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2016年2月27日

2016年2月27日 (土)

「1925年の明智小五郎」・・・奇妙なお話でした

 

今日は2月27日。

  

1月に面白い番組をやっていました。

「シリーズ・江戸川乱歩短編集」です。

1月11日第1回「D坂の殺人事件」

1月23日第2回「心理試験」

1月24日第3回「屋根裏の散歩者」

  

伏線は昨年の夏に見た

「シリーズ妖しい文学館 名探偵・明智小五郎と怪人二十面相」です。

(録画成功している)

この番組で初期の明智小五郎らしくない明智小五郎が出てくる

「D坂の殺人事件」「屋根裏の散歩者」をイラストで紹介してくれていました。

不思議な話でした。

そして今回はドラマ。それも明智小五郎を満島ひかりが演じる?

この異色さに興味を持ちました。

  

ほぼ原作通りとのこと。

江戸川乱歩の言い回しは、妙に聞き入ってしまいます。

聞きもらしてはもったいないと思いながら聞きたくなる言い回しでした。

少年探偵団シリーズは、やっぱり子ども向けの言い回しですね。

大人の読者を意識した言い回しは知的で愉快でした。

それを映像が増幅していました。

  

女性なのに男性役で、さらに楽しそうに演じていた満島ひかり。

初期の明智小五郎の好き勝手さを表現しているように思えました。

写真を載せます。

まずは「心理試験」

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なぜ満島ひかりはこんな格好をしているの?と思うでしょ。 

「屋根裏の散歩者」

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篠原信一を役者として採用。びっくりです。

なぜ篠原信一の上に満島ひかり?と思うでしょ。

  

しかし奇妙な3作でしたが、

江戸川乱歩の作品の奇妙さを表現したようにも思えます。

このような映像にしてみたいという衝動を与える原作なのでしょう。

面白かった。3作とも録画成功。

いつか誰かに「こんな面白いドラマがあったんだよ」と言って

見せたくなるドラマでした。

  

このブログに書かれた批評は勉強になりました。

セントラル・ステーション分室 感想「D坂の殺人事件」

セントラル・ステーション分室 感想「心理試験」

セントラル・ステーション分室 感想「屋根裏の散歩者」

  

伏線の番組「シリーズ妖しい文学館 名探偵・明智小五郎と怪人二十面相」

についてはこのブログで少しだけ紹介しています。

メモ的にここにリンクをはります。

ここでも道草 Y先生の講演のキーワードは「劣等感」(2015年8月30日投稿)

真田丸シリーズ12.山城研究の第一人者 宮坂武男さん

  

今日は2月27日。

1月14日放映の「片岡愛之助の解明!歴史捜査 家康を瀬戸際まで追い詰めた男!

真田信繁と父・昌幸 智謀の系譜を追え!」ですごい人が紹介されました。

  

城郭研究家の宮坂武男さんです。

  

番組では宮坂さんの自宅にスタッフがお伺いするところからスタート。

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玄関に立っていた人がすごい人でした。

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「山城研究の第一人者」と紹介されていました。

宮坂さんは40年にわたって、長野県や山梨県の山城3000余りを

自ら歩いて現地調査してきた人だそうです。

その数にビックリ。

そんなに山城があったのか!

その山城に現地調査した!

山城の位置を地図に落としたものが映りました。

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さらに驚いたのは、巻き尺で測ったデータをもとに

山城を絵で復元した作品。

素晴らしい出来なのです。

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↑塩田城

  

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↑砥石城

  

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↑真田氏本城跡

  

Wikipediaで調べました。

Wikipedia 宮坂武男

宮坂さんは1932年生まれで今年84歳になられます。

長野県下諏訪町出身、現在は岡谷市湖畔に在住しています。

(上記写真が自宅/ごく普通のお宅のようです)

長野県諏訪清陵高等学校を経て、信州大学教育学部卒業。

茅野市永明小学校長、岡谷市教育委員長を務めたそうです。

同業者の大先輩でした。

  

アマゾンの資料によると、宮坂さんは洋画家でもあるそうで、

この山城の絵はすごいです。

このような本も出版されています。

51xe9to3z5l アマゾン「信濃の山城と館1 佐久編 縄張図・断面図・鳥瞰図で見る」

城好きの人たちの憧れの人かもしれないなあ。

きっとそうだ。

月曜日に同僚の城好きの人に聞いてみよう。

  

真田丸シリーズ11.次々と主君を変える真田昌幸

 

今日は2月27日。

  

大河ドラマ「真田丸」が放映されているため、

真田氏に関する番組は多いです。勉強のチャンスと言えます。

2月25日放映の「英雄の選択」は「第一次上田合戦」のことでした。

真田昌幸と徳川家康との戦いでしたが、

なぜ2人は戦うことになったのかを、

1月14日の「片岡愛之助の解明!歴史捜査 家康を瀬戸際まで追い詰めた男!

