「にっぽん!歴史鑑定 幻の東京オリンピックと嘉納治五郎」その2/嘉納治五郎船上で死す
今日は3月17日。
前日の記事の続きで、2018年10月8日放映の
「にっぽん!歴史鑑定 幻の東京オリンピックと嘉納治五郎」より。
オリンピックの東京誘致はIOC総会で決定しましたが、
まだまだ開催までは簡単ではありませんでした。
聞き書きします。
ナレーター:嘉納治五郎たちの努力により、1940年(昭和15年)の
東京オリンピック開催が決まったものの、
メインスタジアムの建設がいっこうに進みませんでした。
当初は月島にあった埋め立て地に建設しようとしていたのですが、
強風の影響を受けてしまうからと、断念。
その後、代々木、千駄ヶ谷、神宮外苑、品川などが候補になるも、
土地の買収問題などでうまく行きませんでした。
組織委員会発足から半年以上が経っても、メインスタジアムの場所すら
決まらないという由々しき事態。
追い打ちをかけたのが、戦争でした。
日中戦争が勃発、戦争の長期化によって資金や物資が不足し、
開催準備はますます遅れていったのです。
海外からも大きな非難を浴びます。
戦争をやっている国のオリンピックには出られないと、
開催地の変更や参加のボイコットを表明する国が現れたのです。
IOCもこの問題を指摘。
昭和13年3月、エジプトのカイロで開催されるIOC総会で、
東京オリンピック開催の是非が問われることになりました。
嘉納はカイロに向かいます。
この時、79歳。
3月10日。カイロでのIOC総会が始まりました。
日本に対し、厳しい意見があがる中、嘉納は再び訴えるのです。
嘉納:オリンピックの開催は、政治的な影響を受けるべきではない。
よって、日本で開催しない理由はないのです。
ナレーター:スポーツは政治や戦争などに影響されない独立した
存在であり続けるべきだと主張。東京開催は承認されます。
真田久:日本の政治的状況はともかく、嘉納治五郎というですね、
IOC委員の人柄、また彼のこれまでの功績をですね、
非常に高く評価されていた、ということがあります。
特に彼はですね、日本においても近代スポーツを普及させて、
スポーツを通した人間の育成に尽力した非常に優秀な
教育者として評価をされていました。
そういうことがですね、最終的には嘉納治五郎に対する
プレゼントだったんだとIOC委員長は述べておりますが、
そのために東京での開催が決議されたと言っても、
過言ではないと思います。
ナレーター:スポーツで世界に平和を。
スポーツ教育にその生涯をささげてきた嘉納がいたからこその、
結果でした。
嘉納は、カイロからラジオを通し、日本国民に対して
こう語りかけます。
嘉納:さまざまな逆風の中で、第12回オリンピックは、
東京での開催が認められました。
スポーツの力を最大限に生かして、相手を敬い、感謝し、
助け合う心を育み、他国と共に栄えある
平和な世界をつくる大会にしましょう。
ナレーター:その翌月(昭和13年/1938年4月)、
長い間懸念されていた東京オリンピックメインスタジアムが、
駒沢に建設されることが決まります。
それは、世界最大級のメインスタジアムの他に、
水泳場と球技場、さらには選手村が併設されるといった、
一大スポーツセンターでした。
嘉納はというと引き続き奔走していました。
東京オリンピック成功をめざし、ヨーロッパ各国とアメリカの
IOC委員に協力を取り付けるためです。
それを終え、嘉納はようやくカナダのバンクーバーから
氷川丸で帰国することに。
その船上で嘉納は一人の日本人青年と出会い意気投合。
東京でオリンピックが開かれる意義や、
オリンピックを通じて平和な世界をつくることの大切さを
熱く語りました。
嘉納:東京でようやくオリンピックを開ける。
ナレーター:希望に胸を高ならせていた嘉納でしたが、
船上で肺炎にかかり、そのままこの世を去ってしまったのです。
悲願だった東京オリンピックを見ることなく。
そして嘉納の死に合わせるかのように、
東京オリンピック開催の雲行きが再び怪しくなってきました。
国家総動員法が施行されたことで、
軍部はオリンピックの競技施設は建設中止と主張。
その理由は、オリンピックのための物資や労働力を
戦争に使うべきだというのです。
さらに6月には、日中戦争の長期化を重く見たIOCが、
再び開催を辞退するよう迫ります。
嘉納亡き後、開催中止流れの止められる者は誰もおらず、
7月15日、日本政府はついに東京オリンピック開催中止を
決めました。
嘉納が尽力したアジア初の東京オリンピックの実現は、
戦争によって幻となったのです。
嘉納治五郎の人生だけでも十分大河ドラマだと思いました。
メインスタジアムが駒沢と決まり、
山下勝選手は駒沢競技場に夜な夜な現れるということですね。
※ここでも道草 山下勝選手のドラマを見ました(2014年8月2日投稿)
※ここでも道草 山下勝選手のドラマを見ました2(2014年8月2日投稿)
まだつづく。
コメント