2021年6月27日 (日)

「がんになって良かった」と言いたい④

    

今日は令和3年6月27日。

  

前記事のつづきで、

「『がんになって良かった』と言いたい」

(山口雄也・木内岳志著/徳間書店)

より引用していきます。

   

「あとがき」はすべてを書き留めたくなる文章でした。

  

「生存者バイアス」という言葉がある。何らかの選択課程において、

それを通過できた人ないし事物のみ基準にし、脱落・淘汰されたそ

れ以外の存在を考慮せずに偏った判断をしてしまうことである。簡

潔に言えば、生存した者の意見だけを取り入れてしまうことである。

がんという選択課程を生き残った者は「サバイバー」と呼ばれる。

僕もその一人になろうとしている。一歩で我が国では、この定義を

用いるならば、毎年約四十万人が「選択課程において淘汰」されて

いるのだ。僕の患者仲間たちも多くがこの世をさった。

本書を刊行するにあたって僕自身の意見がバイアスのかかったもの

ではないのかということについて、幾度も幾度も深く考えた。「が

んになって良かったと言いたい」のは、生存者であるからそう思う

のではないのか、と。

果たして、その答えは未だに僕の手元には無い。おそらくそう簡単

に見つかるものではなくて、きっと死の数秒前にそう思えたらそう

であるし、そう思えなかったらそうでは無いのだろう。しかし僕は

改めて、がん患者として過酷な生活を送った日々が、もう二度と自

分に訪れてほしくないと思うとともに、あれがなければ、この世界

をこのような視点から眺められなかったのではないか、とも思って

いる。まるで容赦無く険しい道のりを登り切った者にのみ、山頂か

らの雄大な景色が与えられるかのように。

今の幸せの僕は、あの日死にかけていた僕によって構成されている

のだ。たとえ、誰が何と言おうと。きっとこの景色は、いくら言葉

や写真で伝えようとも、完全には伝わらない。それは死の領域に足

を踏み入れた者だけに与えられた感覚であり、きっと道半ばで潰え

た彼らも、僕たちにしか通じないこの美しい世界を見ていたはずな

のだ。彼らを可哀想だという人間は、きっとこの景色を知らない。

(248~249p)

   

山登りのたとえはわかりやすいです。

いずれは死の領域に足を踏み入れる時が来るけど、

疑似的でもいいからこの本で体験してみたかったと思います。

山口さんの思いもそこにあったようです。

次のように書いてありました。

   

一方で、この世界の存在を広め、あるいは多くの人に関心を持って

もらうことはできるかもしれないーーーそれが本書の大きな目的で

もあった。僕は、この社会の様々な人々が、病のあるなしに関わら

ず、生きることと死ぬことについて考え、そして価値観を認め合う

日が来ることを切に願ってやまない。本書がその一助となれば幸い

だ。

(249p)   

   

  

以上で引用は終了です。

   

この本の文章が、ブログに書かれたことというのが

私には印象に残ります。

その時その時に思ったことを大切にして、

しっかり書き留めること。

読んだ人に伝わるように、文章を工夫すること。 

それはブログなら可能なのだと思いました。

他のSNSではできないことに思えました。

  

このブログをまだまだ頑張りたいと思わせてくれた本でした。

山口雄也さんは、自分に大きな影響を残してくれました。 

「がんになって良かった」と言いたい③

   

今日は令和3年6月27日。

   

前記事のつづきで、

「『がんになって良かった』と言いたい」

(山口雄也・木内岳志著/徳間書店)

より引用していきます。

  

  

それでも、欲を言うなら、あと少しだけ、ほんの少しだけ、

生きてみたい。

ダメだろうか、やっぱり。

それは欲張りだろうか。

結局そんな心配無駄だったよね、って笑い合う瞬間が、どれほど

幸せに満ちていることだろう。お前死ぬ覚悟出来てるとか言って

たやん、カッコつけやがって、と馬鹿にされることを、僕はどれ

ほど望んでいるだろう。

どうか、これがただの夕立であってはくれないか。

意外と強く降るくせにすぐ上がって、初夏の茜空にうっすら虹を

かけるような、そんな夕立であってはくれないか。

(128p)

