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2008年9月23日

2008年9月23日 (火)

ヒガンバナとオシロイバナ

今日はお彼岸。

今日はおはぎを作るのを手伝ってほしいと頼まれ、

あんこをもち米に巻くのを手伝いました。

うまくいかなかった!

あんこが手につくので、水をしっかりつけてやったら、

ピチャピチャのおはぎになってしまいました。

   

先日田んぼの観察に行った時に、

「先生、こっちにきれいな花があるよ」と女の子たちに連れていかれました。

それはヒガンバナでした。

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ちゃんと彼岸の頃に咲いて、しっかりアピールするヒガンバナ。

鱗茎(りんけい/球根のこと)にアルカロイドという毒があることから、

墓地や柿畑などに植えられ、動物に掘り返されないようにしたそうです。

子どもたちに名前を教えましたが、今も覚えているかな。

今日は白いヒガンバナを見かけました。

シロバナヒガンバナ(シロバナマンジュシャゲ)という園芸種だそうです。

今度そこを通った時は写真を撮ろう。

   

もう一つ植物の話。

この夏、よく目に入ってきたのがオシロイバナ。

この名は、オシロイバナの黒い実をつぶすと中から白い粉が出てくるからと聞きました。

確かめました。確かに。

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豊川海軍工廠の朗読劇

最近のプロ野球は巨人ファンにはたまらない。

21日に阪神に勝ってついに首位に並びました。

最大13ゲーム差がついていたのに追いつきました。

22日も広島に勝って11連勝。

阪神ファンの息子と毎日ハラハラして野球を見ています。

    

プロ野球に全く関係ありませんが、豊川海軍工廠のこと。

20日に、豊橋市で市民朗読劇「われあかあかと生きたり 豊川海軍工廠編~その日は、朝から暑かった~」があり、鑑賞に行ってきました。

昭和20年の8月7日の海軍工廠の空襲で犠牲になった人たちの日記や、

遺族の手紙などが読まれました。

8月7日の朝、15歳の妹が工廠に行くのを見送った姉が、

空襲を受けたのを知って、妹の安否を確かめるために工廠に向かいます。

妹は発見されず、帰途につきます。

妹が入れ違いで家に帰っていることを期待するも、戻っていませんでした。

翌日再び工廠に行き、ケガ人が収容されている場所も探しましたが、見つからず。

姉は、妹が家にいることを再び期待して家に帰ります。

この「家に戻っているかも」という気持ちがすごくよくわかりました。

妹は残念ながら家にいませんでした。姉は覚悟を決めました。

結局、妹の死体が発見されます。

ほとんど無傷で、防空頭巾を被り、そのひもがあごのところできゅっとしばってあったそうです。

防空頭巾は、妹を守れませんでした。祈って、ひもをしばったであろうに。

姉が、離れて住む母親に、妹の死を伝える長文の手紙を書きました。

この手紙が、ラストに朗々と朗読されました。

とても詳しい手紙だったので、情景が浮かび、戦時中に連れていかれた気分でした。

当時、遺族はこう思って行動したんだと、よくわかりました。

  

8月には「豊川海軍工廠展」に行ってきました。

空襲であまりにたくさんの死者が出たため、火葬が間に合わず、

夏だったため死体の腐敗が進んでしまうため、

死体は2か所の墓地に仮埋葬されました。

その墓地は実に6年間放置され、遺族の願いにより掘り返されました。

すでに白骨化している遺体が多く、

わずかに身につけていた遺品から誰かを判断したそうです。

しかし埋葬された2385柱のうち、氏名がわかったのは228柱のみでした。

そんな事実を知りました。

     

こうして8月9月は豊川海軍工廠の勉強ができました。

勤務校のある市であり、隣の市である豊川市。

工廠ゆかりのある場所にもすぐに行けるわけで、

もっと出かけて行って勉強したいです。

   

以上、長くなりましたが、豊川海軍工廠のことを書きました。

最初の野球の話は蛇足?

十和田湖の県境が決定

9月17日の朝日新聞朝刊で、十和田湖の県境決定の記事に目が止まりました。

詳しい地図で見る

記事によると、青森県十和田市と秋田県小坂町にまたがる十和田湖は、

廃藩置県後も長く県境が決まらずにいました。

それがやっと決定したとのこと。来年1月には晴れて県境が引かれるそうです。

青森県と秋田県双方が互いに譲らなかったため県境が決まらなかったのですが、

今回決定した理由は、

県境が決まることで、十和田湖の面積が双方の県、市、町の面積に加えられ、

その分地方交付税が交付されるからだそうです。

財政難を少しでも緩和するためなのです。

増加額は青森県2400万円、十和田市1600万円、

秋田県1600万円、小坂市1100万円です。  

社会科教師としては、見逃してはいけない情報でした。

    

次の本を読みました。

    

知らなかった! 驚いた! 日本全国「県境」の謎 (じっぴコンパクト) 知らなかった! 驚いた! 日本全国「県境」の謎 (じっぴコンパクト)
浅井 建爾

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この本によると、廃藩置県の頃は十和田湖は県境の問題にならなかったそうです。

十和田湖は全く魚がいなくて、周辺は原生林に覆われた未開地だったからです。

しかし和井内貞行(わいない さだゆき)さんによって1905年にヒメマスの養殖に成功。

これによって利害関係が生じて県境が争われるようになったそうです。

和井内貞行さんは養殖成功の後も十和田湖開発に力を入れた人で、

彼の偉業は映画「われ幻の魚を見たり」(1950年)にもなりました。

ただこの本では、

和井内さんの業績は高く評価されているが、

その一方では仲間を裏切った卑怯者の面があると書いてありました。

詳しくは・・・本を読んでみてください。

和井内さんについてはこのサイトが参考になりました。

http://www.tkc.co.jp/kaze/backnum2002/koramu09.html

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