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2019年12月12日

2019年12月12日 (木)

開会式で放鳥されたハトの行き先は?

  

今日は令和元年12月12日。

  

寝る前にもう1本。

  

12月8日放映の大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」の

オープニング曲の一場面です。

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1964年東京オリンピック開会式の映像。

多くのハトが放たれ、飛んでいる姿が一瞬映っています。

このシーンに関係のある記事と出合いました。

 

12月10日朝日新聞夕刊です。

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Epson158  

印象に残った文章です。☟ 

 

開会式でハトを飛ばすと知って応募した。

開会式前日、近所の集合場所の神社まで、訓練した5羽を持って

行った。

翌日は家族4人でテレビの前に陣取った。入場行進、聖火の点火、

ハトの放鳥、ブルーインパルスが描く五輪・・・。開会式の終わ

りまで見守ると、バタバタとトタン屋根から音がした。

「帰ってきた」。屋根に上がって巣箱を眺めると、5羽が仕事を

終えて羽を休めていた。

  

とても面白い体験です。8000羽のハトは、開会式の後、それ

ぞれの家に戻っていったんだ。そういう裏方があったことが知れ

た記事でした。

  

  

大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~

いよいよ12月17日の放映が最終回です。

1964年東京オリンピックの開会式が描かれます。

毎週、元気を与えてくれた大河ドラマ。

見届けたいです。

 

 

2019年冬長野(12)プリント「ボランティア活動をはじめる前に」

 

今日は令和元年12月12日。

  

12月3日のことを書きます。

被災地でのボランティア活動初体験の日です。

駐車場は長野運動公園東側駐車場でした。

広い駐車場でした。

午前9時前には着いて、車を駐車しました。

この時点で、まだ被災地らしいところは見られませんでした。

 

周囲の人たちの様子を見て、上着はカッパにしました。

長ぐつもさっそく履きました。

スコップも持って、皆の行く方向について行きました。

1列に並んでいました。

バスを待つ列でした。

  

マイクロバスが来て乗り込みました。

10分ほどで着いたのが柳原総合市民センター。

ここが長野市北部ボランティアセンターでした。

まだ被災している場所を目にしていません。

あのテレビ映像で見た被災地をいつ目撃するのか、

ドキドキしていました。

  

バスから降りたら、係の人が初めての人とそうでない人で

別れて並んでくださいと指示されました。

係の人は、他県から応援に来た社会福祉協議会の人でした。

何と初めての人は3人ほど。

他の20数人の人たちはボランティア経験者でした。

 

初めての人にはプリントが配られました。

ボランティア活動をはじめる前に」というプリントでした。

印象に残った文章を引用します。

  

〇助けてあげたい!というボランティアの気持ちと、不安でた

まらない被災者の気持ちには温度差があります。相手のペース

でゆっくり話す、尋ねる際はリーダーが代表で聞くなど配慮し

てください。

 初めての者にとって、緊張する内容です。

  

〇活動中の写真や動画の撮影は禁止です。

被災した家の写真がネット上にアップされて、その家がその

盗難の被害にあったそうです。どんな写真をアップしたんだ?

  

〇お昼・飲み物は持参。

お昼は出ないですか?」と被災者に尋ねた人がいたとのこと。

  

〇早くやるより、丁寧な仕事を心掛けましょう。  

説明を聞いてなるほどと思い、実際に活動してみて、

この考え方は大事だと思いました。

  

〇依頼者に確認を取りながら作業を進める。

〇一人で作業をしない。

〇チームリーダーの指示に合わせる。

〇タイムキーパーを決めて、30~45分ごとに休憩をとる。

  

  

〇北部方面は重たい作業が多い状況です。無理せず休憩を取り

ながら安全な活動をお願いします。

私は北部でした。気をつけました。

   

説明を聞いて、いよいよ活動が始まるぞと思いました。

  

この後、グループ分けでした。

5人グループがつくられました。

  

つづく

2019年冬長野(11)各地から来たボランティアとの交流は楽しい

  

今日は12月12日。

   

12月11日朝日新聞朝刊の「声」のページにあった意見

 

ボランティア頼みでいいのか

               NPO法人役員 栗原辰司

 10月末から11月末にかけて、宮城、長野、千葉の台風

被災地でボランティア活動に参加した。宮城では住宅敷地の

泥かき。長野では畑の片付けや出荷できなくなったリンゴを

木から落とす作業。「年寄り1人ではどうにもならなかった。

助かった」と言われたが、先の展望をもてずにいるように感

じた。

 ボランティアは被災者の背中を押す役割を果たしていると

思う。だが、被災者の今後の困難と比べると、微力と感じて

しまう。しかも人数が足りず、今でもボランティアを待ち望

んでいる人が大勢いる。

 困難が大きい時こそ国や自治体の出番ではないか。復旧に

必要なら人を雇ってでも支援すべきではないのか。皇室の一

代に一度の行事に20数億円かけ、戦闘機に何兆円も使う余

裕があるなら、その一部でも回してほしい。

 とはいえ、各地から来たボランティアとの交流は楽しいし、

人間の優しさや良心を信じていいと実感する。今後もできる

だけ参加していきたい。 

  

  

ボランティア活動に参加した時のことを書きたいと思っていて、

もう1週間以上が経ってしまいました。

この記事は、いいきっかけです。

この記事の方のように、自分が2日間にやったことは、

微力だと感じました。

そして各地から来たボランティアさんたちとの交流は

楽しかったです。

どの方もよく働きます。わざわざやってきた人たちだから、

当然かと思いますが、感心します。人助けのために頑張ると

いう時間の使い方をしている人たちが、こんなにいるんだなと

うれしくも思いました。

働いたのは火曜日、水曜日。平日の真っただ中。

一緒に働いた人たちは、私よりも年下の方が多かったです。

私は病気休職中の参加でしたが、他の人たちもきっと

いろいろやりくりして参加されたことと思います。

  

つづく

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楽餓鬼

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