   

心の機微まで表現されているなと思いました。

頭に浮かんだことが、ブログにしっかり書かれています。  

  

  

亡くなった患者仲間の言葉。

  

「僕はね、自分のこと、可哀想だとは、思わないよ、むしろ、失

ったものより、得たものの方が、多すぎて、自慢話に、なっちゃ

うからさ」

(183p)

   

自慢話って発想がいいよなあ。

  

  

昨夏、急性白血病を宣告された。青天の霹靂であったが、病は既

に深く巣くっていた。身体中の骨髄をがん細胞が蝕み、血はもは

やただの有害な赤い液と化していたのだ。つまり僕の造血器は生

きるべき本来の機能を完全に喪失していたのである。

(211~212p)

  

白血病と聞いても、どのような病気かもよくわかっていません。

この表現にあるように血が「有害な赤い液」と化すというのは、

ショッキングな言葉でした。

  

  

短いけど結構いい人生だったんじゃない?

そうだよ、幸せだったよ、本当に。

就職も結婚もしたかったけど、子供とお酒片手に語り明かしたり

孫を抱きしめたりもしたかったけれど、それはちょっと欲張り過

ぎかなあ。

せめて最期の日は晴れてるといいなぁ。神様それぐらい叶えてね。

静かな朝がいいです。

半ば自分に諦めるように、言い聞かせるようにして呟く。

誰も悪くないさ。

この美しい世界に生きられてよかった。

楽しかったよ、二十一年間・・・・。

(216p)

   

全然欲張りじゃないよと言いたい。

  

2020年1月1日のこと。

  

暗がりの病室でイヤホンをして紅白を眺めるほど虚しいものはない。

時計はひっそりと針を進め、病室は誰にも祝われることなく静かに

年を越した。

「僕が死ぬ年だ」

(234p)

  

こんな気持ちで新年を迎えたんだ。

う~ん、うなってしまいました。

   

僕にできることは、治療を受けてその結果を受け入れること、ただ

それだけであった。たとえそれが「死」であったとしても。どうや

ら僕は、必死に運命に抗(あらが)ってきたけれど、抗うことに精

一杯で、運命そのものをひっくり返すことなど寸分たりともできな

かったようだ。今回も、攻撃に耐えることばかりに意識が及び、そ

して気がつけば相手に王手を打たれていた。僕は玉将を下げること

でしか戦いを続けられない。

(237p)  

    

危機に瀕して、山口さんの表現は研ぎ澄まされている感があります。

玉将の動きはよくわかります。

  

  

大学卒業、就職、結婚、親孝行、旅行、車、マイホーム・・・

オリンピック観たかったなぁ、と病床でスマホの当選画面を眺めて

いたら、消灯の時間が来て辺りは暗闇に飲まれた。

(238p)

   

山口さんに比べて、自分がどれだけ幸せなのか

自覚しないといけないと、この文章を読んで思います。

  

  

ハプロ移植が成功して退院した時のこと。

  

そのときふと、自身の境遇をぐちぐち言う自分が、いかに愚かで

あるかを思い知らさせた。僕はまるで何もわかっちゃいない。こ

の世に生きているということが、どれほど素晴らしいからという

ことについて、これだけの経験をしたのに、まだ何も分かっちゃ

いない。

後遺症がなんぼのもんじゃ!

留年がなんぼのもんじゃ!

バイト辞めるんがなんぼのもんじゃ!

生きとるんやから贅沢言うな!

そう自分に言い聞かせる。恥ヲ知レ!!!

