« 2016年5月14日 | メイン | 2016年5月17日 »
今日は5月15日。
3月20日に放映された
「新・映像の世紀 第6集 あなたのワンカットが世界を変える」を
見ました。
その中のyoutubeに関する部分を聞き書きしてみます。
タイトル:インド洋大津波 映像改革の始まり
ナレーター:これは2004年12月。
一般の人が撮影したマレーシアの浜辺。
無邪気に遊ぶ子どもたちの向こうから、高波が迫る。
そして次の瞬間・・・(大波が打ち寄せる)
スマトラ島沖地震によるインド洋大津波である。
市民が撮影した映像が世界のニュースの
トップを埋め尽くした。
ニュースキャスター:一般人が撮影した映像が
いかに津波が巨大だったかを表しています。
一般の人々が撮影した映像が、
報道の主役となる最初の出来事だった。
このニュースを見ていた一人のアメリカ人の若者が、
その後、巨万の富を生むアイデアを思いついた。
その場には報道陣がいなかったのです。
市民の映像はどれも圧倒的でした。
そこで誰でも映像を投稿できるサイトを
作ろうと考えたのです。
ナレーター:翌年、ジョード・カリムは仲間とともに、
動画投稿サイト、youtubeを開設した。
自らが投稿したこの18秒の映像が、
今や数十憶クリックとも言われる
youtubeの最初の映像となった。
ジュード・カリム:象さんは鼻が長くてかっこいいね。
こんなものかな。
ナレーター:当初は動物や赤ちゃんのかわいい映像を楽しむ場に
過ぎなかった。
だがその後、誰もが自由に映像を発信できるツールとして、
急速に進化を遂げていく。(中略)
チャド・ハーリー(youtube共同創設者):
以前は一部の人間が映像を作り、その映像がどこで、
どう見られるかもコントロールしてきた。
しかし、インターネットの時代には、誰もが映像を作り、
そして見てもらう場所も持っている。
自分のメッセージや感情、経験や才能を表現できる場、
主人公は投稿する人々なんだ。
スマトラ島沖地震の時はよく覚えています。
その時は長野県の北の山に行って、
スノーシューで雪原を歩いていました。
その時点では、まったくyoutubeは存在していなかったのですね。
youtubeができてやっと11年。
このブログといい勝負。
そのyoutubeを授業に取り入れようとしている今。
まだまだこれからです。
可能性大です。
※番組中に紹介された映像のいくつか
YouTube: Surprised Kitty (Original)
https://www.youtube.com/watch?v=_OlUW28bGLA&list=RD_OlUW28bGLA#t=3
YouTube: Portrait of Lotte, 0 to 16 years in 4 ½ minutes.
YouTube: Frozen Fever - "Dueling Piano Siblings" Frozen Mashup + Backwards Piano
今日は5月15日。
前投稿の続きで、14日に見た映画「11人のカウボーイ」のことを
書いていきます。
映画の音楽担当を見てビックリ。
ジョン・ウィリアムズでした。
スティーヴン・スピルバーグ監督作品、
ジョージ・ルーカス監督の映画『スター・ウォーズ』シリーズの
音楽担当で有名な作曲家。
映画「ジョーズ」は1975年の作品だから、
まだスピルバーグ監督と組む前の映画音楽です。
ここで聴けます↓
ジョン・ウェインについてもいろいろ調べました。
その芸名に興味を持ちました。
1930年、ウェインの最初のクレジット入り映画である
ラオール・ウォルシュ監督の超大作『ビッグ・トレイル』に
主役として抜擢された。
ウオルシュがアメリカ独立戦争での将軍、
"マッド・アンソニー"・ウェインから取った
「ジョン・ウェイン」の芸名を彼に与えた。
当初はそのままアンソニー・ウェインの芸名を与える予定だったが、
「イタリア風に聞こえる」という指摘があったために
名をアメリカ風の「ジョン」と改めたのである。
Wikipediaの「アンソニー・ウェイン」の説明の中に、
「映画俳優ジョン・ウェインの名前のもとになったことでも有名である」
という1文を見つけました。
英雄の名前をもらって、その英雄以上に有名になってしまったかな?
少なくとも、私はアンソニー・ウェインは知りません。
ジョン・ウェインが亡くなったの1979年。
その直後、淀川長治さんの日曜洋画劇場で追悼映画がありました。
その映画のラストは、まさにジョン・ウェインが去っていく場面でした。
あの映画は何だったのか?
