2009年1月 6日 (火)

「北海道」という地名の説明に挑戦

冬休み前に、以前担任した4年生の男の子A君から質問。

「先生、何で北海道だけ、“道”なの?」

「たとえば愛知県なら、“県”を取っても、愛知で成り立つけど、

北海道は“道”を取ったらおかしくなっちゃう。どうして?」

すぐに答えられなくて、また調べておくよ。あなたも調べなさいよ。

そんな会話をしたと思います。

しかしこれは説明が難しい質問です。挑戦。

    

県が生まれたのは明治4年の廃藩置県(はいはんちけん)。

藩が廃止されて県が生まれました。藩→県という流れがまず大事です。

   

しかし、北海道には、北海道全体をおさめる藩がありませんでした。

明治のはじめまで、北海道は「蝦夷地(えぞち)」と呼ばれていました。

これは「異民族が住む地域」という意味です。

そぐわないということで、名称を変更しようと明治政府は考えました。

明治2年「北海道」という名前が採用されました。

古代からの地域区分で、五機七道というのがありました。

七道とは東海道、南海道、西海道、山陰道、山陽道、東山道、北陸道。

(道がついていますが、地域を表しています)

その流れで、「北海道」という名前が提案され、採用されたようです。

その後、他地域は、藩が廃止されて県になっていきましたが、

もともと藩のなかった北海道は、藩→県の流れではないため、

北海道の名が残りました。

(北海道に県ができたこともあるのですが、複雑になるのでカット)

    

七道から「道」を取った地名「東海」「山陽」「山陰」「北陸」などが存在しますが、

お・そ・ら・く、「北海道」は「道」を取った言い方は使われず、

「北海道」とひとまとまりで使われてきたので、「北海」とは呼ばないのだと思います。   

   

ふ~、この説明で4年生はわかるかな。

A君、もしこのブログを読んだのなら、意見を送ってください。

一里塚見学/いよいよメーンイベント笠寺一里塚

(前投稿からのつづき)

最も行きたかった一里塚。

写真で見てそのエノキの大きさが魅力だった笠寺一里塚へ。

江戸日本橋から88里。

家々に囲まれた場所に、一里塚は別空間を作り出していました。

P1050041 P1050055 P1050040

   

    

   

説明板によると、一里塚は旅人に距離を示しただけでなく、

荷物その他の運賃計算の基準になったとのこと。

なるほどなるほど。

エノキの落ち葉めくりをせっせとやりましたが、またもや見つからず。

教頭先生が越冬中のイラガのマユを試しに割ったら、ちゃんと幼虫がいました。

いくつかマユを持ってかえって教室で観察したらと提案されました。

嫌われ者のイラガですが、羽化には魅力あり。

持って帰りました。

P1050045 P1050047

   

    

    

愛知県内に現存する5つの一里塚のうち、

5日の午後で4つを見て回りました。

ゴマダラチョウの幼虫→エノキ→一里塚の流れで一里塚の研究ができました。

冬休みの自由研究「エノキと一里塚」、間に合いました!

明日始業式。

一里塚見学/阿野一里塚

(前投稿からのつづき)

3番目に豊明市の阿野一里塚に行きました。

江戸日本橋から86里。

P1050066    

   

   

これは南の塚。

エノキの落ち葉があったので、さっそくめくってみました。

残念ながらゴマダラチョウの幼虫はいませんでした。

カメムシを発見。

P1050036 P1050033

   

    

   

あまり見慣れないカメムシですが、くさいにおいは同じでした。

臭かった~。

落ち葉の下でじっとしていたのを、お騒がせしました。

コマダラナガカメムシのように思えますが・・・自信なし。

※カメムシについてはこのサイトを参考にしました。

http://chigaku.ed.gifuu.ac.jp/chigakuhp/html/kyo/SEIBUTSU/doubutsu/05kamemushi/kame/index.html

カメムシは種類が多い!

   

P1050067 P1050068

   

   

   

上は北の塚と説明の札。ここも2つの塚が残っている一里塚。

説明の札によると、阿野一里塚は昭和12年指定の国指定史跡。

一里塚見学/来迎寺一里塚

(前投稿のつづき)

次は知立市の来迎寺一里塚。

江戸日本橋から84里。

P1050074 P1050022 P1050024

    

    

    

これは南塚。

教育委員会の説明板とならんで、小学生の書いた説明板もありました。

それによると、2つの塚がほぼ完全に残っている一里塚は、

「日本中探しても他にはありません」と、言いきっています。

そのため愛知県の「県指定文化財」に登録されているとのこと。

この説明板にはHPのアドレスも書いてありましたが、HPはすでに存在していませんでした。

ちなみに北塚。

P1050029    

    

   

北塚の傍らに公民館!

