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2015年5月18日

2015年5月18日 (月)

歴史捜査2/木曽馬はけっこう速い

  

今日は5月18日。

  

前投稿のつづき。

「片岡愛之助の解明!歴史捜査 戦国頂上決戦 長篠の戦いの真実」

(4月23日放映)より。

  

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捜査員は、菊池さんが経営する牧場を訪れます。

この牧場では、戦国時代の馬の系譜を継ぐ日本の在来馬を飼育しています。

  

戦国時代の馬の体格に近い木曽馬を見せてもらう。

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高さ131cmは、骨格復元模型と同じサイズです。

  

ポニーくらいと言われていた「ポニー」も見せてくれました。

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ポニーだと、大きくてこれくらいの高さ(113cm)なのだそうです。

伴先生の授業で抱いたイメージはこの馬の感じです。

  

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↑木曽馬の方が大きくて、がっしりしています。

   

  

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↑3種の馬の比較です。

サラブレッドに比較したら、高さは低い木曽馬ですが、

体の横幅はしっかりあります。

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腸が長いからだそうです。したがって丈夫です。

また膝から下の長さが短いのも、木曽馬の特徴でした。

それはアップダウンのある場所でも苦にせず歩ける力がある証拠だそうです。

  

さて問題は走力です。

  

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牧場スタッフが、当時の武将のスタイルで騎乗し、走力を調べました。

距離は約100m。

その結果・・・

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↑サラブレットと木曽馬の混血馬(152cm)は、11,27秒。

およそ時速30km。

   

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↑木曽馬の場合は、12.03秒。

短距離なら、サラブレットとの混血馬に匹敵する速さでした。

伴先生が言っていた時速9kmよりはかなり速い。

これだけのスピードがあれば、鉄砲の発射間隔の間に、

射程距離の50mを走って、馬防柵までたどり着けてしまうのです。

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さらに木曽馬のいいところ。

混血馬↓

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↓木曽馬

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2つのコーンを8の字で回るシーンです。

木曽馬の方が小回りがききます。

速く走れ、小回りがきくのは、戦場において有効だということです。

  

   

武田騎馬軍団は本当は強くなかったのではという説を

否定する情報をこの番組で得ました。

実際はどうなのでしょう。

  

長篠の戦いの真実はいかに?

最近、長篠の戦いはなかったのではないかという説もあります。

もっと鉛の弾が落ちていそうなものだけど、

今まで拾われたのは12個のみだそうです。

その点はずっと気になっていました。

貴重な鉛なので、戦場から回収して再利用したのでしょうか?

  

次のサイトは参考になります。

福キタルのブログ・エッセイ 歴史ミステリー「長篠の戦い」


YouTube: 【歴史ミステリー】長篠の戦いはなかった!?

歴史捜査1/出土した武田騎馬軍団の馬

  

今日は5月18日。

  

4月23日放映の「片岡愛之助の解明!歴史捜査 戦国頂上決戦 

長篠の戦いの真実」を昨日見ました。

その中で注目は、武田軍が乗っていた馬です。

当時の馬は、今で言うサラブレットのような馬ではなく、

小型のポニーのような馬だ言われていました。

伴一孝先生の授業でも、その説が取り入れられていました。

時速9kmなので、とても戦闘用ではなくて、移動のための馬だったとのこと。

このことが、私の中で定説になっていました。

※参考:ここでも道草 伴一孝先生の「長篠・設楽原の戦い」の授業(2007年8月19日投稿)

  

しかし、今回は武田軍が乗ったであろう同じ種類の馬が出てきて、

実際に走りました。

その辺りを、番組の写真と聞き書きでここに残しておきます。

  

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(ナレーター)

戦国最強と言われた武田騎馬軍団。

しかし、近年、その最強説に対し、さまざまな否定的な意見が出ている。

騎馬軍団は、本当は強くなかったのでは。

馬は全てポニー並みで、ろくに走れなかったのではないか。

はたして騎馬軍団の真実の姿とは?

