昭和20年の出来事を学年だよりにしました
今日は6月27日。
先日の投稿「昭和20年6月19日~10月15日の出来事」を利用して学年だよりを書きました。
今日発行しました。
6年生の実力 平成23年6月27日
【昭和20年6月19日~10月15日の出来事】
7月12日(火)の「戦争体験等を聴く会」では、
☐☐駅の近くに住む〇〇〇〇さんに来ていただいて、
貴重な体験を話してもらいます。
〇〇さんはもともとは豊橋に住んでいました。
その時に、豊橋空襲にあい、自宅は燃えてしまったそうです。
その後、旧音羽町に住みます。
そこから豊川海軍工廠に通っていて、8月7日に空襲を受けました。
幸いにも、命を落とさずにすみました。
「戦争体験等を聴く会」では、豊橋空襲と海軍工廠空襲の話が中心で
〇〇さんから話を聴くことができると思います。
貴重なお話をしっかり聴きましょう。
太平洋戦争が終わったのは昭和20年のこと。
昭和20年って、どんな年だったのでしょう。
みんなは平成生まれの小学生。
昭和20年がどんな年かは、なかなか想像できないことと思います。
そこで、豊橋空襲のあった6月19日から10月までの、
戦争に関係ある出来事を並べてみました。
当時の人たちに、どれだけ情報が行きわたっていたか定かではありません。
しかし、もし出来事が全て新聞などで伝わっていたとしたら、
当時の人たちはどう思ったでしょうか。
一生懸命想像することで、当時の人たちの気持ち、
その年の様子が少しでも理解できるかと思います。
出来事の中には、どんな様子だったのか不明なものがたくさんあります。
私もわからないものがあります。
その都度調べていきたいです。みんなの自主勉にも期待したいです。
興味に思った出来事については、積極的に調べましょう。
※ここで先日投稿した「昭和20年6月19日~10月15日の出来事」をコピーして載せました。「昭和20年6月19日~10月15日の出来事」html
【京都も空襲を受けていた】
京都は重要な文化財があるから、空襲を受けなかった
・・・それは事実ではありませんでした。
6月26日の空襲も含め、合計20回、死者302人が記録されています。
文化財も被害を受けています。
ただ他の同規模の都市に比べて、京都の空襲の被害は少なかったです。
その理由は、アメリカの原爆の第一候補地だったからだそうです。
原爆の威力を見るためには、被害が少なく、わかりやすい場所が必要であって、
京都が候補地でした。しかし、昭和20年6月末に候補地から外れます。
修学旅行で見て回る文化財の多い京都は、昭和20年、風前の灯(ともしび)だったのです。
こんな内容の学年だより「6年生の実力」でした。
