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2008年12月29日

2008年12月29日 (月)

遥拝所/鑓水遥拝所の鳥居の解体

本宮山の遥拝所の一つ「鑓水(やりみず)遥拝所」

そこの鳥居が解体されて、本宮山の頂上に移されたのは昭和48(1973)年。

35年前のことでした。

砥鹿神社で、解体工事の写真を接写させていただきました。

Pc260157    

    

     

クレーンを使っての工事だったとわかります。

35年前らしい、信号機の緑縞模様。

手前の道が今の国道151号線。

   

2枚目の写真。

Pc260158     

    

    

おそらくさっきとは逆方向からの写真。

建物の左にそびえたっているのが、本宮山でしょう。

遥拝所が、本宮山に正対してして建っていたことがわかります。

工事は進みます。

Pc260160 Pc260159

    

    

     

35年前の写真。わくわくした気持ちで見ました。

貴重な写真を見させていただき感謝。

   

この4枚の写真をヒントに、鑓水遥拝所があった正確な場所を特定したいと思い始めています。

面白いと思いませんか?

(つづく)

遥拝所/鑓水遥拝所の鳥居の歴史

遥拝所にこだわり始めたのは、校区のすぐ近くの結婚式場の傍らに、

いきなり「本宮山遥拝所」なる石碑ができたことからです。

Pc210004    

    

     

   

この石碑のある場所とは、国道をはさんで反対側に、

かつて「鑓水(やりみず)遥拝所」があったそうです。

これが少なくとも2つあった遥拝所の2つ目です。

以前に書いたように、遥拝所ができたのは安政2(1855)年。

鳥居や石灯篭がありました。

そこにあった鳥居や石灯篭は、今は本宮山の頂上に移されています。

Pc220011

   

    

    

何年に移されたのか?

その時の写真はありませんか?

砥鹿神社さんに頼んだところ、ちゃんと資料を頂けました。

   

鑓水遥拝所にあった鳥居や石灯篭が本宮山頂上に移されたのは、

昭和48(1973)年のことでした。疑問が解決!

当時の写真も見させてもらい、接写させてもらいました。

次の投稿で載せます。(つづく)

遥拝所/市田遥拝所にあった鳥居の歴史

教育の鉄人講座に参加して、私のブログを読んでくれている先生たちと話しました。

ちょっと他の先生のブログとは違うとのこと。

自分でもそう思い始めています。

私のブログは資料置き場状態になってきているところが特徴かと思います。

疑問に思って調べて、わかったことをここに書いています。

いつかは授業で子どもたちに提供できる?と考えて、

ブログにストックしておくような感じです。

     

と、余分な前置きしておいて、遥拝所のことをストックしていこうと思います。

「市田遥拝所」にあった鳥居は、今は里にある砥鹿神社の正面にでんと立っています。

Pc290006_3    

    

     

この鳥居の歴史について書きます。

市田遥拝所は江戸時代の天保13(1842)年に地元の崇敬者の寄進により設置されました。

その時に石の鳥居、手水舎(ちょうずや/てみずや)、石灯籠が設置されました。

鳥居は太平洋戦争の豊川海軍工廠の爆撃の被害を受け、

破損していたものを修復して、砥鹿神社の今の位置に移しました。

(市田遥拝所は確かに海軍工廠に近かった)

鳥居が何年に移されたかは、砥鹿神社さんからいただいた資料には載っていませんでした。

でも今朝、現場に行ってみてわかりました。

Pc290007_4    

    

     

鳥居の右にある大きな石柱の後ろに刻みこまれていました。

Pc290009_5   

    

    

「この鳥居は 本宮山遥拝のため 

天保十三年秋 市田村一里山に建てられたのを 

昭和三十一年春 ここに移したものである」

昭和31(1956)年のことでした。

       

興味をもって調べている一つの海軍工廠爆撃と鳥居がつながってドキリとしました。

見慣れた砥鹿神社の鳥居の歴史を知りました。

(つづく) 

遥拝所/市田遥拝所にあった鳥居の行方

本宮山遥拝所について調べています。

校区にある本宮山の頂上には、砥鹿(とが)神社の奥宮があります。

※砥鹿神社にある看板の写真を参考Pc290011_3

    

    

    

その奥宮のある本宮山の頂上を拝む遥拝所が少なくとも2か所ありました。

この2つの遥拝所のことを調べています。

26日には、里にある砥鹿神社(里宮)に行って貴重な資料をいただいたり、見させてもらってきました。

今晩は、そのことをまとめておきたいと思います。

   

    

以前にも書いた「市田遥拝所」Pc210017

   

    

    

ここにも大きな鳥居があったことを初めて知りました。

そして、その鳥居は、何と!里にある砥鹿神社に移されていました。

それも砥鹿神社で最も大きくて、国道に面した所にある鳥居でした。

見慣れた鳥居です。あの鳥居がそうだったのかと驚きです。

今朝、写真を撮ってきました。

Pc290007_2    

    

    

この鳥居をくぐってまっすぐ進むと、社殿のあるところに行き着きます。

その道を歩きましたが、正月の参拝の準備で駐車場のラインを書いたり、

お店の準備ができていました。

Pc290013    

    

     

正月にはこの道は人でいっぱいになります。

(つづく)   

      

最近の写真

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