  

捜査員は手がかりを知る人を訪ねた。

 

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武田氏関連の発掘調査に、33年間関わっている人だそうです。

信藤さんが案内してくれたのが、

武田騎馬軍団の武将が乗ったであろう馬の骨格復元模型です。

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年齢で12~13歳。

人間の年齢に換算すると、37~38歳のオス馬。

武田氏の館跡から出土した骨から作られた模型です。

丁寧に埋葬されていたところから、

上級武士が乗っていた最上の馬と予想されています。

馬の高さはほぼ130cm。

サラブレットの平均が160cmくらいなので、比較して低い馬でした。

  

捜査員は、馬の真実を知るために富士山の麓の牧場に向かいました。

 

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今度の情報提供者は、この人↑

先ほどの信藤さんといい、この菊池さんといい、

好きな武士の名前に記憶がありません。

その人誰?と思ってしまいます。

  

そこで脱線しますが、調べてみました。

   

【武田逍遥信綱】

武田信廉(のぶかど)と呼ばれていたようです。

武田信玄の弟で、信玄が病気で死んだあとは、

影武者として信玄に成りすまし、その死を隠したとのこと。

映画「影武者」のモデル?と思いましたが、

映画では信廉が連れてきた信玄瓜二つの盗人が影武者になっています。

でも、信廉の影武者説がベースになったのでしょう。

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↑映画「影武者」で武田信廉を演じた山崎努。

http://ameblo.jp/pyscipks/entry-10638340773.html

【金刺盛澄】 

この人は、信玄の時代の人ではありませんでした。

Wikipediaにこう書いてありました。

平安時代後期の諏訪大社下宮の神官・武士。 

源義仲と親密な関係にあったため、義仲の討伐後、

源頼朝によって捕縛され、梶原景時に預けられた。

頼朝は盛澄を処刑しようとしていたが、

盛澄が卓越した弓の名手であったことから、

景時は盛澄の命を奪うのを惜しみ、頼朝に説得を重ねた末、

せめて盛澄の弓の技量を見てから死罪にして欲しい、と請願する。

盛澄は頼朝の基に参上し、流鏑馬を披露した。

この時頼朝は盛澄が騎乗する馬としてわざと暴れ馬を与えた上、

盛澄が指定された八つの的を射抜くと、射抜いた的の破片、

さらに的を立てかけた串を射抜くよう難題を押し付けてきたが、

盛澄は見事に全て射抜いたため、赦免された。

この時、景時が同じく捕縛された義仲の郎党達にも寛恕を施して欲しい、

と頼朝に願い出て、その郎党達もまた助命されたという。

この顛末は『諏訪大明神絵詞』で描写されている。

その後は御家人となり、流鏑馬や的始の儀式で活躍した。

史料では建仁3年(1203年)までの活動が見られる。

下諏訪町には盛澄が恩人の景時を偲び建立した梶原塚がある。

引用:Wikipedia 金刺盛澄

  

長野県には時々行くので、いつか「梶原塚」にも行ってみたいです。

このサイトが参考になります↓

熱く散って逝ったもののふ達のフォト列伝  源平列伝・梶原景時  「下諏訪町の『梶原塚』の物語」

  

  

菊池幸雄さんの情報は次の投稿で書きます。

「謎を見つけ、答えにたどり着く」カストルは6連星

  

今日は5月18日。

  

5月3日に「コズミックフロント~発見!驚異の大宇宙 なんだこりゃ!

