今年も北アルプスその1・・・やっと雪が解けて春
昨年の夏に引き続き今年も北アルプスへ。
予定は以下の通り。
登山道と、その向こうにそびえる五竜岳。
今日はあの頂上までいくの?と思った時の写真。
無事たどり着けました。
1歩1歩の積み重ね。山登りに行くと、このことを実感します。
暑い日でした。たくさん汗をかいてたどり着いた場所。
雪解け水はそれはそれは冷たく、手を入れるとしびれるほど。
顔を洗ってみたら気持ちよく、疲れが吹っ飛んだ・・・と錯覚するくらいでした。
(つづく)
昨年の夏に引き続き今年も北アルプスへ。
予定は以下の通り。
登山道と、その向こうにそびえる五竜岳。
今日はあの頂上までいくの?と思った時の写真。
無事たどり着けました。
1歩1歩の積み重ね。山登りに行くと、このことを実感します。
暑い日でした。たくさん汗をかいてたどり着いた場所。
雪解け水はそれはそれは冷たく、手を入れるとしびれるほど。
顔を洗ってみたら気持ちよく、疲れが吹っ飛んだ・・・と錯覚するくらいでした。
(つづく)
8月2日~4日は北アルプスに行ってました。
久しぶりの投稿です。
マンホールや下水管について関心を持っている今の私にとって、
この事故は驚きでした。
東京の下水管(雨水管)で作業中の5人の方が、
急に増えた雨水によって流されるという事故が起こりました。
雨水管の直径は大きく、人も入れると聞いていたので、
できたら見てみたい、歩いてみたいと思っていました。
その雨水管で起こった事故。
ここにも危険があるのだと思いました。
私たちの足元には雨水管があり、
日々雨水が流れているわけで、
見えないけど、身近な場所での事故なのです。
雨水管に大量の水が流れて、
マンホールの蓋を下からの水圧で吹き飛ばしてしまい、
その穴に人間が落ちてしまう事故があったことは知っています。
しかし、このような事故が起こるとは。
こういうことが2度と起こさない工夫をしてほしい。
何より、行方不明者の方々の奇跡の生還をのぞみます。
7月10日の「納豆の日」のラジオで、
「納豆」は冬の季語だと知りました。予想外。
発酵は温度が高い方が活発かなと思い、「納豆」のイメージは夏です。
でも冬。なぜ?
納豆の製造において、最後は低温にさらすようです。
5度以下。こうなると季節は冬と言うことです。
さらに冷蔵庫がなかった時代であれば、冬に寒い地域で納豆は作られ食べられてきたと予想できます。
東北地方、関東地方の北部を中心に東日本では納豆はよく食べられ、
西日本ではあまり食べられませんでした。
したがって西日本では納豆はあまり好まれないと聞いたことがあります。
(今はだいぶ普及したようですが)
納豆は平日の朝は必ず食べています。
食べ物は30回噛むことを実行しようとしていますが、
納豆のかかったご飯を30回噛むことはなかなか難しい。
そんなことを思っていたら、
納豆大好きの小泉武夫さんの本「菌が地球を救う!」(宝島社新書)に次のように書いてありました。
「十分に消化出るのかねえ」「胃に負担はないかなあ」などと心配する人もいるでしょうけれど、大丈夫なんです。
納豆には消化酵素がいっぱい含まれていて、その代表がタンパク質分解酵素です。
納豆の、タンパク質を分解してアミノ酸にする酵素が大変強いので、胃袋の中でも十分分解されるのです。
さらに、デンプンを分解するアミラーゼもありますので、ご飯のデンプンも分解されてブドウ糖になります。
そういうわけで、納豆には早飯が実によく合うんですね。
安心しました。
今日も朝から納豆食べて頑張ろう。
今朝未明にしっかり雨が降ったようです。
朝起きたときは、涼しくて快適でした。
こういう夏に涼しさをもたらしてくれる雨のことを涼雨(りょうう)と言うそうです。
yahoo!の辞書機能で「雨」と検索窓にうって、「で終わる」で検索したら168件ありました。
その時に見つけたのが「涼雨」です。
他に次の「雨」が気に止まりました。
