2021年3月24日 (水)

「この国の不寛容の果てに」⑦ 輪になって話そう

   

今日は令和3年3月24日。

  

前記事に引き続き、

「この国の不寛容の果てに 相模原事件と私たちの時代」

(雨宮処凜編著/大月書店)より。

     

森川すいめいさんと雨宮処凛(かりん)さんとの対談。

   

森川:とにかく対話しましょう、短絡的なショートカットをしない

で、面倒でもお互いの意見を聞きあいましょう、と。そのほうが、

結果的には効果的に社会を運営できるということなんだと思います。

雨宮:そういう対話の作法というのを、現代に日本で生活している

と体得する機会がないですよね。言いたいことを全部出しあって解

決するというのは、アイヌの「チャランケ」みたいだなと思いまし

た。

森川:似ていますね。先住民の研究をしている人の話では、そうい

う話しあいの場ではたいてい輪になって話すといいます。輪になる

ことでヒエラルキーがなくなり、どこに座っていても自分自身とし

てその場にいることができる。そうした話しあいが3日間くらい続

くこともあるらしいのですが、最終的に結論が出なくなるまで続け

るというルールもあるらしいです。先住民の人たちは、それがいい

ことだと知っていたんですね。多数決で決めるのではなく、みんな

が自分の言いたいことを言うことで変化のプロセスを経験し、それ

ぞれ個人の中でプロセスが進み、結果としてそれが共同体を良い方

向に導くんだということを。

(80%)

  

これからの職場でも生きる文章です。

輪になって言いたいことを最後まで言い合う。

少人数ならできるでしょう。

心がけたいです。

  

森川さんと雨宮さんとの対談で、たくさんのことが勉強できました。

「この国の不寛容の果てに」⑥ ✖「自己犠牲思考」

   

今日は令和3年3月24日。

   

前記事に引き続き、

「この国の不寛容の果てに 相模原事件と私たちの時代」

(雨宮処凜編著/大月書店)より。

  

今日のニュースで、次のようなものがあった。

   

2021年3月23日 (火)

「この国の不寛容の果てに」⑤ 「オープンダイアローグ」

   

今日は令和3年3月23日。

  

前記事に引き続き、

「この国の不寛容の果てに 相模原事件と私たちの時代」

(雨宮処凜編著/大月書店)より。

  

森川すいめいさんと雨宮処凛(かりん)さんとの対談。

   

森川:私が現在取り組んでいて、いちばん腑に落ちている精神医療

のアプローチが「オープンダイアローグ」というものです。日本語

では「開かれた対話」という意味ですが、患者さんと医師を含む数

人のグループで輪になって、ひたすらお互いの話を聞くというもの

です。フィンランドの精神医療で始まった取り組みですが、これが

功を奏すると、従来のような投薬や強制入院といった医療的介入を

劇的に減らすことができると言われていて、現在世界的に注目され

ている手法です。

(75%)

   

投薬治療を受けている身としては気になる文章です。

受容的に話を聞いてもらう体験がいいのです。

さらに続きます。

  

森川:これまでの精神科医療というのは、患者さん(相談者)に対

して医療者が権威的な立場にいて、一方的に診断を下し、治療法を

命令する立場にありました。オープンダイアローグでは、それをフ

ラットな関係性にするための工夫をしています。一対一のの対話で

はなく、3人以上にするのもそのひとつです。

当然のことですが、医者も個人としてそれほど豊富な人生経験を持

っているわけではありません。しかし、相談者と一対一で向き合う

と、どうしても知識や権威の圧倒的な差が生まれ、医師のいうこと

を相談者が「聞くか・聞かないか」という関係になってしまいがち

です。精神科医療でいえば、医師の言うことを聞かないなら身体的

な自由を奪う判断さえ、医師の胸先三寸でできてしまうわけです。

こういう関係におちいる危険を回避するために、オープンダイアロ

ーグでは、医療などの専門家はかならず2人以上で参加することが

大切にされています。そうすると、一方の専門家が言っていること

をもうひとりが否定したり、別の見方を示したりします。相談者と

専門家の間の力の差は消えるわけではありませんが、専門家が2人

いることで権力が相対化されて、結果として対等な関係に近づくん

ですね。

雨宮:なるほど。

森川:ひとりの医師の固定された視点ではなく、複数の視点で見る

ことで、相談者にとっても見える世界が広がります。相談者だけで

なく専門職側も同様です。さらに、専門家だけでなく、たとえば相

談者のご両親に入ってもらうとか、複数の人が参加することで、そ

れぞれの人生経験が重ねあわされて、立体的な世界が立ち上がって

くるんですね。

(76%)

