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2016年1月17日

2016年1月17日 (日)

シリーズ真田丸6.どう思って演じているのか

  

今日は1月17日。

  

「NHK大河ドラマ・ストーリー 真田丸 前編」を読破。

そこからの引用です。

  

出演者へのインタビュー記事で印象に残ったものを書き写します。

 

真田信繁役の堺雅人さん:

 

信繁を演じうえでは、信幸が信繁のことを評した

「物ごと柔和忍辱(にゅうわにんにく)にして強(こわ)しからず。

ことば少なにして怒り腹立つことなかりし」という言葉を

一つの手がかりにしています。

つまり、温厚で、もの静かで、辛抱強い。

ドラマも春夏秋冬に分けるとすると、

春に当たる青春期は、若者らしい旺盛な好奇心や、

精神的な未熟さもにじませています。(17p)

  

こういうことを考えて役を演じているんだなあと思いました。

「忍辱」を「にんにく」と読むのは少々笑えました。

意外なところでニンニクを見ると言いませんか?

「うわ~ニンニク」

その響きに似ている漢字四字熟語です。

  

信繁は今後、上杉家、北条家、豊臣家、そして徳川家と、

多くの大名と関わっていきます。

(信繁は)上杉家と豊臣家には人質として赴きますが、

人質といっても、異文化交流を楽しむ

留学生のように過ごした印象があります。

そもそも真田家は、武田家という一流企業に勤めたプライドがあって、

武田家が倒産しても、そのプライドを持ち続けていたと思うんです。

信玄に直接仕えた昌幸はその筆頭で、

上杉や北条のことも、実はなめていたんじゃないかな(笑)19p)

  

面白い見方です。

真実はどうであるかはわかりませんが、調べれば調べるほど、

武田信玄が偉大な武将だったと思えるようになってきたので、

この見方もあるんじゃないかなと思えます。

  

とり役の草笛光子さん:

  

とりを人質とした木曽義昌をひっぱたくシーンがあります。

義昌の幼少期を知っているとりは、

武田家を裏切った彼をビシッと叱るわけです。

人質の分際で、いい度胸よね。

思い切りふてぶてしく演じました。(笑) (32p)

  

演じた時の裏話を読むと、この場面が楽しみになります。

第何話なのかな?少なくとも今晩ではない。

    

高梨内記役の中原丈雄さん:

  

(前略)(役作りが難しい時は)自分が昔から好きな俳優の

志村喬さん、森雅之さん、佐分利信さんなら、

この役をどう演じられるだろうかと想像して作り上げていきます。

内記は昌幸の死後も信繁に仕え、

「大坂夏の陣」で討ち死にしたと言いますから、

そのときにはかなり老いているはず。

加藤嘉さんのような枯れた雰囲気も出せればいいなと

思ったりもします。(42p)

  

俳優さんがこのようなことを考えて演じているのかと、

興味を持って読みました。

中原さんが出てきたときには、このことを頭に入れて見てみたいです。

中原さんが挙げた俳優のうち、森雅之さんはよくわからず。

他の人はわかります。

B81cc2ae 加藤嘉さん

http://blog.livedoor.jp/genneigennjitu2005/archives/2014-12-14.html

  

  

武田勝頼役の平岳大さん:

  

その後、勝頼は結局小山田に裏切られ、

自刃することになります。

それを僕は悲劇として演じたくはありませんでした。

切腹シーンも、父の幻影を前にして、

武士としての潔さを示したかった。

武田家が滅亡したことによって真田一族の奔走が始まり、

この「真田丸」という物語の幕が開くという意味でも、

勝頼が担う役割は非常に大きい。

偉大な武田家の幕引きを覚悟を持って演じたつもりです。

ぜひその最期を皆さんに見届けていただきたいと思います。48p)

  

第1話で十分に演技に引きつけられました。

今晩の第2話は勝頼最期のシーンです。

林邦史郎さんの武田信玄とともに、しっかり見届けたいです。

きっと春まで高橋優の曲が生活のBGMです

  