そうそう、幼虫探し。

ここはエノキではなく、マツだったのでだめでした。(つづく)

一里塚見学/大平一里塚

昨年の暮れに「エノキと一里塚」のことを書きました。

http://mitikusa.typepad.jp/blog/2008/12/post-e292.html

   

昨日5日は、愛知県内に現存している一里塚5つのうち4つを見てきました。

教頭先生と一緒に。好奇心旺盛で博識な教頭先生は、素晴らしいアドバイザーです。

4つの一里塚は次の通り。

① 大平一里塚(岡崎市大平町)エノキ

② 来迎寺一里塚(知立市来迎寺町)マツ

③ 阿野一里塚(豊明市阿野町)エノキ

④ 笠寺一里塚(名古屋市南区笠寺町)エノキ

一里塚にも興味はありますが、エノキの落ち葉をめくって、ゴマダラチョウの幼虫を見つけることも大きな目的。

    

まずは、大平一里塚。国指定史跡。

江戸日本橋から80里。

P1050007_2 P1050002 P1050006

   

    

    

これは南側の塚。

一里塚は街道の両側に塚が作られ、木が植えられていました。

大平一里塚はエノキでした。

説明板によると、昭和28年の台風によって倒れ、若エノキが植えられたのこと。

(昭和28年は、大きな台風13号が愛知県に上陸。甚大な被害を出している。この台風かな?)

現在そのエノキは大きく育っていますが、電線があるため、

変な形に剪定されていて少々可哀想でした。

北側には塚がなく、りっぱな常夜灯がありました。

P1050004    

    

   

電球があり、暗くなれば電気が点くと思って、帰路にもう一度寄ってみました。

残念、点いていませんでした。

P1050082        

    

      

そうそう、幼虫探し。

エノキの落ち葉はきれいに掃除されていて、探せませんでした。

2009年1月 5日 (月)

冬の静的な美しさ「里山の一日 冬の日」

以前ホームステーさせていただいたオーストラリアの人と、

毎年暮れにカードとカレンダー交換をしています。

日本らしいカード、カレンダーを選んでいます。

1年前の記録を見ていたら、

偶然にも2年連続、今森光彦さんの「里山」(山と渓谷社)を送っていました。

858190    

    

   

本屋で選ぶときに、すっと目に入ってきて、即決。

それが2年連続。こういう風景にあこがれている自分に気がつきました。

    

今森光彦さんの本「里山の一日 冬の日」を読みました。

里山の一日 冬の日 (里山の一日) 里山の一日 冬の日 (里山の一日)
今森 光彦

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この本には、冬だからこその自然観察の醍醐味が、文章と写真で表現されています。

引用します。

   

だれもいない冬の田園は、青空も木々も、白い雪も、みんなひとりじめです。

植物も昆虫も動物も深い眠りのなか。

こんなときこそ、自然とじっくり向きあえるまたとない機会です。

生き物たちは、冬の寒さから身を守るため、

地面の下で丸くなったり、枯れ葉にそっくりな形になってぼくの前にあらわれます。

この静的な美しさは、どの季節にもない魅力です。

葉が散り終わってから、雪がとけるまでの間、寒さに耐える木の芽も、

春を待つ虫たちも、ゆっくりと見つめることができる、そう思うとうれしくなります。    

  

冬の自然観察をどう進めるか考えていました。

参考になった本です。

2009年1月 4日 (日)

道路反射鏡協会が撮影協力した映画

先の投稿で書いた道路反射鏡協会が撮影に協力した映画が、今晩テレビ放映されます

映画「ミラーを拭く男」(2003年)

Mirrors    

   

    

    

   

この映画のサイトhttp://www.pal-ep.com/mirrors/mirrors-top.htmより、

ストーリーを引用してみます。

   

家族のために長年一生懸命働き、定年を間近に控えたサラリーマン・皆川勤。
  

定年後は退職金でこれからはゆっくり夫婦みずいらず老後を過ごそうと思っていた妻・紀子。
   

しかし、定年直前に思わぬ交通事故を引き起こしてしまった勤は、家族に内緒で会社を突然辞め、事故現場のカーブミラー、そして市内全部のカーブミラーまでをも拭き始めた。
  

そんな勤を問いただす紀子、父に冷たい態度をとる息子の芳郎と娘の真由美。
   

もともと無口だった勤は家族の話にも耳を貸さず、ただただミラーを拭き続けた。
   

久しぶりの達成感を抱いた勤は、家族の前から姿を消し、北海道へ向かった。
  

・・・3年後、家族は宮城で再会することになるのだが、離れていた3年間に勤に起こったこと、残された妻がとった行動とは?
    

そして、これからこの夫婦が選ぶ道は・・・。
   

これを読んだだけで、もう私は魅かれています。

今晩は録画して、明日見よう。

Image1

とっくに設置されていた?カーブミラー

「いいところにカーブミラーをつけてくれた」と思ったのが下の場所。

P1040047_2    

   

    

通勤の時にこの歩道を自転車で走ります。

右から何か飛び出てこないかどうか気をつけて走っていました。

カーブミラーがついたのはありがたい。

もちろんカーブミラーを過信せず、注意をします。

(奥さんが言うには、もうずっと前からついているよとのこと。そうだっけ?)