僕はおそらく、とんでもない力によって生かされている。

理由は分からないが、とにかく”生かされて”いるのだ。

(245~246p)

   

この叱咤は、自分に言い聞かせたい。

  

   

つづく

2021年6月26日 (土)

「がんになって良かった」と言いたい②

  

今日は令和3年6月26日。

   

前記事に引き続き、

「『がんになって良かった』と言いたい」

(山口雄也・木内岳志著/徳間書店)

より引用していきます。

   

今生きるという行為は未来のための投資だと思っていた。道を外れ

ることは未来を壊滅させるに等しかった。そんなとき、寄り道こそ

が人生なんだ、と教えてくれた大人がいた。何人もいた。

それぞれ、切り口は全く違った。会社員や青年海外協力隊を経て教

師になられた恩師。もう時効だからといって大学で驚くほど留年し

た話をしてくれた小学校の先生と大学の教授。人生を達観したよう

な顔つきの元学年主任。塾の先生。

そして一浪一留を今になって打ち明けた親父。

地道に生きよう。そう強く思った。駆け足もいいけれど、何か美し

い景色を見逃してしまいそうな気がする。そうそう、「地道」はも

ともと馬術用語らしい。馬の乗り方のうち最も速いのが「駆け」、

次に「のり」、そして最も遅い並み足が「地道」だそうだ。「駆け」

では道端の一輪の花に気づけないだろうし、寄り道もうまくできな

い。「地道」で歩を進める。

(69~70p)

   

「地道」のいわれを聞いて、なるほどと思いました。

「地道」に歩を進めることに賛成です。

寄り道をたくさんして今に至っていると思っています。

「道草」という言葉は、私にとっては特別な気持ちを

起こさせてくれる言葉です。

毎日小さな道草をして、人生でも道草をしたいです。

その大きなきっかけが来年の4月からの生活です。

  

    

人の死が残酷であるのは、長い歳月が、その人が生きたという記憶

を抹消するがゆえのことである。散った生命が再び花咲くことは決

してない。そうした記憶から消されたものは、その時点において二

度目の死を迎える。これは恒久的な死である。永年の冬である。

人が死を恐れるのは、死が不可逆ゆえではないと思う。少なくとも

自分の場合、初めはそうであったものの、入院生活を送る中で変わ

ってきた。最も恐るべきは「忘れられること」であった。「わたし」

が生きたという証しさえも土に還ることを、恐れていた。あなたに

会えないことよりも、あなたに忘れられることの方が恐ろしい。生

きたことが忘れられたとき、「わたし」はその人にとって存在しな

かったことになる。その人を忘れたとき、あなたは無意識にその人

を殺している。

それでも、いつかは忘れられるものだ。どう足掻こうと生命はいつ

か失われる運命にあるし、その生命の記憶もやがては消されてしま

う。恐るべき忘却力をもって。一度目の死も二度目の死も、避けて

は通れない。そして人々が恐れるのは、一度目の死を超えたところ

にある二度目の死である。

(92~93p)

    

「二度目の死」については以前にも聞いた話です。

でも山口さんが体験に基づいての発言だけに説得力があります。

  

  

つづく

「がんになって良かった」と言いたい①

    

今日は令和3年6月26日。

   

この本を読みました。

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「『がんになって良かった』と言いたい」

(山口雄也・木内岳志著/徳間書店)

  

この本はたくさん引用したいと思いました。

死を目の前にした著者が書いたことを

書き留めておきたいと思いました。 

   

 

がんは日本人の死因の第一位に長年君臨してきた。僕の祖母もその

ひとりで、がんに侵されて昨年この世を去ってしまった。自分もい

つかは侵されるだろうと心の片隅ぐらいには思っていた。

だが流石に早くないか?

祖母のお見舞いに行った、まさしくその病院に、ちょうど一年後、

自分が入院する。同じくがんで。

十代でがんだなんて、ドラマや映画、あるいは自己とはかけ離れた

遠い世界のドキュメンタリー番組のイメージだった。自分にとって

は、もはやフィクションと言っても過言ではなかったのだ。それが

今、もう既にこの体を蝕んでいるという。自分の体の中で、自分の

細胞が、わけの分からない突然変異によって無秩序の増殖を開始し、

どういうわけか自らが自らを侵しているという。その勢いはとどま

ることを知らない。転移さえしている。

どうしてそんなことをするんだ。殺すのか。気が狂っているのか。

やめてくれ、頼むからやめてくれ。

(36p)

   

自分もいつかは癌に侵されるのだろうと思っています。

でもまだ幸いにも現在は侵されていないと思っています。

山口さんもそう思っていたのに、十代での癌告知。

その時の気持ちがよく伝わってきます。

  