今日は1月17日。

  

高橋優の曲を聴き始めたのは昨年の11月はじめ。

ここでも道草 「明日はきっといい日になる」そして「少年になれ」(2015年11月10日投稿)

それからずっと高橋優の曲が生活のBGMです。

  

アルバム「今、そこにある明滅と群生」を最初に聴きました。

ここでも道草 「パイオニア」の歌詞が良かったけど、やっぱり「犬」が一番(2015年12月5日投稿)  

  

次は「リアルタイム シンガーソングライター」でした。

高橋優のファースト・アルバムですが、

すでに知っていた「少年であれ」だけでなく、

どの曲も良かった充実のアルバムでした。

2010年発売。私は疎かったのですが、

きっとこのアルバムは当時話題になっただろうなあ。

   

3枚目はアルバム「この声」を聴きました。

ここにも「雑踏の片隅で」「誰もいない台所」といういい曲がありました。

  

4枚目は「高橋優BEST2009‐2015『笑う約束』」を借りてきました。

今はDISC1を聴きこんでいます。

ここにまたいい曲がありました。

「同じ空の下」です。

歌詞もいい。

  

選ばれたわけじゃない 才能があるって保証もない

ただ僕は僕らしく生きていたいだけさ

レールなんて敷かれていないし 誰の足跡も残っていない

正しいのかどうかを確かめる術はない

目指した世界こそ違ったけれど

似てる境遇で頑張ってる君を思ってる

明日がそっぽ向いてても 今日がやるせなくても

この手伸ばして 一歩踏み出して 「これだ!」って腹括って決めた

道無き道をどこまでも行こう 何度つまづいても

夢は叶うよ さぁ歩み続けよう やがて時は満ちてく

(中略)


望んでた成果はまだ得られない

この高い壁の向こうに何があるだろう

(中略)

明日も笑えるよきっと 何が待っていても

この手伸ばして 一歩踏み出して 「これだ!」って腹括って決めた

道無き道をどこまでも行こう 何度つまづいても

夢は叶うよ さぁ歩み続けよう やがて時は満ちてく

いけるところまでいこう

同じ空の下で

  

「やがて時は満ちてく」の歌詞。沁みる言葉です。

続けることが大事だと言ってくれています。

そしてラストの歌詞「同じ空の下で」もいい。

きっと同じ空の下に、自分と同じようなことを考え、

ある時は不安になりながらも、

何か努力を続けている人がいると信じて、

俺も頑張ろうと思わせてくれます。

  

「同じ空の下」のPVが見られます↓


YouTube: 高橋優「同じ空の下」

  

  

昨日、アルバム「僕らの平成ロックンロール②」を借りてきました。

きっと春まで生活のBGMは高橋優です。

ありったけ聴いちゃうぞ。

この3日間で見た雲の写真

  

今日は1月17日。

  

最近グッと冷えてきました。

でも空がとっても澄んでいて、気持ちがいいです。

雲の写真を載せます。

  

1月14日朝撮影↓

Rimg6433  

次の2枚も1月14日朝撮影↓

Rimg6434

Rimg6435  

これも1月14日撮影 

勤務校でのかけ足運動の時の写真です↓

Rimg6438

グッと冷え込んできたので、

やっと耐寒訓練の様相を呈してきました。

でも日差しはあったので、少し走れば体は温まりました。

ある教室の南側の扉付近に、

イチゴの鉢が置いてありました。

大きなイチゴが生っていて、日差しを反射して輝いていました。

Rimg6439

Rimg6441   

  

  

1月15日の夕方撮影です↓

2枚の写真を合体させてみました。

Photo_4

わかりにくいかもしれませんが、

雲がチングルマの渦巻きのようになっていました。

20353b86 http://blog.livedoor.jp/kagemaru7/archives/2012-07.html

  

  

この渦巻きが見られたのが南の空。

その時西の空はこうなっていました↓

Rimg6460

Rimg6461  

手前に子どもたちが遊んでいた運動場。

南から西にかけていい雲が広がっていた夕方でした。

  

   

1月17日(今日!)撮影です。

床屋さんに行くために自転車でスタート。

青空の中を飛行機雲を棚引かせて飛んでいく飛行機に気がつきました。

Rimg6522  

あまりにまっすぐなので、曲がるといいなと思ったら・・・

Rimg6526

↑曲がった! 

