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2016年7月30日

2016年7月30日 (土)

正岡子規の選択/嫌なことを上回る好奇心を満たすもの

  

今日は7月30日。

  

前投稿に引き続いて、

7月21日放映の「英雄たちの選択 生きた証か 見果てぬ夢か

~近代文学の祖 正岡子規の選択~」より。

 

明治29(1896)年、

28歳で「余命わずか」という宣告された正岡子規。

子規の選択は2つ。

【その1】

生きた証を残す(写生句の普及)

【その2】

見果てぬ夢へ踏み出す(日本語の革新)

  

どちらを選ぶか?

前投稿では斎藤環さんの回答でした。

今回は磯田道史さんの回答を聞き書きします。

磯田さんは【2】見果てぬ夢へ踏み出す(日本語の革新)でした。

聞き書きします。

  

僕、2に決まってますよ。

「見果てぬ夢」に決まっているじゃないですか。

何かね、ここまでで死にますよって言われたら、

何か好奇心を満たしてくれるような新しいことを見つけないと、

元気も出ないし、生きているって思わないんじゃないですかね。

私は、新規探索性というかいろいろなことをやりたい、

「武士の家計簿」くらいで止めとけばいいのに、

こんな司会なんか引き受けちゃったりね。

止めときゃいいと自分でも思うんですけど、

何か元気が出るんですよ。変わったことをやっていると。

たぶん子規も同じように考えたんじゃないかなあ。

死は嫌ですよ。嫌なんだけれども、嫌なのに生きていけるのは、

それを上回る好奇心を満たすものがあるから、

生きてかれたんだと僕は考えるんですよね。

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ふと思います。

「死」ではないけど、「退職」が近いことを感じる年になりました。

この時期、新しいことをやりたいという気持ちが高まり、

その一つで、タブレット端末を日々いじくっています。

タブレット端末を教育で活かせないかと考え、ささやかに動いています。

この1学期は、特別支援主任会の研修での

「夏の見学会」の担当を引き受けました。

どこを見学するかが自分中心で決められる魅力がありました。

「冬の研修講座」も担当を引き受けました。

こちらも講師を自分中心で決めて呼べます。

仕事は増えますが、人との新しい出会いもあって面白いことです。

どこか新しいこと、変わったことをやりたい気持ちが、

そのような仕事を引き受けた理由だと今さらながら思いました。

(声をかけてくれたことにも感謝です)

 

斎藤さんの回答にも共感できましたが、

自分は磯田さんの言うように好奇心を発揮して、

嫌な気持ちを吹き飛ばしたい、

今の自分の生きっぷりを通したいです。

  

磯田さんの発言は、いつも印象に残ります。

  

  

さて正岡子規はどちらを選んだか?

今日の晩にブログに書きます。

  

今日もいろいろ動く!

正岡子規の選択/もうちょっと褒められてから死にたい

 

今日は7月30日。

  

前投稿に引き続いて、

7月21日放映の「英雄たちの選択 生きた証か 見果てぬ夢か

~近代文学の祖 正岡子規の選択~」より。

 

明治29(1896)年、

28歳で「余命わずか」という宣告された正岡子規。

子規の選択は2つ。

【その1】

生きた証を残す(写生句の普及)

【その2】

見果てぬ夢へ踏み出す(日本語の革新)

  

どちらを選ぶか?

その回答。

Rimg9383  

斎藤環(たまき)さん。精神科医。

調べたところ1961年。ここにも1961年生まれがいました。

斎藤環さんが選んだのは、【その1】 「生きた証を残す」

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発言を聞き書きします。

  

わたくしは1ですね。

生きた証を残すという方向ですね。

2と答えるのがカッコいいというのはよくわかるんですよ。

でもですね、考えていただきたい。

まだ30代半ばですよ。

余命宣告を受けている。

この無念さたるや、相当なものがあると思うんですよね。

子規につい知れば知るほど、

(中略)