   

私は心療内科では一対一です。

それが普通だと思っていました。

「オープンダイアローグ」という診断方法?も面白いなと思います。

もう少し具体的にどのようにやっているのか知りたくなりました。

「オープンダイアローグ」だと、時間的にも余裕が欲しいし、

医師も1人ではなく複数です。

どれくらいの頻度で行っているのだろう。

  

「この国の不寛容の果てに」④ 「聞ききる」

     

今日は令和3年3月23日。

  

21日の記事の続き。

「この国の不寛容の果てに 相模原事件と私たちの時代」

(雨宮処凜編著/大月書店)より。

  

私にとって初めての電子書籍。

タブレットで読んでいますが、

字が大きくて老眼鏡なしで読めるのもいい。

心療内科の待合室でも読むことができました。

欠点は、気に入った文章に付箋を貼れないこと。

もう一度読みなおしながら、気に入った文章を引用します。

    

森川すいめいさんと雨宮処凛(かりん)さんとの対談。

  

森川:「やってはいけないこと」ばかり強調されて、規定のルートを

一歩でも踏み外したら人生が終わるかのような恐怖を刷り込まれると、

人は成長を止めて、強い声に従順に従うだけになってしまう。DVと

か児童虐待と同じです。そういう経験をした人は、強い声とか鋭利な

言説に対して、思考停止したように服従してしまうんです。

そうした頭ごなしの押し付けに服従せずにいられるためには、自分の

中での問い直しとか、世界が多様であることを知ることが必要です。

それも、人から教えられるのではなくて、自分自身で学んで体験的に

知る必要があるんだと思います。

(74%)

   

十分にいろいろな体験をしている身ですが、

思考停止で従順になっている自分に気がつきます。

もっと思いついたことをやれよと、自分に言い聞かせました。

  

  

森川:自殺の少ない地域を旅した経験を『その島のひとたちは、ひと

の話をきかない』(青土社)という本に書きました。その旅で気づい

たことですが、自殺が少ない地域の人たちは、とてもよくこちらの話

を聞いてくれるんです。だからといって、こちらの言う通りしてくれ

るわけではないのですが、途中でさえぎったり解釈したりせず、とに

かく聞いて理解しようとしてくれる。そのことが「尊重されている」

という感覚を生んで、自分が認められている、存在していていいのだ

という大きな安心感を与えてくれたんですね。そういう経験って、人

間の成長にとってとても大事なことだと思います。子どもが何かをし

たときに、頭ごなしに叱ったり決めつけたりせず、「どうして?」と

聞いて、本人の言い分を最後まで聞ききる。そうやって聞きとっても

らえる経験をすると、子どもは自分なりにその是非を判断したり、そ

こから学んだりする可能性が生まれます。

雨宮:森川さんのお話を聞くまで、「聞ききる」ことがそんなに大事

なことだと思っていなくて、自分でも会話の中で人の話をさえぎった

り、人からさえぎられるのも普通だと思っていました。むしろ、その

くらいのほうが話が盛り上がっている証拠だと思っていたくらいです。

それ以来、気をつけるようにしていますが、意外と難しいですね。

森川:何かを発言したり解釈したりすることが、その人の有能さを証

明するかのように思わされていますね。実際、解釈が上手になるとそ

れが当たることも増えてくるので、つい嬉しくなってやってしまう。

それは精神科医と患者さんの関係においても常に起こることです。そ

ういう意味で、先に紹介した自殺の少ない島の人たちは、話を聞いて

も解釈はしないんですね。いや、解釈をしたとしてもその解釈を唯一

としない。それはとても心地良かった。

(75%)

    

キーワードは「聞ききる」

教育でも役立つことが書いてありました。

問題児に出合ったとしても、私は「聞ききる」効果を信じて、

聞ききりたいと思いました。

2021年3月21日 (日)

番画:図書館の予約 私は4番目/「世界で一番受けたい授業 スマホ脳」

   

今日は令和3年3月21日。

  

番画です。

   