インターネットのすごさです。
「ジョン・ウェイン 日曜洋画劇場 1979年」と打ち込んで
検索したら、映画が判明しました。
映画「捜索者」でした。
引用します。
ラストシーンは、詩情豊かに謳いあげる
ジョン・フォード監督らしい演出であった。
ナタリー・ウッド演じる末娘デビーを奪い返して、
抱きかかえて友人のジョージェンセン家に送り届け、
彼女はジョージェンセン夫妻に暖かく迎えられて
室内に入っていった。
またそれまで6年間旅を共にしたマーティンは
恋人のジョージェンセン家の娘ローリーとの再会で
仲良く家の中に入る。
気がつけばイーサンはいつのまにか一人ぼっちになって
誰も声を掛けられることなく、
砂塵の中を1人で去っていく場面である。
そしてラストカットは中央が戸口の室内から見た外の景色で
イーサンが去って行く後姿を映して両端は室内で暗く、
やがてその戸口が室内から閉じられてTHE ENDの字幕が出る。
ジョン・ウェインが1979年6月に死去した直後の
淀川長治の「日曜洋画劇場」でウェイン追悼の映画として
放送された時には、イーサンが去って行くこのラストカットで
「さようならジョン・ウェイン」の字幕を黒くなった両端に入れて
彼を偲んでいた。
自分の記憶にビックリです。
写真もありました。
追悼映画にピッタリのラストシーンでした。
「11人のカウボーイ」
このような夏休みはどうかな?と言って
子どもたちにこの映画を薦めるのはどうかな?
小学生が殺人までしてしまうわけだけど、
プラスも多い映画だと思います。
最後に、映画のおさらいになるサイトを紹介↓
14日の午後はゆっくりしました。
居眠りをしたり、この映画を見たり、ブログを書いたり。
夜更かししましたが、明朝はまたせっせと動こう。
地区のグランドゴルフ大会に参加します。
今日は5月15日。
映画「11人のカウボーイ」を見ました。
(勝手に)思っていた以上によい映画でした。
映画の写真を載せながら、ちょっと調べたことを書いていきます。
子どもたちが荒馬を乗りこなそうとする場面。
↑ここからの引用。
ここに出てくる少年たちは10歳から15歳までで、
撮影当時ちょうど私と同じ年齢のアメリカ人の子たちだ。
ただし、子役俳優の子たち(まったく馬に乗れない)と、
乗馬が得意の子たち(まったく演技したことがない)が
オーディションで1000名の中から選ばれた。
抜擢された10歳の乗馬が巧い子などは
3歳の時から乗っているという。(中略)
牛を650kmの距離を移動させるキャトル・ドライブも、
少年たちの見事な乗馬シーンも
すべて吹き替えなしで撮影されている。
1972年公開の映画です。
ほぼ最年少の子どもと私は同じ年と予想されます。
その子の投げ縄が非常にうまかったです。
最年少の彼の役名は「ハーディ」
役者名はクレイ・オブライエン。
1961年5月6日生まれ。
どこかで彼も55歳のおじさんなんだろうなあ。
登場した子どものうち、愛称スリムのハニカット役を演じたのは、
ロバート・キャラダイン。この映画がデビュー作。
俳優・・プロデューサー・監督をしていて現在62歳。
この映画の続編がテレビドラマで作られ、
日本でも「少年カウボーイ」というタイトルで放映されたそうです。
それは知りませんでした。
スリムのロバート・キャラダインは、
同じくスリム役で出演していたようです。
↑このサイトから引用します。
「少年カウボーイ」The Cowboys は、
『11人のカウボーイ』の後日談にあたり、
映画で非業の死を遂げたウィルに代わりに未亡人アニーを助け、
強盗や牛泥棒たちからコロラドの牧場を守っていく7人の
少年カウボーイの活躍を描いた30分のウェスタンドラマである。
1974年にABCで放映され、
日本でも同年にNHKの"少年ドラマ"枠で
全12エピソードが放映されている。
映画からA・マルティネスとロバート・キャラダインが同じ役名で、
ショーン・ケリーとクレイ・オブライエンは別の役名で参加している。
実現は難しいと思いますが、見てみたいドラマですね。
子どもたちが通っていた学校には、夏休みがあって、
その夏休み期間中に、小学生~中学生がカウボーイとして
雇われるわけです。
命を懸けた夏のすごい体験学習です。
今の保護者なら、こんな体験学習に子どもを行かせないでしょう。
映画では道中で子どもが一人亡くなっています。
その子の親は行かせたことを後悔するだろうなあ。
現在だったら、この時点で体験学習は強制終了でしょう。
↑このサイトから引用します。
映画的に一つだけ不満を言うならば、
どうして少年を一人死なせてしまったのかというところ。
そのあとのウィルの死だけでも十分だったように思う。
賛成です。
子どもを埋葬した時に、ジョン・ウェインが言います。
「時には理解できないことがある。神のご意志だ。
いい子だった。立派な大人になったろう。
運がなかった。死はどこでもやってくる。いつでも。
無念だ。
だが、懸命に生きたのであれば、悔いは残らないであろう」
「死はどこでもやってくる。いつでも。」は心に残る言葉ですが、
この言葉を言った後に、旅先で埋葬してしまうシーンは、
現代ではありえないシーンだと思います。
「昼夜逆転映画生活」からもう少し引用します。
この映画の好きなシーンは、夜中に子供たちだけで集まって、
こっそり取ってきた酒を回しながら、
ウィルやナイトリンガーの悪口を言ってふざけている場面。
そんな子供たちの様子を、ウィルとナイトリンガーは、
なんだか微笑ましそうに見ているというのがにくい。
これまた賛成。
子どもたちのミニ宴会がすんだ後に、
物陰で微笑ましく聞いていたウィル(ジョン・ウェイン)が、
ナイトリンガーに、「おれたちも飲むか」と言うシーンもよかった。
その飲み会に参加したくなりました。
次の投稿につづく