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2016年7月10日

2016年7月10日 (日)

大谷吉継が好きな人が多い日本は捨てたもんじゃない

 

今日は7月10日。

  

前投稿に引き続いて、番組「英雄たちの選択」からの聞き書きです。

  

4月21日放映「英雄の選択 大谷吉継

関ヶ原のもうひとつのシナリオ 誤算に消えた西軍必勝」より。

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書きとめておきたかったのは2人の発言。

  

1人目は小谷賢さんの発言。

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私は、吉継の生き方を見ていますと、

彼の人生って、何か火中のくりを拾い続けるというかですね、

人のやりたがらないことを、まあ、自発的にですね、

やってきたような人生だなという気がします。

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典型的なのはやっぱり、そのう、関ヶ原の合戦の時の布陣ですよ。

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彼は、あえて、そのう、裏切る可能性の高い小早川に側面をさらして

松尾山のすぐ下にですね、布陣をしているわけですよ。

これでも、誰かがやらないと、ほっとくと小早川は、

東軍と合流してしまう可能性がありますから、

誰かがそこにいて栓をしておかなければいけない。

ここにあえて、吉継が布陣をしたというのも、

これはもう普通の武将なら絶対やりたくない役割だっただろうな、

それをあえてやる。素晴らしいと思うなあ。

みんなこういうふうに生きたいけれども、実際にはやっぱり欲とか

自我が先に出て、無理だろうなという気がしますけどもね。

  

小早川秀秋が裏切って、

大谷吉継の軍を攻めたことは知っていましたが、

このような裏事情があったのですね。

  

そして磯田道史さんの締めの言葉。

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僕はね、こういう男がいたことにほっとしますね。

戦国日本に。 

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だって、もう欲でしか生きていなくて、

生き残ることしか考えていない巷(ちまた)にあって、

やっぱり、一服の清涼剤ですよ。

こういう誠実な生き方をする人が、

やっぱりこの世の中にいるんだという点は、

ものすごくすがすがしいと思いますね。

なにせこの人は、家康を最も知っている男なんですよ。

豊臣政権下で。

何故かというと、家康との交渉係、窓口ですから。

だから家康の強さも知っている。

ふつう、強さも将来性も知っていたら、

その味方になっておこぼれを預かろうと思うじゃないですか。

家康が強いからこそ、立ちはだかって、滅びる道を選ぶんですよ。

すごい人だと思うんですよね。

大谷吉継が好きな日本人が、こんなにたくさんいるってことは、

捨てたもんじゃないだなっというふうにも思いますね。

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特に最後のセリフがいいです。

日本に期待しちゃいますよね。

大谷吉継はもっと知られて、日本がより上質な国になるといいです。

  

  

以上、今朝、2本の投稿を書きました。

忙しいけど、こうやって書きとめておきたいです。

見ただけではイマイチ。

今日もいろいろ動くぞ。昨日から腰痛ですけど。

  

「情報」の語源

 

今日は7月10日。

  

まだ終わっていないけど、忙しい1学期でした。

このブログの更新数が伸びない。

タブレット部会のブログも、学校HPも、更新数が伸びない。

とにかく発信数が少ないのは、自分にとって辛いところ。

日々面白いことはあるのに、書きとめずに流れて行ってしまうのが

とっても残念、無念。

少しは余裕ができる夏休みに立て直したいですね。もう少し。

  

  

忙しくても見ているのが、番組「英雄の選択」です。

1月28日放映「英雄たちの選択 知りすぎた男たちの挑戦 

渡辺崋山と高野長英の決断」より。

  

書きとめておきたかったのは平野啓一郎さんの発言。

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こんなことを言っていました。

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「情報」って言葉は、近代になってからの言葉ですけど、

もともと「敵情報告」っていう言葉を省略して

「情報」という言葉になっているんですけど・・・・

   

勤務校で情報教育主任を務めていて、

日々情報に関する仕事をしていると、

このような発言が気になりました。

もう少し調べてみたら、次のサイトに参考にあることが書いてありました。

Project FKDのホームページ 「情報とは」

  

1.小野厚夫氏や野口康夫氏の調査(注記)では、

  「情報」は日本で造られた言葉とのことです。         

2.明治の初め、政府はフランスやドイツを教師として

  日本の軍事組織を作り上げていました。

  1876(明9)年発行の翻訳軍事書に初めて

  仏語renseignementの訳語で「情報」が現れたといいます。

  当時、敵地へ斥候やスパイを派遣して地勢や敵の情勢を調査し、

  結果を報告していました。         

3.この「敵状報告」「敵情報告」の真ん中の2字を取り、

  「状報」「情報」になり、これが、「情報」に統一され、

  独語nachrichtもinformationも情報に和訳されたといいます。

  この軍事用語の情報が1930年代から、

  世間一般に広く使われるようになりました。

注記:(1) 野口靖夫「情報という言葉と遊ぶ」学士会報2001-1 

    (2) 小野厚夫「明治9年、情報は産声」日経新聞1990-9-15

  

1876年だから、「情報」が使われてから

まだ140年しか経っていません。

江戸時代には存在しなかった言葉なのですね。

今ではとても重要な言葉になっています。

できた時とはちがう意味ですけどね。

  

  

同内容でタブレット部会のブログにも投稿しようと思います。

今日は発信しているぞ。

  

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