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2009年8月30日

2009年8月30日 (日)

山下工美さんの2009年の作品「椅子」

今晩のNHK教育の番組「日曜美術館」(再放送)は、

新潟県の越後妻有(えちごつまり)で行われている「大地の芸術祭」のことをやるとのこと。

7月26日~9月13日の間開催されている「大地の芸術祭」

ちっとも知りませんでした。

注目は、たくさん参加している芸術家の中の一人山下工美さん。

「椅子」という作品を出品されています。

光を当てることで、椅子に座った少女が浮かび上がる山下さんらしい作品。

生で見てみたい。

けど、無理ですね。

見に行った方のブログで拝見。

その中の一つ。

「キラキラの毎日」(いいブログ名です)

http://plaza.rakuten.co.jp/chococinnamon/diary/200908110000/

ここにも「椅子」の写真が2枚あります。

その1枚。

Img466caf12zik4zj

   

    

    

    

    

やっぱり生で見てみたいです。

この作品はどうなるのだろう?

今晩のテレビ番組中にも出てくるかな?お、もうじき番組が始まります。

墓参り/選挙/与党の「与」

今日(8月30日)の午前は墓参りと選挙に行ってきました。

自動車で片道30分のところに7月にお墓を作りました。

山のふもとの静かな墓地なので、そこにいるだけで心が落ち着きます。

投票もしてきました。

今晩の結果が楽しみです。

今、中学校の社会科教師をやっていたら、

この選挙はいい教材になるだろうなと思います。

     

夏休みに入ってすぐ、面白いブログを見つけました。

言葉にこだわって解き明かしていくブログです。

「言葉拾い」http://kotobahiroi.seesaa.net/

さらにメルマガもあって、登録すると毎週日曜日に最新記事が届きます。

今日届いた内容は、「与党と野党」

政権交代があるかもしれないと言われている選挙のある日にピッタリの内容です。

引用します。    

     

■ 「与党」と「野党」 ■

「与党」と「野党」の意味なんて、知ってるよと思っていましたが、
改めて調べてみたら、意外と理解していなかったことを知りました。
そもそもある本で、
「与」と「野」が対語になっていないのは何故?
という疑問を目にしたからです。

そういえばそうですね。
それで、また漢字の分解です。

「与」
1、あたえる     贈与
2、かかわる     関与
3、仲間になる   与党

「与」といえば、まっさきに「与える」を思い浮かべてしまいますが、
仲間になるという意味があって、
「与党」は、
政府と仲間になっている党 → 政権を握っている党


「野」
1、のはら
2、民間
3、いやしい。いなかびている。 野卑
4、自然のままの。  野生
5、はんい。  視野


「野に下る(やにくだる)」でも取り上げましたが、
民間という意味の「野」でした。


http://kotobahiroi.seesaa.net/article/95663361.html

つまり、
「政府」対「民間」の対比でした。


お金をバラ撒き与えるの「与」、
野次の卑しい「野」かと思っていました。 笑

    

    

以上です。

「与」には「仲間になる」という意味があるのですね。

さっそく「常用字解」(平凡社)で調べました。

解説にこう書いてありました。

    

会意。もとの字は與に作り、与と臼(注:下の横線も中央で切れている。活字がなかったのでこの字を使う)と廾とを組み合わせた漢字。

与はおそらく象牙二本を組み合わせた形。

臼と廾はともに左右の手を並べた形。

象牙のような貴重な物を四本の手で捧げて運ぶ形が與で、

共同で運ぶことから「ともにする、なかま」の意味となり、

運んで他に移すので「あたえる」の意味となる。(627p)

     

「与党」と同じように「仲間になる」の意味の熟語がないか調べました。

ありました。

「与国(よこく)」・・・味方の国

「党与(とうよ)」・・・一緒に何かをする仲間。徒党。

    

あまり使わない漢字熟語だなあ。


松原頭首工付近の写真/旧江島橋の写真

P8260058_2    

    

    