  

髪の毛が湿ったまま、まだ少し濡れた手でスマホを充電コードから

引き抜いて、ロックを開けてプラウザを開く。検索ボックスに自分

の病名を打ったところまでは良かった。それはすぐにできた。本当

に簡単なことだった。

[縦隔原発胚細胞腫瘍 非セミノーマ]

予測変換でスラスラと出てくる。

問題はそれからだった。検索ボタンを押すことに躊躇いが生じる。

恐怖心にも似た好奇心か、それとも好奇心のような恐怖心か。葛藤

というか悶絶というか、その末に検索ボタンに手をかけた。

サッと画面が切り替わる。

スマホの小さなスクリーンに、所狭しと検索結果が並ぶ。

  

胚細胞腫瘍(縦隔原発)

5年生存率 40~50%

縦隔原発胚細胞腫瘍は予後不良(poor prognosis)な疾患とされて

おり・・・

    

違う、そんなはずはない。

別のサイトに飛んだ。ふと、ひと昔前の臨床データが目に留まった。

   

【症例】

非seminomas型

1.48歳 女  1年後死

2.46歳 男  1年後死

3.36歳 男  4カ月後死

4.44歳 男  5カ月後死

5.28歳 男  6カ月後死

6.18歳 男  1年後死

7.26歳 男  5カ月後死

8.26歳 男  2カ月後死

9.42歳 男  11カ月後死

10.68歳 男 8カ月後死

11.22歳 男 3カ月後死

12.25歳 男 6カ月後死

13.31歳 男 観察中3か月生

  

何かが、言葉では決して表現することのできない途轍もない何かが、

自分の身体の真上から落ちてきた。

膝から崩れ落ちた。床にスマホを落とした。

意味がわからなかった。

死ぬのか?俺が?一年足らずで?

  

何ひとつ、本当に何ひとつとして理解できなかった。

奇妙な感覚だった。喜怒哀楽いずれでもなく、また怖いでも悔しい

でもなく、形のない灰色の煙のような感情が僕のなかで渦巻いて、

ただただ呆然としていた。

(58~61p)

引用することで、山口さんの追体験をしたいのかもしれません。

この本の文章は、山口さんがブログに打った文章です。

山口さんも、こうやってパソコン(スマホかな)に向かって

思いを打ったのだろう。

病名を検索ボックスに打ち込んで調べる時の気持ちが

わかるような気がしました。

好奇心は時には過酷な結果を導いてしまいます。

  

  

つづく  

番画〈293〉〈294〉:「世にも奇妙な物語」とコラボ 姫路城と江戸城   

    

今日は令和3年6月26日。

   

番画です。

   

〈293〉フィッシャーズ

【都市伝説】人形だらけの公衆電話に入ったら怖すぎる体験ができるらしい?【ドッキリ】

  

〇番組「世にも奇妙な物語」とフィッシャーズがコラボ。

 みんなフィッシャーズに関心ありすぎだ。

 場所はフジテレビの倉庫。

 こんな番画も作ってしまうんだ。

 フジテレビの協力があってこその電話ボックス。

 まだまだフィッシャーズは続くなあと思った。

〇今晩、放映される「世にも奇妙な物語」と関係するのかな。

  

  

〈294〉「ブラタモリ 姫路城」

  (2019年12月14日放映)

  

〇授業で桃山文化を教える、城を教える、天守閣を教える

 その代表として姫路城を教えるにあたって、この番組を見た。

〇ゲストは千田嘉博さん。本当によくテレビ出演される。

〇現在の姫路城を造ったのは、家康の重臣だった池田輝政。

〇姫路城で最も有名な場所・・将軍坂と呼ばれるようになった。

〇姫路城は、時代劇で江戸城として映っていることが多い。

 将軍坂もそれ。

〇映画「天地明察」(2012年)でも江戸城として映っている。

 見たことがある映画だが、その視点で見ていなので不明。

 最近の作品では「サムライマラソン」(2019年)

 こういうのがきっかけで映画を見てみたい。

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〇姫路城は「白鷺城」と呼ばれる。

 当時の城と比べても白さが際立つ。

 江戸城も白さが際立つ城であった。

 豊臣秀吉までの城は漆で塗った板を使ったので黒っぽかった。

 家康は、新しい時代が来たことを象徴として白い城を造った。

〇白く塗られたのは漆喰。

 漆喰で塗ったメリットは耐火性。

 太平洋戦争で姫路は空襲にあったが、城は燃えなかった。

 漆喰を塗ることのデメリット。

 大量の漆喰が必要であった。

 厚さは2センチほど塗るそうだ。

〇漆喰とは石灰に海藻やスサなどを混ぜてつくる。

 スサとは?