   

気まぐれに、カーブミラーの背面を撮影。

P1040045 P1040046

    

    

   

カーブミラーとよく言いますが、正式名は道路反射鏡のようです。

背面には「部材品質表示票」が貼られていました。

いろいろな検査に合格した道路反射鏡に、

道路反射鏡協会という団体が、協会認定の表示票を貼っています。

   

製造者の「海道工業」は、福井県にある業者。

道路反射鏡の製造において国内シェアナンバーワン(約40%)を誇っている業者でした。

そうか福井産だったんだ。はるばるどうも。

   

鏡面の材質はステンレス。厚さがなんと0.9mm。薄い!

鏡面の材質は4種類ほどあるようですが、ステンレスは明るさ(反射率)は良くないのですが、

耐候性、耐衝撃性に優れているようです。

※道路反射鏡協会のサイトを参考にしました。

http://www.dhk.gr.jp/about_mirror/mirror-types.html

他の材質の反射鏡を実際に見て比較してみたくなりました。

    

海道工業の文章の中に心に残った言葉がありました。

http://info.pref.fukui.jp/tisan/sangakukan/jitsuwafukui/city/047.html

「道路反射鏡(カーブミラー)は日本特有のアイディア商品です。」

日本特有?外国にはないの?カーブミラーも和製英語のようです。

   

カーブミラーについてもう少し書きます。(つづく)

   

   

2009年1月 3日 (土)

「九里四里美味い□□」という看板

昨日、愛知の山奥から自動車で下ってくる道端に、

焼き芋屋の看板があり、そこに書いてある言葉に目が止まりました。

「九里四里美味い(うまい)□□」(□□は読み取れず)

何だ?「九里四里」とは?

    

今日調べてみたら、面白いことがわかりました。

読み取れなかった□□は十三里だったようです。

つまり、看板には「九里四里美味い十三里」と書いてあったようです。

    

この言葉の意味は?2つ説があるようです。1つ目。

十三里は江戸から十三里(約52㎞)離れた川越のサツマイモをさしたという説。

「栗(九里)より(四里)うまい十三里(川越のサツマイモ)」

栗よりも川越のサツマイモはうまいよと言うことから生まれた言葉という説。

今でも川越のサツマイモは有名です。

   

2つ目。

この言葉、江戸時代からの焼き芋屋のキャッチフレーズだったという説。

江戸時代、江戸の町ではふかし芋屋しかありませんでした。

寛政5年(1793年)に江戸本郷4丁目の番小屋の番太郎が、

この年豊作だったサツマイモを焼いて売り出したのが江戸の焼き芋屋の始まりだそうです。

お店の行燈(あんどん)には「○やき」(丸ごと焼いた意味)とか、

「八里半」(栗のおいしさに近かった意味/栗の味より少々負ける)と書いていました。

焼き芋の行商は、「九里四里うまい十三里(9+4=13)」というキャッチフレーズを作って、

栗(九里)よりも、サツマイモ(十三里)の方がうまいことを表現して売ったという説。

※今回最も参考にしたのが次のサイト。

http://homepage1.nifty.com/long-life/ieshige/061008.htm

今回の焼き芋屋の看板は、2つ目の説にのっとっての言葉でしょう。

面白い看板だったんだ。

自動車で走っているときに見かけたので、じっくり見たり、写真に撮れなかったのが残念。

   

川越に「川越いも友の会」といのがあることを知りました。

サツマイモに関する小冊子を出したり、

10月13日を「サツマイモの日」と宣言したり、

サイトでもサツマイモの情報をたくさん紹介してくれています。

次のサイト「わが国の焼き芋関係年表」も素晴らしい。

http://www.jrt.gr.jp/yaki_imo/ura.pdf

そして年表を作った同じ作者が書いた「江戸・東京の焼き芋屋の移り変わり」も勉強になります。

http://www.jrt.gr.jp/yaki_imo/4-13.pdf

・1719年の記録に京都の焼き芋屋の記録あり。

・1735年、青木昆陽が江戸でのサツマイモの栽培に成功。

・明治時代に焼き芋屋は繁盛。

・石焼き芋屋が登場したのは戦後。

などなど。見ていて、読んでいて楽しい。

かの有名な青木昆陽も、サツマイモが日本に広がっていく時に関係した一人にすぎないと思えてきました。

いかん、焼き芋屋の看板から、こんなに長い投稿になってしまいました。

おつき合い、ありがとうございます。

  

「年越し雑学王」/住宅業界のチラシが多い理由

大晦日の「年越し雑学王」のことで、2つ目の投稿。

こんなクイズがありました。

「元旦の新聞に住宅業界のチラシが多い理由は?」

ぜひお考えください。

15行下に答えを書きます。

   

   

   

   

   

   

   

   

   

10行目。

   

   

   

   

答えは・・・

「家やマンションの購入は、1人では決められない」

「お正月は家族が集まるため、相談する絶好の機会。

家族が集まって相談しやすいから」

P1010004     

   

    

住友林業の人が説明していました。

なるほどと思いました。

さっそく元旦の日に届いた新聞の広告を見ました。

おっと、ハウジングセンターの広告が1枚だけでした。

もっとあることを期待していました。

皆さんの家はどうでしたか?      

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