「甘雨(かんう)」・・・ほどよいときに降って草木を潤し育てる雨。
「催花雨(さいかう)」・・・春、早く咲けと花をせきたてるように降る雨。
「五風十雨(ごふうじゅうう)」・・・《5日に一度風が吹き、10日に一度雨が降る意》
1 天気が順調で、農作のために都合がよいこと。
2 世の中が安泰であること。
「七つ下がりの雨」・・・午後4時過ぎに降り出した雨。大概は長く降り続くので、なかなか終わらないもののたとえにいう。
「虎が雨(とらがあめ)」・・・陰暦5月28日に降る雨。この日曾我十郎が斬り死にし、それを
悲しんだ愛人の虎御前(とらごぜん)の涙が雨となったといわれる。
雨にもたくさんの名前があり。さすが日本。
しかし、太陽が出てきたら、すっかり蒸し暑くなりました。
学校に来て、教頭先生に「今日はいきりっぽいねえ」と声をかけられました。
「いきりっぽい」は不明。
教えてもらいました。
方言で、「蒸し暑い」という意味の言葉。
漢字で「熱りっぽい」と書くようです。
また一つ勉強。
今日は「涼雨」「いきりっぽい」で始まりました。
今日もやっぱり暑くなりそうです。
自転車通勤を年間120日。
月に10日。(3日に1日ペース)
これが毎年の目標です。
新年度は4月7日、5月10日、6月6日とあまりいいペースではなかったけど、
今月7月は14日。ガソリン高値を受けて?がんばりました。
6月の6日を相殺(そうさい)しました。
通勤コースはアップダウンあり、田んぼあり、住宅街ありの面白いコース。
距離は片道13km。走り甲斐のある距離です。
今の学校が我が家から最も遠い学校なので、
転勤したら確実に通勤距離は短くなります。
今の学校に勤めて8年目で、最古参だから転勤の可能性高し。
今、こんな楽しい自転車通勤ができる幸せをちゃんと確認しておきたい。
本「3つの真実」(野口嘉則著 ビジネス社)に次のような言葉あり。
幸せは求めるものではなく、今ここに見い出すもの。
当たり前だと思っていることの中にこそ、感謝できることは存在する。
そう思う。今の学校に勤め、心身ともに健康で、周囲の理解があるからできる自転車通勤。
幸せだ~と思って走らないとね。
今日は久しぶりに自動車出勤。
明日から8月。
4月の借金を消すために13日を目標に自転車通勤をする予定。
借金0で新学期を迎えたい。
大相撲名古屋場所を見に行った時に、
名古屋のマンホールの蓋を撮影してきました。
Nの文字があるけど、これが北の方角を表しています。
方角までわかるマンホールの蓋は珍しいのでは。
中央が名古屋城。
左の円から、名古屋港、宮の渡し、
栄テレビ塔、東山動物園名古屋国際会議場だそうです。
※参考にしたサイトはここ。
http://www6.airnet.ne.jp/manhole/hokutou/nagoya/nagoya.html
名古屋城の金の鯱(しゃち)のデザイン。
丸に八は名古屋の市章。
尾張徳川家に由来する市章は明治40年に制定。
これはちょっと前に書いた神戸市の市章と同じ年です。
以前、サイトで見かけて見てみたいと思っていたアメンボのマンホールの蓋。
さっそく見ることができました。
平成4年から名古屋の下水道のイメージマークになり、
マンホールの蓋のデザインにもなったようです。
※次のサイトを参考にしました。
http://www.water.city.nagoya.jp/intro/amenbo.html
名古屋のマンホールも面白かったです。
(前投稿のつづき)
取り組みは魁皇対琴欧州。
力士は懸賞旗が土俵を回った後、
土俵中央での蹲踞(そんきょ)→手をつく→塩を繰り返します。
制限時間が来るといよいよ立ち会います。
制限時間「時間です!」を決めるのは、赤房下に座る審判委員です。
この審判委員が時計係で、右手をさっと上げたら「時間です!」の合図です。
その右手が上がった時を撮ろうと待ち構えていました。
そして撮った!