 

さらに曲がった!↓

Rimg6527

先端をアップで撮影してみました↓

Rimg6528_2

う~ん、よくわかりません。

  

  

あらためて長く棚引いた飛行機雲を撮影しました↓

Rimg6541

朝からいいものを見ました。

  

シリーズ真田丸5.竹束も見逃していました

今日は1月17日。

  

前投稿に引き続き、1月10日発行のMAG2NEWSより。

MAG2NEWS 遂に始まったNHK大河『真田丸』。初回放送をいきなりマニアック解説

書くネタを提供してくれるサイトです。

引用します。

  

ところで、新府城の櫓門の上に

竹束が置いてあるのに気付いたかな?

僕があの場所を指定したわけではないのだけれど、

城に竹束が置いてある映像は、大河ではたぶん初めて。

竹束はこちらからも時々出てくるよ! 

  

竹束を見逃していました。

さっそく録画を見て確かめました。

すぐにわかりました。

  

Rimg6517

Rimg6517a 「真田丸 第1話」より 

  

この竹束に関しては、少し前に見ていました。

1月6日放映の

「歴史秘話ヒストリア 徹底解明!これが“真田丸”だ

~地中に残された幻の城~」で見ました。

番組中に「大坂冬の陣屏風」が示され、その中に出てきました。

Rimg6519

そして、この絵を元に再現した映像がこれでした↓

Rimg6521  

同僚の先生で、お城に詳しいOさんによると、

板だと鉄砲に打ち抜かれるけど、

竹だと筋が強くて、撃ち抜かれないとのこと。

火縄銃の弾は丸く貫通力が乏しかったので、

竹束でも防ぐことができたと思われます。

命を守るための必死の発明なのでしょう。

  

再びMAG2NEWSから引用。

  

なお、新府城について詳しく知りたい方は、

今月の『歴史群像』を読んでね!

  

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手に入れて読もう。

給糧船「間宮」のポスターもほしくなりました。

  

  

★NHK大河ドラマ『真田丸』がより楽しめる4コマ漫画

ふぅ~ん、真田丸』発売中!

 

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この本も気になります。きっと買うと思います。

  

こうやって「シリーズ真田丸」を書いていくことで、

1年間いい勉強がしたいと思います。

  

シリーズ真田丸4.人質の磔/オロオロの理由

  

今日は1月17日。

  

前投稿に引き続き、1月10日発行のMAG2NEWSより。

MAG2NEWS 遂に始まったNHK大河『真田丸』。初回放送をいきなりマニアック解説

  

この城で重要なのは、七里岩の断崖よりも

城のすぐ横を通っている信州街道との位置関係。

勝頼が、諏訪の出身であったことを思い出してほしい。

ちなみに、ドラマ中で木曽義昌の妻子が磔になった、

との台詞があった。

木曽の妻子はたぶん、城のすぐ横の

信州街道沿いに晒されたのだと思う。

  

これも地図で調べてみました。

Photo_2

武田神社と言うのが、武田信玄の居城があった場所です。

上記の地図の「武田神社」の「田」の字の辺りにありました。

つまり新府城は、武田信玄の居城と諏訪を結ぶ

ライン上にあったということです。

そのラインとは信州街道であって、

現在の国道20号線というわけです。

  

「木曽義昌の妻子が磔になった」という台詞は

聞きもらしていました。

さっそく録画で確かめてみました。

ありました。番組が始まって18分ぐらいのところです。

Rimg6518

この場面です。

聞き書きしてみます。

 