 左官工事で,塗壁材料に混入する繊維質のつなぎ材のこと。

 藁スサなどがあるそうだ。

〇大天守と小天守との組み合わせ=連立式天守。

 姫路城は連立式天守であって、江戸城も連立式天守であった。

 やはり江戸城と姫路城は似ていて、撮影で江戸城として映る。

〇池田輝政は、城下に人工島を造っていた。

 それは水軍の基地であった。

 瀬戸内海の水運を押さえる重要な役目があった。

 姫路は要所であった。

 時は関ケ原の戦いがすんで、大坂の陣に向かう時代だった。

〇姫路城はらせん状のお堀だった。防御に向いている。

 江戸城は姫路城のお堀に倣って、らせん状のお堀にした可能性がある。

〇この番組を見てやりたいことが2つ。

 映画「サムライマラソン」を見ることと、その原作を読むこと。   

2021年6月23日 (水)

ピガフェッタの「最初の世界周航」を読みました

   

今日は令和3年6月23日。

    

この本を読みました。

と言っても半分ぐらいで挫折しました。

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「マゼラン最初の世界一周航海」(長南実訳/岩波文庫)

  

マゼランに同行したピガフェッタの報告書は

読んでみたかったです。「最初の世界周航」です。

ここでも道草 ピガフェッタの記録が生んだマゼランの偉業(2021年6月5日投稿)

  

マゼランの最期のシーンを読みたかったし、

マゼランがキリスト教布教に熱心な理由も知りたかったです。

ラプラプ王と対立して戦争になったのも、

ラプラプ王がキリスト教に改宗しなかったからです。

そうまでしなくてはならなかったのか。

   

広場の中心に大きな十字架が立てられた。提督(マゼラン)はかれ

らに向かって、もし今までに申し出たようにキリスト教徒になりた

いならば、偶像をすべて焼却し、そのかわり十字架を立てて毎日手

を合わせて礼拝しなければいけない、そして毎朝、顔のところで十

字架の印を描かなければいけない、と言って、自分で十字をきって

みせた。

(104p)

  

それから八日もたたぬうちにこの島の住民は全部が、またほかの島

の住民たちも洗礼を受けた。あの隣接の島では住民が王にもわれわ

れにも服従することを拒んだので、町を焼きほろぼした。その島の

住民は異教徒(キリスト教徒とイスラム教徒以外)だったので、そ

こに十字架を立てた。もしかれらがモロ(イスラム教徒)だったな

ら、もっと厳しく罰するためにわれわれは絞首台を立ててやったで

あろう。その理由は、モロは一般の異教徒よりも頑固に改宗を拒む

からである。

(107p)

   

提督は王に命じてスパーニャ国王(スペイン国王)にたいしつねに

変わらぬ忠誠を誓わせた。王はこれを誓った。

(108p)

   

ピガフェッタの報告書を読むと、

マゼランたちはフィリピンの島々に寄った時に、

まずはお互いに贈り物を交換しています。

そして次にやることが、キリスト教への改宗です。

そして並行してスペイン国王への忠誠を誓わせます。

そこになぜはありませんでした。

当然のようにそのような行動をしています。

島々にもとからあった宗教は壊滅させようとします。

   

 

マゼランの最期は次のように書いてありました。

  