〈145〉「世界で一番受けたい授業 スマホ脳」

  (2021年3月13日放映)

  

〇1月19日に図書館に予約した

 「スマホ脳」(アンデシュ・ハンセン著/新潮新書)。

 今日現在で24人中4番目でした。

 ※参考:ここでも道草 図書館の予約 私は5番目(2021年2月24日投稿)

 やはりこの本を手にするのは4月かな。

〇この番組は、「スマホ脳」の著者もオンラインで登場した。

 本を手にする前に、新聞やテレビで情報が入ってくる本だ。

 2月24日の記事で書き写した「天声人語」の

 「表示はモノクロに」というのも理解できた。

〇いまだにスマホを手にしていない私。

 つい先日、奥さんと娘は新しいスマホに買い替えた。

 私がスマホを手にするのはいつか。

 スマホを手にしていないとどうなるか。

  

  

〈146〉~〈150〉「アングルモア元寇合戦記 第3話~第7話」

  (アマゾンプライムビデオで視聴)

  

〇元軍と対馬の人たちの戦い。一進一退。

「この国の不寛容の果てに」③ 堂々と生きていていい

    

今日は令和3年3月21日。

   

前記事に引き続いて、

「この国の不寛容の果てに 相模原事件と私たちの時代」

(雨宮処凜編著/大月書店)より。

   

熊谷晋一郎さんと雨宮処凜さんとの対談

   

熊谷:聞く耳を持たない善意ほど怖いものはないのです。「青い芝

の会」のスローガンのひとつに「われわれは愛と正義を否定する」

という有名な言葉があります。その言葉に、私たちはやはり鳥肌が

立つような感覚があるんですね。それは、まさに愛と正義で殺され

かねないという直感が働くからです。たとえば障害児が生まれたと

きに、「この子はどうせ不幸になってしまうから、殺してあげたほ

うが本人のためだ」といった理屈で親が子を殺してしまう事件が

60年代にはありました。そこには優生思想という根拠があり、当

時としてはそれが正義と愛に基づく行為だったのです。

雨宮:正義のためというお墨付きがあれば、人は大量殺人でもして

しまうということですね。

(34%)

  

相模原事件の植松被告も、正義のためというお墨付きがあったから、

19人の殺害に及んだと雨宮さんは言っています。

  

  

熊谷:私は経済については不勉強なので多くを語れないですが、ご

く原理的に語ると、いまの日本の経済状況はデフレだと言われてい

ますよね。だとすれば、足りないのは供給ではなくて需要のはずで

す。立岩真也さん(立命館大学教授)も同様のことを発言されてい

ますが、供給が足りていないならば、みんながもっと働いて商品を

生産する必要がある。けれども現在足りていないのは需要なわけで

すから、それはみんなが「我慢しすぎ」だということではないでし

ょうか。本来であればもっと需要があるべきところを、みんなが我

慢して買わないものだから、経済が回らなくなっている。

 非常に素朴かもしれませんが、そういうふうに考えると、いま問

題にされるべきは個々人の「生産性」ではないはずです。むしろ個

々人の「必要性」をもっと言わなくてはいけない。みんなが我慢し

て、本当は助けてほしいのに「助けて」と言えないし、本当はもっ

と生きたいのに「これ以上生きなくていい」と言わされている。本

来あるニーズが十分に市場化されていないことが、この間起きてい

る現象のストレートな解釈なのではないかと思うのです。

 障害者福祉の分野でも、この十数年、就労支援ということがさか

んに言われて、なんとか少しでも働かせようと強迫観念に駆り立て

られています。しかし、いまの社会全体眺めたとき、本当にそんな

に全員が無理して働かなくては回らない社会なのだろうか。もちろ

ん働くことに喜びや生きがいを感じられるのは確かですが、そうで

ない人まで無理して、必要性に蓋をしてまで働かなくてはならない

のは本末転倒ではないだろうか。そう思います。

(41%)

  

私も経済についてよくわかっていません。

「供給と需要」が「生産性と必要性」に変わったところから、

ムムッそうなのか?と思って読みました。

でも次に引用する文章も読んで、

言わんとしていることが見えてきました。

   

