目を見ろ、そらす
な。にげきれないときには、にらみつけるのだ。カラフトにい
たころ、小野田のチャンはそういって、浩次郎兄(あに)にお
しえたという。泰男は、ちらっとそのことを思いだしていた。
ヒグマも目をそらさなかった。にごった小さい目は、もいかし
たら泰男のうしろを見ていたのかもしれなかったが。
やがて、そのときがきた。熊はひょいと立ちあがったのだ。戦
闘開始。ひととびの距離だった。熊はあくびをするようにほえ
た。口の中は赤かったが、泰男は声をきかなかった。またもよ
だれまじりのなまぐさい息。
だが、熊が立ちあがったとたん、不覚にも泰男は足をすべらせ
た。つるりと尻もちをつくとほとんど同時に、孫四郎が茶色の
つぶてとなってはねた。熊は左手をふった。なぎはらわれた犬
はキャンと鳴きながら、残雪の上におちた。するどい爪が腹を
ひっかいていた。それでも孫四郎はひきさがらなかった。また
はねた。二度めは、熊が待ちかまえていたようにたたいた。孫
四郎は鳴きもせず、ぼろ雑巾のようにふっとんだ。ふみ荒らさ
れた雪原は、点てんと赤くそまった。
ふいにギーンと空気を切りさいて、銃声がはじけた。四人がい
っせいに射撃したのだ。(81~82p)
登山を続けていると、いつか熊に出合って、こんな状況になる
んだろうなと思いつつ読みました。
できたら、ずっと出合いたくないです。
フキの言葉です。
「七十年まえ、おれたちはよそから、ひょいとやってきたろ。
まえからおったもんにはすまんこっちゃ。アイヌの人ばかりや
ない。キツネもクマも、リスもゲラも、ウグイスやカッコウ、
いやいや木や草にも、ゆるしてもらわんといかん。2600人
もがなだれこんできたんやさけの。じゃけんど、きたからには、
にげてかえるわけにいかんがな。生きのびるか、へたばるか。
一生けんめいよ。一戸、五町歩のおかげでなんとか生きのびた。
足の下に、土があったおかげじゃ。」(233p)
実際に、新十津川町にはこのような老人がいたのでしょう。
川村たかしさんは、老人から聴いた話をもとに、こんな長大な
児童文学を書きあげたと思います。
淡々といろいろな話、エピソードが語られて、その積み重ねで
した。10巻目になってもそれは変わらず、最後まで淡々と書
かれていて、徐々にクライマックスに向かって盛り上がる雰囲
気はありませんでした。まだお話は続くのかと錯覚してしまい
そうでした。
でも人生ってそういうものですよね。日々の積み重ねで、人生
ができあがります。新十津川物語がフキの人生ならば、最後ま
で日々の出来事が語られるのが本当でしょう。
休職して、この「新十津川物語」全10巻が読めたのは、
忘れられない体験となりました。
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