敵はどの人が提督(マゼラン)であるかを知ってかれに攻撃を集中

し、そのため冑(よろい)が二度もはねとばされた。しかし提督は

立派な騎士として雄々しく振る舞った。こうしてわれわれは数人の

同志と一時間あまりたたかった。もはや退却しようとしなかったが、

そのときひとりのインディオが提督の顔面めがけて竹槍を投げつけ

た。一瞬、提督は自分の槍でその相手を突き殺した。提督はその槍

を敵の体に突き刺したままにし、剣の柄(つか)に手をかけた。し

かし半分しか抜くことができなかった。肘のあたりを竹槍で刺され

ていたからだ。これを見ると敵は全員提督に襲いかかり、一人の敵

兵が大きな広刃刀で(この刀はイスラム教徒の新月刀に似ているが

もっと大きい)、提督の左脚に切りつけた。提督はうつぶせに倒れ

た。敵は鉄の槍と竹の槍と広刃刀をいっせいに提督に浴びせかけ、

かくて、われわれの明鏡、われらの光明、われらの慰藉(いしゃ)、

われらの無二の指導者はついに息が絶えた。

(119~120p)

  

  

マゼランはこうして命が途絶えました。

しかし、残りの乗組員が生き残ってスペインに戻ったので、

歴史に名が残りました。

今日は社会科の期末テストがありました。

その1問は、マゼランの名前を書くものでした。

2021年6月22日 (火)

番画〈288〉〈292〉:番画を見続ける 結果自然成

    

今日は令和3年6月22日。

   

番画です。

2021年になって見た番画(番組・動画)を

番号をつけて記録しています。

今年はそうしています。

きっと2022年3月の終わりまでやると思います。

    

〈288〉土曜ドラマ「ひきこもり先生 ②」

  (2021年6月19日放映)

   

〇今回のテーマは貧困家庭。貧困はある。現にある。

 親に見捨てられた形になっている子どももいる。実際にいる。

〇次週は「いじめ」がテーマかな。

   

 

〈289〉「ニュース地球まるわかり」

  (2021年6月20日放映)

  

〇特集:ISが拡大か?(シリア アフリカ モザンビーク)

〇地球ノート:野球で子どもたちに未来を(中国) 

〇旅する世界 オーストリア ウィーン ”音楽の都”再開へ

〇また外国の知識を蓄積することができた。

  

  

〈290〉大河ドラマ「青天を衝け 19 勘定組頭 渋沢篤太夫」

  (2021年6月20日放映)

  

〇日曜日の晩は、焦りがあって心穏やかではないのですが、

 「ニュース地球まるわかり」「青天を衝け」は

 腹を据えてじっくり見ている。

  

   

〈291〉「サラメシ シーズン11(10)」

  (2021年6月15日放映)

  

〇中井貴一さんのナレーションも、人さまの弁当も、

 心を和ませてくれる。

  

       

最後にフィッシャーズ

〈292〉フィッシャーズ

【ドッキリ】自宅にジムに作っちゃいましょう【筋トレ】
YouTube: 【ドッキリ】自宅にジムに作っちゃいましょう【筋トレ】

  

〇自宅にジムを作ってしまったシルク。

 もうとっくにあるのかと思っていた。

  

   

まもなく300番画になります。

半年で300番画ということは、

1か月で50番画。

サブタイトルにある結果自然成(けっかじねんになる)が

思い出されました。

ここでも道草 ドラマの中の「結果自然成(けっかじねんになる)」(2017年7月4日放映)

1番画をしっかり見ていけば、きっと何か結果が出るでしょう。

また「退職後」/丁寧に番組の内容を書き留めたい

   

今日は令和3年6月22日。  

   

昨日はうれしい便りが2つありました。

内容に共通点がありました。

   

ツイッターで「ここでも道草」を紹介してくれた人がいました。

その方とのやりとりで次のように書いてくれました。

 

丁寧に番組内容を起こして下さって感謝しております。

   

先日亡くなった山口雄也さんを扱った「ひとモノガタリ」

記事にしたものの感想です。

   

  

もう一つの便りは、この記事に届きました。

ここでも道草 ジャンプ団体戦の感動秘話/テストジャンパー(2014年1月26日投稿)

コメントに次のように書いてありました。

  

とても丁寧に記録してくださり有難うございます。

   

「奇跡体験 アンビリバボー」を記事にしたものでした。  

    