真田信繁と父・昌幸 智謀の系譜を追え!」でわかりやすく説明してくれていました。

番組の写真を交えて、ここに書いてみます。

  

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「徳川家康と真田家 因縁の始まり」

  

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全ての始まりは、織田信長を死に至らしめた「本能寺の変」でした。

天正10年(1582年)6月2日のことでした。

信長の突然の死によって、織田領になっていた旧武田領が宙に浮きました。

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その土地をねらって、徳川・北条・上杉が三つどもえとなり

動き出すことになりました。

世にいう「天正壬午の乱(てんしょうじんごのらん)」です。

※この乱の名前は知りませんでした。

  

この旧武田領の中に、国衆(くにしゅう)真田家の領地

「小県郡(ちいさがたぐん)」がありました。

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土地を守り、領民を守り抜く真田昌幸の

生き残りをかけた戦いが始まりました。

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最初に仕掛けたのが、上杉景勝でした。

天正10年(1582年)6月、上杉軍が南下。

小県郡に迫りました。

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これを受けて昌幸は、弟正春とともに、上杉の臣下になります。

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ところが7月に北条氏が大軍を率いて信濃に侵攻。

そうすると昌幸は、北条の臣下になります。

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弟の昌春は上杉に残りました。

兄弟で別の主君に仕える。

これも国衆として生き残るための策だったようです。

  

北条が攻めてきた混乱も中、昌幸は上野国(こうずけのくに)に進出して

吾妻(あがつま)、沼田を手に入れて領地を増やします。

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その後、弟昌春は上杉から徳川家康に身を寄せます。

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時を同じくして、家康も旧武田領の土地争いに参加してきました。

  

8月に北条が徳川に対抗して甲斐の国に侵攻。

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甲斐の国をめぐって、徳川と北条がにらみ合うことになります。

  

その時に家康は、弟昌春を使って真田昌幸にある提案の持ちかけました。

真田の領地を安堵するから、北条を裏切って、

徳川の臣下になれと。

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地理的に昌幸が徳川方になれば、徳川にとって有利になるのです。

10月に昌幸は徳川の臣下となります。

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徳川の策は功を奏して、北条は徳川との戦いで劣勢となり、

和睦を結ばざるを得なくなりました。

だがこの直後に、家康と昌幸との間に大きな亀裂が入ります。

  

北条と和睦した際に、家康は何の断りもなく、

真田の領地、我妻と沼田を引き渡すと北条と約束し、

昌幸に明け渡せと命令してきたからです。

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昌幸は激怒したと言われています。

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国衆が使えている大名の要請を拒否するのは珍しいことだそうです。

しびれを切らした家康が、ある謀略を実行に移します。

それが真田昌幸の暗殺でした。

同じ小県郡の国衆である室賀正武を利用しました。

しかし昌幸は、すばやく暗殺の情報をキャッチして、

逆に正武を返り討ちにしてしまったのです。

  

昌幸は「家康を主君と仰ぐものか」と決意。

家康との亀裂は決定的なものになったのです。

  

  

こうして家康が真田を攻める上田合戦へとつながります。

  

現在の大河ドラマ「真田丸」は、2月21日の第7話で、

昌幸と弟昌春(ドラマでは信尹/のぶただ)が上杉の臣下になったところ。

Rimg7211 左が昌幸(草刈正雄)、右が昌春(信尹)(栗原秀雄)。

  

上の大きな流れを踏まえて、ドラマを楽しみたいと思う。

 

「自然成長」で親の悩みは自然消滅

 

今日は2月27日。

  

親野智可等先生の本の引用を進めていますが、

今回はメルマガから。

  

2月17日発行の「親力で決まる子供の将来 」(No1833)です。

その日のメルマガのタイトルは

「子どもの『自然成長』で親の悩みは自然消滅する」です。

ここを見てください↓

ママノート 

  

引用します。

  

わが子に対して、「あれができない、これもできない」と

嘆いている人は多いと思います。

でも、安心してください。

子どもには「自然成長」というものがあります。

つまり、本人も親も先生も特に努力しなくても、

時期が来れば自然にできるようになることがたくさんあるのです。

そして、その時期というものは人それぞれであり、

どの子にも生まれながらのオリジナルなペースがあります。

(中略)

早い段階から何でもできる子もいれば、

他の子よりゆっくりしたペースで進む子もいます。

早ければいいというものではなく、その子のペースで進ませてあげることが大切です。

無理にペースを上げさせようとすると、ペースを乱すことになります。

人生は極めて長い時間をかけて、非常に長い距離を走る持久走です。

持久走で大事なのは自分のペースを守ることです。

他人のペースにつられて無理なことをすると、すぐに苦しくなります。

(中略)

ということで、「自然成長」というキーワードを覚えていてください。

そもそも、今目の前にいるわが子にしてみても、

数年前にはできなかったのに

「いつの間にかできるようになっていた」ということがたくさんあるはずです。

何回言っても靴を左右反対に履いていたのに、今はちゃんと履ける……。

ご飯をこぼしてばかりだったのに、今はこぼさずに食べられる……。

みなさん、数年前に悩んでいたことを今はすっかり忘れていませんか?

いつのまにか消滅した悩みがありませんか?

「なんでそんなに悩んでいたのだろう」と思うことはありませんか?

親は、それらをできて当たり前と思ってしまうので、ありがたみがわからないのです。

親は、みんな子どものちょっとした成長に鈍感です。

あら探しとないものねだりばかりしているからです。

今あれこれ悩んでいることが、数年後には

「いつの間にかできていた」ということがけっこう起こるはずです。

さらに言えば、十年後、あるいは数十年後には、

全て解決しているのではないでしょうか?

子どもが自然成長してみなさんの悩みは自然消滅します。

ですから、何も悩む必要などありません。

今のこの時を、わが子の一番かわいらしいこの時を、

大いに味わい楽しんでください。

  

親野先生の説は賛成です。

ただ私にはずっと気になっていることがあります。

以前、障害によって耳が聞こえず、

目が見えずの子どものことを番組で紹介していました。

その子どもの教育に携わっている人が、

この子どもには、上記のような「自然成長」のように、

教育以外での成長は望みにくい、

私の行う教育がとても大事になってくるので、

責任が重大であると言っていました。

ただこの時に「自然成長」とは言っていませんでした。

何と言っていたのかずっと気になっています。

  

誰かご存知の方、教えてください。

 

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