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2011年8月24日

2011年8月24日 (水)

奈良公園4/鹿にもみじ/三文損しない

  

今日は8月24日。

昨日、娘がホームステイをしていたアメリカ・バージニア州で地震があった模様。

滅多に地震がない場所らしく、住民は騒然としたようです。

どれくらいの揺れだったのかなと思ったら、

アメリカには「震度」がないそうで、揺れの大きさは不明。

「震度」がないなんて・・・・、日本が揺れすぎなのかな。

     

     

奈良公園の勉強のつづき。

いろいろ調べていて、印象に残った話題。

T01440215_0144021510446334411 

   

花札でおなじみの絵です。

この絵が生まれた話が悲しい。

前投稿で紹介したサイトから引用します。

「奈良の鹿」htm

  

「石子詰伝説」(菩提院大御堂の境内)興福寺南側

むか~し三作という子供がこのお堂の側の寺子屋で習字をしていると

そこに春日の鹿がやってきて廊下に置いてあった草子を食べてしまった。

そこで、三作はこらっとばかりに文鎮を投げたら当たり所が悪く鹿は死んでしまった。

三作は罪にとられ大御堂側の庭に死んだ鹿と一緒に石子詰の刑に処されてしまった。

これを悲しんだ三作の母は永年供養の花としてそばにもみじを植えた。

 「鹿にもみじ」の取り合わせはこれに由来しています。

   

「草子」とは、書物や習字用帳面の意味。ここではなんだろう?

大事なものを鹿に食べられ、怒れた子どもが文鎮を投げて鹿を殺してしまいました。

しかし、それで生き埋めとは残酷。親は切なかっただろうなあ。

こんな生類憐みの令のような決まりがあったのですね。   

    

     

鹿にまつわる故事として、

「早起きは三文の得」が生まれた話は楽しい。(鹿にとっては、残酷)

  

これも次のサイトから引用。

「早起きは三文の得」って・・・奈良が起源の話html

    

 実は、これは三文得するのという意味ではなく、

早起きすれば、三文、損しないという意味なんですね。

そして、これは、奈良が起源になっています。


奈良の鹿にまつわるお話です。

昔、鹿は神様の使いとして、とても大事に扱われていました。

粗末に扱ったり、殺した者には罰をもうけたのです。

ある朝、家の玄関先で鹿が行き倒れていました。

その家の主人が鹿を殺したのではないかと疑われ、罰金として三文を徴収されたそうです。

これを機に、早く起きて鹿が倒れていないか確かめる習慣がひろまったそうです。

早く起きないと、三文損するゾという起源となったのですね。
   

   

いやはやいやはや、奈良公園の鹿を調べていたら、いろいろ出てきます。

奈良公園で鹿を見るのが楽しみになってきました。いつかは実物。

 

 

奈良公園3/奈良の鹿は、放し飼いではない

  

今日は8月24日。

奈良公園の勉強のつづき。

こうやって事前勉強をしておいて、機会があったら実物で確かめる。

こういう勉強は実に楽しい。

    

奈良の鹿の祖先は、どこから来たと伝えられているか?

次のサイトがわかりやすいです。

「奈良の鹿」htm

和銅13年(710)年藤原不比等が氏神として春日大社を創建する際に

鹿島(茨城県鹿島神宮)から勧請した神が

白鹿に乗って春日山に入ったという言い伝えから、

神の使いとして大切に保護されてきました。

   

とのこと。

白鹿だけでなく、多くの鹿を引き連れて1年かけて春日山に入ったそうです。

奈良の鹿の祖先は、茨城県の鹿島神宮からやってきました。

茨城県の鹿島と言えば、鹿島アントラーズ。

鹿島に「鹿」の字が使われているし、「アントラー」は鹿の枝角のこと。

確かに鹿がたくさんいそうな地域です。(誤解か?)

Img01 
※鹿島アントラーズのキャラクター「しかお」の家族

    

鹿島の鹿について調べました。

鹿島神宮に30数頭の鹿がいるそうです。

1000頭以上の奈良公園は圧倒的に多いです。

   

奈良公園の鹿は、だれかに飼われているわけではなく、

つまり「放し飼い」ではないわけです。

放し飼いのように見えますが、飼い主がいないのだから、違います。

野生の鹿です。
   

 

奈良公園2/Deer Line

  

今日は8月24日。

奈良公園の勉強のつづき。

奈良公園の鹿のおやつは、観光客が与える鹿せんべい。

それでは主食は?

公園内の芝生や木の実だそうです。

「芝生」にビックリ。

そうか、芝生を食べているのですね。今度はよく見てこよう。

近づくと、芝生をバッシバッシと食べているそうです。

根は残し、上の方だけ上手に食べているそうです。

さらに鹿の糞は芝生の栄養になります。

奈良公園の芝生の草原は、鹿のおかげというわけです。

   

次のサイトに面白いことが書いてありました。

「鹿がつくった風景」html

    

鹿は、後ろ足で立って、届くところの木の葉を食べます。

口が届く最大が190センチくらいだそうです。

その結果、奈良公園の木は190センチより低い場所には、枝や葉があまりありません。

並んでいる木々がすべてそうなので、ちょうどラインで区切られたように見えるそうです。

ラインより上には枝や葉があり、その下はなし。

このラインを、Deer Line(ディアライン)と言うそうです。

Deerは、もちろん「鹿」

   

このDeer Lineも、修学旅行で見てきたいです。

 

 

奈良公園1/鹿寄せ

   

今日は8月24日。

今日は21年目の秋味の発売日。

でもいつものようにコンビニ(サークルK)でフライング販売をしていて購入。

晩に、おいしく今年1本目を飲みました。

   

ほぼ1か月後には修学旅行。

夏休みが終わってから忙しそうです。

奈良公園について勉強したことを書いてみます。

   

奈良公園の飛火野(とぶひの/とびひの)という場所。

どこかというと、春日大社に接する林野だそうです。

奈良時代に烽火(のろし)が置かれたことから、この名があるそうです。

その飛火野で、面白い光景が見られると知りました。

ナチュラルホルンを吹くことで、森の奥からたくさんの鹿が走って集まってくるそうです。

「鹿寄せ」と言うそうです。

本当かな?と思ってyoutubeを検索しました。

ありました、ありました。

 

    

見事に集まってきます。

「鹿寄せ」はいつから始まったのでしょう。

曲は、ベートーベンの交響曲第6番「田園」の一節。なぜこの曲なのでしょう。

だれかそう仕向けた人がいるはずです。

   

調べました。

「鹿寄せ」を行っている奈良の鹿愛護会のポスターを見つけました。

※ http://naradeer.com/images/show/21sikayose.pdf

そこには「鹿寄せ」の歴史が書かれていました。

   

「鹿寄せ」は、1892年(明治25年)鹿苑竣工奉告祭に

ラッパを使って実施したのがはじまりで、

明治40年天皇行幸の際、県公会堂の庭でも行いました。

戦中戦後に一時中断することがありましたが、

昭和24年に復活、1980年に奈良市観光協会が

冬の観光客誘致のための奈良大和路キャンペーンで「鹿寄せ」を行って以来、

現在も毎年実施されています。 

     

まだ疑問が残ります。

なぜ「田園」?

 

 

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