真田昌幸と奥さんの薫(かおる)との会話。

 

昌幸:

 何を浮かぬ顔をして・・。せっかく久方に顔を合わせたと言うのに。

薫:

 今朝、木曽義昌様の母上とお子達が連れて行かれました。

 酷(むご)くも磔にされたとのこと。

昌幸:

 木曽は寝返ったのだ。仕方なかろう。

薫:

 姫様は17。嫡男千太郎は13でございました。

昌幸:

 人質というのはそういうものじゃ。

薫;

 殿はあたくしたちも人質であることをわかっておいでですよね。

昌幸:

 もちろん。

薫:

 大丈夫でございますよね。寝返ったりなさいませんよね。

昌幸:

 馬鹿をもうすなあ。

  

そうでした、そうでした。

確かにこの会話はありました。

この時に薫はオロオロしていました。

織田が攻めてきて武田はどうなるのか心配していました。

そのオロオロ加減は、ちょっと楽しいくらいでした。

それに関連することが、今読んでいる

「NHK大河ドラマストーリー 真田丸 前編」(NHK出版)

に書いてありました。

薫役の高畑淳子さんへのインタビュー記事から引用します。

高畑さんはこう言っていました。

  

撮影にあたって三谷(幸喜)さんが

こんなことをおっしゃっていました。

私たちは歴史の結果を知っているけれど、

登場する人たちは先がどうなるかわからない中で生きている。

なので、右往左往している人を演じてくださいと。(26p)

  

なるほど、脚本家の意思を受けてのオロオロなのかと

合点がいきました。

シリーズ真田丸3.新府城があった七里岩

 

今日は1月17日。

  

ブログが少し休憩中でした。

16日の授業参観で、影絵劇「にじいろのさかな」を実施。

それに向けて道具の改善修理に時間がかかり、

ブログは後回しになっていました。

書きたいことはたまっているので、今日と明日でうとうと思います。

  

「真田丸」のこと。

  

1月10日発行の「MAG2NEWS」が面白かったです。

MAG2NEWS 遂に始まったNHK大河『真田丸』。初回放送をいきなりマニアック解説

ここからの引用。

  

初回のワンポイントは新府城。

この城は、七里岩の断崖を利用して築かれ、

戦国の甲斐を代表する要害堅固な名城、みたいにいわれてきた。

でも、実際に縄張りを分析してみると、

堀がほとんど掘られていない。

その一方で、曲輪はきれいにならされている。

つまり、住み心地を良くすることが優先で、

防禦は二の次。基本的には館の意識で造られた、

巨大な「館城」なのだ。

だから僕は、この城を「名城」「堅城」と呼ぶ気になれない。

  

一読してわからないところのあった文章でした。

でも同僚の先生で、城好きの方がいて、解説してもらいました。

「縄張り」とは、城の設計図のようなものだそうです。

「曲輪」は「くるわ」とよんで、山の斜面を削ったり盛り土をして、

平らにした場所のことだと教えてもらいました。

新府城は2本の平行して流れる川の間の土地に作られ、

川への斜面は断崖になっているそうです。

  

「七里岩」について調べてみました。

2本の川とは塩釜川と塩川であって、見事に浸食された崖でした。

Yahoo!地図に少し地名を加えて作ってみました↓

Photo

中央の川に挟まれた台地が七里岩です。

ちょうど緑色をしています。

この形が韮(ニラ)の先のようだと言うことで、

韮崎という地名の語源になったという説が有力なのだそうです。

今なら簡単に航空写真で確かめられますが、

昔はそんなことはできないわけで、そこは?です。

  

韮崎市のHPに新府城址の航空写真が載っていました。

韮崎市HP 新府城跡

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この断崖はすごい。

私も実際にこの目で見てみたいです。

日本には、まだまだ面白い場所があります。

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