共通点は「丁寧」でした。

たくさんのテレビ番組を見ていますが、

見たら終わりというのではあまりにもったいない。

書き留めておきたいと思います。

テレビ画面の写真を撮ったり、聞き書きをしたりして

書き留めます。

そうやってできた記事に対して、

「丁寧」は誉めことばでした。

   

本当はやりたいのです。

毎日でもやりたい。

いいと思った番組をじっくり書き留めたい。

読み物化して、他の人が読んでも番組の内容が伝わるようにしたい。

でもこれも「退職後」にやりたいことですね。

  

今年は番画方式です。

見た番画に番号をつけて、内容や感想は箇条書きでささっと。

次の記事はその書き方で書きます。

道草がひとつ終了 番画〈287〉:映画「すばらしき世界」を見ました

     

今日は令和3年6月22日。

     

道草がひとつ終了しました。

    

なぜ読む気になったのかは忘れましたが、

西川美和さんの本「スクリーンが待っている」を読みました。

西川さんは映画監督です。

原作を再現できない映画の限界を語っていました。

それが新鮮でした。

   

西川さんは最近作品を制作しました。

原作に惚れたことがきっかけの映画です。

その原作が佐木隆三さんの「身分帳」でした。

読みたくなって、読みました。

   

そうなると映画が見たくなります。

映画館に行く余裕がないので、

何とかネットで見ることができないかと調べました。

ビックリ!

調べた前日の6月18日からネットで

見ることができるようになっていました。

   

そして今晩、映画「すばらしき世界」を見終えました。

 

道草は繋がるから面白い。

ひとつのものを見ると次が見たくなります。

そしてまた次のものが見たくなります。

 

道草がひとつ終了したと書きましたが、

きっと時間を空けてまた続くと思います。

西川監督作品を見るとか、佐木隆三さんの小説を読むとか・・・

こういう道草が、昔から好きなんだよなあ。

    

番画扱いで映画について書きます。

   

〈287〉映画「すばらしき世界」(2021年)

  (アマゾンプライムビデオで視聴)

   

〇映画には限界があると承知している監督の作品だと思って見た。

 その気持ちがあったためか、原作から省略したところとか、

 改変したところなどが、監督の工夫だととらえている自分がいた。

 好意的に見てしまった。

〇原作では、主人公に関心を示すが、本気の喧嘩を見せられて、

 姿を消したジャーナリストの角田だったが、

 映画では、姿を消さずに踏みとどまって、

 主人公と最も濃密に付き合う角田になっていた。

 この人物に目をつけた西川監督が楽しい。

〇主人公がラストで死んでしまいます。

 おそらく映画をいきなり見た人は、この死は唐突と思えたでしょう。

 でもモデルになった人は、出所して再び刑務所に戻ることなく

 4年8カ月を生き抜いたのに脳出血で亡くなっているのです。

 それも、自分のことが書かれた「身分帳」が出版された年に。

 生き方が世間からも肯定的に見られるようになるかもしれない時に。

 娑婆でどうにかまともに生活ができるようになった時に。

 実際も唐突だったのです。

 だから映画の死は必然でした。

〇映画を最初に見た人は、映画では描き切れなかったところを

 小説で読むといいと思う。

 2時間余りでは描けないところがあるのは当然。

Photo

森永れん乳氷バーが発売されていた

   

今日は令和3年6月22日。

   

ここでも道草 森永の練乳アイスロスの生活(2021年5月23日投稿)

☝この記事で

森永は何をしているのでしょう。

こんなにおいしいアイスをなぜ販売しないのでしょう。

  

と書きました。

今日、お店で森永さんの回答を見ました。

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練乳アイスはバーの形で発売されていました。

もちろん買って食べました。

さすがに練乳ソースの味はおいしかったです。

ただ、あのファミリーマート限定販売の

「森永練乳アイス た~っぷり練乳」の

練乳の量の衝撃には及びません。

   

ひとまず森永練乳アイスロスの生活からは脱却できました。

ありがとう、森永さん。

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楽餓鬼

今日はにゃんの日

いま ここ 浜松

がん治療で悩むあなたに贈る言葉