ここで注目は呼び出しさん2人の視線。
ちゃんと審判委員の右手が上がったのを見ています。
呼び出しさんもこの時「時間です」を知ります。
ここで呼び出しさんは大事な役目をします。
座っていた椅子から立ち上がって、やってきた力士にタオルを渡しながら、
制限時間になったことを伝えるのです。
力士に「時間です」を伝えるのは呼び出しさんの役目なのです。
「時間です」を伝えられた力士が、最後の塩撒きをして蹲踞(そんきょ)にうつる時に、
2人の呼び出しさんは土俵に上がって、
箒で掃いていた呼び出しさんも下に降りて、
今回は呼び出しさんの動きに注目しました。
呼び出し、懸賞旗、制限時間を力士に伝える、足跡消しなどなど。
とにかく呼び出しさんの仕事は多い。
呼び出しさんの仕事はまだまだあって、次のサイトが参考になりました。
http://www.ep.sci.hokudai.ac.jp/~tsubota/t_f_s_g/tfsg13.html
”縁の下の力持ち”が似合う呼び出し。面白かった。
※ちなみに、「時間です」を伝える時に渡したタオル、どうなるかなと見ていたら、
戦いが終わった力士が持っていきました。
そのタオルで汗をふきふき、力士溜まり(たまり)に座ったり、花道を去って行ったりしていました。
最近ちょっと贅沢して、7月26日には大相撲名古屋場所14日目を見に行き、
昨日7月28日晩は、浜松市営球場でのプロ野球横浜VS中日戦を見てきました。
実際に見ると、「速さ」がよくわかります。
力士の動きの速さ。
野球選手の捕ってから投げるまでの速さ。
投球や打球の速さ。
テレビでも見ているのだけど、実際に見ると、こんなに速いんだと感じます。
大相撲では、今回「呼出し」の人たちの動きが目に入ってきました。
14日目、結びの一番の前の取り組み。魁皇と琴欧州戦。
力士が土俵に上がろうと動き出したころ、懸賞旗を持った「呼び出し」さんたちが入場。
力士は土俵に上がって一礼。東の力士は赤房下、西の力士は白房下で四股を踏む。
その時、懸賞旗を持った「呼び出し」さんたちは、土俵下で座って待機。
「呼び出し」さんたちがいつ立ち上がって、土俵に上がるか注目していました。
力士は力水をもらい、塩をつかんで土俵にまきます。
土俵のすみに蹲踞(そんきょ)して両腕を開いたその時、
そして「呼び出し」さんたちは、東の力士の付近から上がって、
土俵上をきれいに回って、西の力士の付近から下へ下りていきました。
なるべく力士の邪魔にならないように配慮している動きでした。
懸賞金は、懸賞旗1本につき3万円が勝った力士に渡されるそうです。
この魁皇と琴欧州の取り組みに懸賞旗は15本でした。
結びの一番の白鵬と琴光喜の取り組みは37本。
懸賞旗の紹介は一度では済まなくて、
「呼び出し」さんたちは懸賞旗を持ちかえて2回土俵上を回りました。驚き。
懸賞旗の数は1964年に26本で最高となり、ずっと記録が破られてきませんでした。
ところが2004年1月に27本の新記録が出て以来急増。
最も多いのが51本だそうです。(平成18年9月 朝青龍VS白鵬)
以上です。今回は特に次のサイトを参考にしました。
http://www.mni.ne.jp/~exciter/labyrinth/sumo/saho/mae.htm
次回も「呼び出し」の動きについて。
マンホールの蓋を製造している会社に行ってみたいという欲求は、
いろいろなマンホールを見るようになって、自分の中にふつふつ湧いてきました。
7月23日に、マンホールの蓋を開けてもらった時に、
「ASAHI TEC」の文字。
これは学校のある豊川市内にある会社「旭テック」だと思いました。
「旭テック」のサイトをさっそく調べてみました。
ところが、「旭テック」ではマンホールの蓋は製造していませんでした。
でも、確かに蓋の裏には「ASAHI TEC」とありました。う~ん。
しばらく調べていて判明。
4月1日から、「旭テック」から環境装置事業を継承する形で、
「旭テック環境ソリューション株式会社」という会社がスタートしていました。
この会社で、マンホールの蓋が製造されていました。
http://ates.asahitec.co.jp/business/manhole/index.html
鋳物作りから始まった「旭テック」がマンホールの蓋を製造するのは自然の流れだと思いました。
培(つちか)ってきた技術で、マンホールの蓋にどのような工夫がされているのか、知りたくなりました。
会社のある場所は、静岡県菊川市堀之内。
行って行けない場所ではない。
見させてくれるかな?製造している場所。
明日の朝は、何か行動しよう。