« 今日「山が笑っている」と思った | メイン | 吉野ヶ里遺跡は、やっと残った »

2010年4月15日 (木)

吉野ヶ里遺跡の映像を見る

我が家には、録画したけど、見ないでずっとしまってあるビデオ・DVDがたくさんあります。

その中の一つを見ました。

2002年録画。

NHK「プロジェクトX 挑戦者たち 王が眠る神秘の遺跡

~父と息子・執念の吉野ヶ里~」です。

    

   

勉強になった。

吉野ヶ里遺跡発掘にはこんなドラマがあったのですね。

番組紹介の文を載せます。

    

平成元年2月。佐賀県の小さな丘から発見された弥生時代の遺跡が、

日本中の注目を集めた。

吉野ヶ里、九州で高い文化の存在を示す巨大遺跡である。

毎年50万人が訪れる。

古代史ブームを巻き起こした。

その陰には地元に住む親子のドラマがあった。

   

昭和35年、高校で歴史の教師をしていた七田忠志(47歳)は、

土器片が見つかる町はずれの「吉野ヶ里の丘」に興味を示し、

息子・忠昭を連れて通い、「吉野ヶ里は燦然たる文化が眠る。重要な場所だ。」

そう確信した忠志は、大胆な論文を発表。

しかし、地方の一教師に耳を傾ける者はいなかった

「吉野ヶ里を発掘したい」

その夢はかなわないまま、世を去った。

   

そして、昭和61年、吉野ヶ里に工業団地の建設計画が持ち上がる。

それに先立つ発掘調査チームのリーダーは、

県の文化課に勤めていた息子の忠昭だった。

父の夢をつなごうと、発掘を続けた

すると間もなく、巨大な集落跡が出現、

日本有数の弥生遺跡であることが明らかになる。

しかし、工業団地を造成するブルドーザーが乗りこみ、

遺跡の運命は風前の灯火となった。

忠昭はわずかな望みをかけ最後の発掘に挑む。

そこには日本の歴史を書きかえる世紀の発見が待っていた・・・。

   

故郷の誇りを取り戻そうと、必死に大地と格闘した親子と、

それを支え続けた人々の情熱の物語を描く。

     

  

平成元年(1989年)2月23日。

朝日新聞が吉野ヶ里遺跡のことを1面に載せて発表しました。

吉野ヶ里遺跡が有名になったきっかけです。

どんな記事だったのか気になりました。

次のサイトで見ることができました。

 http://yoshinogari.net/index.php?%E5%90%89%E9%87%8E%E3%83%B6%E9%87%8C%E9%81%BA%E8%B7%A1

     

その前日の2月22日ことが、番組では詳しく扱われていました。

(次の投稿で)      

トラックバック

このページのトラックバックURL:
http://bb.lekumo.jp/t/trackback/603251/31074623

吉野ヶ里遺跡の映像を見るを参照しているブログ:

コメント

コメントを投稿

最近の写真

  • Img_8523
  • Img_8520
  • Img_8519
  • Img_8518
  • Img_8522
  • Img_8521
  • Img_8517
  • Img_8512
  • Img_8510
  • Img_8508
  • Img_8507
  • Img_8504

楽餓鬼

今日はにゃんの日

いま ここ 浜松

がん治療で悩むあなたに贈る言葉