この写真は以前出しました。

http://mitikusa.typepad.jp/blog/2009/08/post-96a9.html

昭和42年頃の写真です。

松原頭首工があった場所らしいのですが、どう写っているのか謎でした。

地元の方が、この投稿にコメントをくれました。

向こう側が豊川(とよがわ)上流で、手前が下流。

道路が今の国道151号線。

151号線のすぐ下を豊川本流が流れ、この後左に大きく曲がります。

そこに堤防があって、頭首工もそこにあったらしいです。

(つまり、この写真には松原頭首工は写っていない)

堤防や頭首工に本流が直撃するので、大水で被害を受けたようです。

そのため松原頭首工からの取水をやめて、牟呂松原頭首工からの取水に移ったのでしょう。

本流は、工事によって両岸の堤防の中央あたりに流れるようにしました。

     

写真の上の方に橋がかかっています。

江島橋と呼ばれる橋です。

写真の橋は今はなく、新しい江島橋が少し上流にかかっています。

古い江島橋の写真を以前見せてもらい接写していました。

いい機会なので、ここに載せます。

資料置き場的なブログの使い方です。

P3180127    

    

    

ふだん見慣れたものでも、

取り壊されてしまえば、見たくても見られません。

それは時にはとても悔しいことです。

このような写真を撮り、保存されていた方に感謝です。

夏休みの自由研究「水の道」

ずっと娘と息子の自由研究の手伝いをしてきました。

今年中2の娘は自由研究はなし。残念。

小5の息子は星の自由研究をするとのこと。

ちょっと私には苦手な内容ですが、手伝っています。

あと30日、31日と2日間。がんばろっと。

    

教師にとって夏休みは充電ができる時。

学期中に比べて時間的な制約が緩いので、出歩いていろいろ見に行くことができる時です。

貴重な教材研究期間。特に社会科教師は出歩くべきだと思っています。

夏休みの自由研究をやっている気持ちです。

昨年の夏休みは、「マンホールの研究」でした。

今年の研究テーマは「水の道」かな。

8月21日以降書いてきたことがその内容です。

その他書ききれなかったこと、書くとさしさわりのあるものを含めて、

たくさんのことを知りました。

夏休みの始まる前と今では、「水の道」に関して知識が格段に増えました。

2学期の授業にどう活かせるか。

豊川海軍工廠の水道施設その3

(前投稿のつづき)

いよいよ戦時中に作られた千両(ちぎり)の配水池の上へ。

P8260038_2    

    

    

この草の下に、配水池があるそうです。

丈夫なコンクリートの箱なので、今も残っているそうです。

ただ草木におおわれているため、全く姿は見えません。

戦時中は、配水池は松林に隠されていて、

上空からもわからないようにされていたそうです。

海軍工廠にとっては水は大事なもの。

配水池が爆撃されれば死活問題。だから隠されていました。

この話を聞いて、戦争を感じました。平和な世の中では考えないことです。

マツクイムシの被害で松がほとんど残っていませんが、

今も木々に囲まれ、草もあって、配水池は隠されています。

    

「マムシがいるかもしれないけど、配水池の上を歩いてみるかい?」

案内人の人に言われました。もちろん歩き始めました。

こんな機会は滅多にないこと。マムシがなんだ・・・・・ドキドキ。

    

ところどころに白い筒がありました。

P8260030_2    

   

   

空気抜きだそうです。

筒の上から配水池をのぞいてみました。

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底には水がありました。

配水池に今も水がありました。

     

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戦時中に作られたハンドルなども残っていました。

ここは立派な遺跡だと感じました。

この遺跡はそんなに知られていないと思います。

豊川海軍工廠に関連するし、戦争時の考え方も伝える遺跡だと思います。

保存すべきものだと思いました。    

    

想像していた配水池は、今の円形貯水タンクのイメージでした。

グレー色のコンクリート製だと思っていました。

草木におおわれた直方体の配水池は想像外。

こういうのが面白い。同じ学年の若い先生とともにいい見学ができました。

最近の写真

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楽餓鬼

今日はにゃんの日

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