その無念さに負けてしまう。

確実で、俳句で革命を起こすのは、

確実な成果につながるであろうと予測できますし、

ひょっとしたら結果もある程度見てから、死ねるかもしれないと。

承認欲求が強い人間は、

もうちょっと褒められてから死にたいと思う気持ちが

どうしてもあると思うんですよ。

なので、1を選ばざるを得ないかなと思います。 

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「結果もある程度見てから死ねる」

「もうちょっと褒められてから死にたい」

この発言はいいなあ。

共感しても、にが笑いしてしまうような発言です。

  

自分もそう思うだろうなと思いますが、

でも次の投稿に載せる磯田道史さんの発言も共感できます。

  

  

正岡子規の選択/生きた証・見果てぬ夢

  

今日は7月30日。

  

7月21日の「英雄たちの選択 生きた証か 見果てぬ夢か

~近代文学の祖 正岡子規の選択~」を見ました。

この番組から・・・・

   

明治29(1896)年、正岡子規28歳の時に、

子規は体の異常に気がつきます。

時に激痛が走り、背中から膿が出ました。

関節が炎症を起こすリウマチだと思い医者に診てもらったところ、

病名は「脊椎カリエス」

結核菌が脊椎を壊死させる病でした。

この時子規は、もう手のほどこしようがない末期症状でした。

 

「余命わずか」

厳しい現実を突き付けられた正岡子規。

その子規には2つの選択がありました。

子規の心の声を聞き書きします。

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【その1】

生きた証を残す(写生句の普及)

  

わしは俳句で成り上がらんと猛勉強して写生句にたどり着いた。

しかし、まだ古い伝統を重んじる俳句界の巨匠たちから、

評価されているとは言えんのじゃ。

このままじゃ、一時的な流行で終わってしまう可能性さえある。

今のわしは、写生句の普及に専念し、

俳句界を改革させんと行かんのじゃ。

ほしたら、俳句界に生きた証を残すことができると違うかの。

【その2】

見果てぬ夢へ踏み出す(日本語の革新)

  

いまだにこの国は、古い伝統に縛られて、

人々は自由に感情を表現できんままじゃ。

今のわしなら、たとえ体が不自由でも、

庭の景色なんかを題材に、新しい文章表現をうちだせるに違いない。

そうなれば、日本人の心の世界は、より一層豊かになるはずじゃ。

しかし、わしに残された時間は、あまりに短すぎるんじゃ。

新しい表現をうちだせんまま死んでしもうたら、

人生の最後を無駄に終わらせることになってしまう。

  

  

【その1】はある程度実績が残っている俳句界で

「生きた証」を残そうという考え方です。

【その2】はやったことがない新しいことへの挑戦です。

  

そうか、子規にはこのような選択があったのかと、

この番組を見て初めて知りました。

皆さんはどちらを選びますか。

  

アナウンサーが皆さんならどちらを選びますかと問いました。

2人の回答者の発言が印象に残ったので、

次の投稿に書きとめたいと思います。

「応援うちわ」づくり

 

今日は7月30日。

明日から2泊3日の野外学習引率。

今日のうちにやっておきたいこと多し。

  

昨日はサマースクールのパソコン教室。

昨日は「応援うちわづくり」をしました。

私の試作品です↓

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ワードで文字を作ります。

大きくしたり、書体を選んだり、

白抜きにしたりして、最後は反転させて色画用紙に貼り、

切り抜きます。

いろいろなサイトを参考にして作り方要項を作りました。

我流になってしまいましたが、要項を添付します。

ouennutiwa.docxをダウンロード  

  

今までは文字と写真を組み合わせたものを作ってきましたが、

今回は文字だけ。

楽かなと思ったけど、子どもたちには難しかったようです。

だいぶ手伝いました。

  

写真の黒くて大きめのうちわは、

百均「ダイソー」で売っていました。

最近の写真

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楽餓鬼

今日はにゃんの日

いま ここ 浜松

がん治療で悩むあなたに贈る言葉