奇妙な星の一生」(2015年2月15日放映)を見ました。

  

思わず「なんだこりゃ!」と叫びたくなるような

奇妙な星の数々が紹介されました。

「リングを2つ持つ星」「長い尾を引く星」「6つの星が複雑に公転していた6連星」

「ロープでつながれたような姿の連星」「一度死んだのに生きかえった星」

星がその一生の中で見せる5つの奇妙な姿を、

なぜそんな星になったのかのメカニズムに迫りながら、

CGで表していました。

※参考:acTVila コズミックフロントなんだこりゃ!奇妙な星の一生

  

特に印象に残ったのが「6つの星が複雑に好転していた6連星」です。

  

これは冬のおなじみの星座の星でした。

  

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ふたご座の兄弟星「カストル」「ポルックス」の兄星「カストル」です。

この星、ふつうには1つに見えますが、

土星の輪の研究でも有名なジョバンニ・カッシーニが、

この「カストル」の意外な素顔を最初に発見した人と言われているそうです。

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「カストル」は生まれて2億年の若い星!だそうです。

カッシーニは、観測から「カストル」は1つの星ではなく、

2つの星からできていると言ったのです。

後に「カストル」は2つの星からなる連星であることがわかりました。

  

ふたご座の中に、本当に双子の星があったのです。

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太陽の5倍の大きさの星が、公転周期467年で回っていたのです。

それぞれ「カストルA」「カストルB」と名づけられました。

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2つの星の輝きが、1つの星のように見えたのです。

  

  

さらに、カッシーニの発見から100年後、

ロシアの天文学者アリスタルフ・ベロポルスキが新しい発見をします。

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「カストルA」自体も連星であることを発見しました。

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↑大きな星の周りを、小さな星が9日間で回っていました。

さらにさらに発見は続きます。

  

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↑「カストルB」も連星でした。

  

「カストルC」なる星が発見されました。

  

「カストルC」も連星でした。

  

  

つまり、「カストル」は6つの星から成り立つ6連星でした。

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↑実際はこんな感じで、6つの星なのですが、

遠く離れた地球から見ると、1つの星「カストル」に見えるのです。

よくぞこんなことを発見したよなあと思います。

  

この番組の最後のナレーター(萩原聖人さん)の語りがよかった。

聞き書きします。

  

今、天文学の新しい時代に入り、

今までにない天体や現象を観測できるようになったという

天文学者の発言に続いて・・・・・次のように言って番組を終えています。

  

夜空に輝く無数の星々。

そのひとつひとつが個性豊かな星なのかもしれません。

宇宙にはさらに研究者をうならせる

奇妙な星々が数多く存在しているはずです。

謎を見つけ、そして答えにたどり着く。

それこそが、天文学の、大きな楽しみなのです。

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この番組の5つの奇妙な星の解明も、

「謎を見つけ、答えにたどり着く」でした。

「謎を見つけ」が天文学らしいけど、ふだんの生活にもあるはずです。

今日もなにか見つけたい。

昨日の青空はよかった/グランドゴルフ大会に参加

  

今日は5月18日。

  

振替休日。

  

床屋に行こうかなと思いましたが、休みでした。

残念。昨日行っておけばよかった。

  

昨日の午前中は、地区のグランドゴルフ大会に参加しました。

地区のスポーツ委員というのをやっているために、お手伝いも兼ねての参加。

朝はすがすがしい天気でした。

ほどよい風があって、暑くもなく、どちらかといえば寒いくらい。

でも気持ちよかったです。

  

空もよかった。

  

写真を載せます。  

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雲が適度にあるのがまたいい。

  

近所に住んでいるのに、あまり出会わない人たちと交流できました。

1年前も参加しているなあ。

ここでも道草 「やってみたいこと」を今、確認しておく(2014年5月18日投稿)

こうやって毎年参加して、また出会ったねということになっていくのかな?

おそらくこの地でずっと住んでいくことになるでしょうし、

スポーツ委員はしばらくやることになるでしょうから。

もう何年やっているのだろう。5~6年、それ以上?

もう忘れました。

結果は50人中18位でした。

運良く飛び賞で石鹸をいただきました。

昼頃はすっかり暑くなって、参加した子どもたちはバテ気味でした。

  

今日やってみたいこと。

 

テレビ番組の紹介をいくつかしてみたいです。次の投稿から。

最近の写真

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楽餓鬼

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