熊谷:必要性と生産性というのは、ひとりの人間に備わった2つの

側面ですが、どちらに価値が宿るかといえば、生産性ではなく必要

性だと思っています。なぜかといえば、生産性というのは誰かの必

要性を満たしたときにのみ、二次的に価値が発生するからです。誰

のニーズも満たさない生産性にはなんの価値もありません。だから、

二つを比較するなら明らかに必要性に優位があるのです。その順序

を間違えてはいけない。言い換えれば、つまり「堂々と生きていて

いい」ということなんですが。

(41%)

   

「生産性」を持たない人間はいなくてもいいといった

植松被告の説に反する考え方です。

もう少し引用します。

   

熊谷:私たちは堂々と自分のニーズを市場化していいのです。この

序列は景気の動向に関係なくそうだと言えるのですが、輪をかけて、

現在の経済の問題がデフレなのだとするば、もっと強く私たちは必

要性の重要さを言っていいはずです。もちろん、社会を運営してい

くには誰かが働く必要があるわけですが、デフレなのに皆が自分の

必要性を押し殺し、ここまで社会の全員が労働に駆り立てられる社

会というのは、果たして本来のありかたなのだろうかと感じます。

社会の中の分配の原則を考えた場合、二種類の方向があって、たく

さん生産した人に多く分配するのを「貢献分配」、より必要を持っ

た人に多く分配するのを「必要原則」として、その二つの原則のミ

ックスが国の経済のありかたを決めると考えることができます。貢

献原則だけで社会を構成しようとすれば、優生思想に限りなく近づ

いていきます。私は、先ほど言ったように生産性よりも必要性に優

位があると思っているので、必要原則の価値をもっと言っていく必

要があると思っています。

(42%)

   

う~ん、難しいけど、ここに引用したくなった文章です。

「生産性」も大事だけど、「必要性」の方が優位。

「必要性」を他の言葉にできないかと思います。

「消費」ではどうだろう?

障害者が施設でサービスを受けるのも消費です。

そういう人もいなければ、経済は回っていきません。

だから「堂々と生きていていい」のです。

  

「この国の不寛容の果てに」② 70~80年代の障害者

   

今日は令和3年3月21日。

   

前記事に引き続いて、

「この国の不寛容の果てに 相模原事件と私たちの時代」

(雨宮処凜編著/大月書店)より。

  

  

熊谷晋一郎さんと雨宮処凜さんとの対談

   

熊谷:私は生まれつき脳性麻痺という障害を持っています。脳性麻

痺の中でも痙直(けいちょく)型と呼ばれるもので、発話には支障

がないのですが、常に身体が緊張していて思い通り動かせない障害

です。

私は1977年生まれですが、当時は脳性麻痺の子が生まれると、

徹底したリハビリをさせて、できるかぎり健常者に近づけようとい

う風潮がありました。特訓して、健常者と同じように動けるように

なれた子は地域で暮らせる。それができなかったら、人里離れた入

所施設に入って、ずっとそこで暮らす。そういう選別というか、健

常者のように暮らせるかどうかは努力しだいという雰囲気が、医療

者にも家族の中にもはっきりと存在したと思います。

(27%)

  

70年代には、医療者の間でも「脳性麻痺でも早くからリハビリを

すれば9割以上は治る」というのが信じられていたのです。ところ

が80年代になって、そうしたリハビリには効果がないというエビ

デンスがだんだん積み重なってきました。リハビリをしてもしなく

ても、動けるようになる人もいるし、動けないままの人もいること

が科学的にわかってきたのです。

それに代わって登場してきたのが障害者運動です。(中略)80年

代にそれが大きく花開いた。そこでは「変わるべきは個人ではなく

社会のほうだ」と主張されました。当事者が積極的に要求をかかげ、

社会をより包摂的なものに変えていこういう運動でした。(中略)

その中で確立された理念のひとつが「医学モデルから社会モデルへ」

というものです。「障害」とは個人の皮膚の内側にある性質ではな

く、皮膚の外側、つまり社会のありかたに起因するのだということ

です。たとえば、車いすの人が階段を登れないのは、その人の足に

問題があるのではなく、エレベーターのない建物に問題があるのだ

と考える。そこからバリアフリーという理念が生まれ、80年代の

障害者運動の大きな追い風になりました。

(27%)

  

1970年代~80年代は体験した時代。

障害者に関してこのような歴史があったのですね。

  

  

知的障害者は「語れない」という誤解

(31%)

熊谷:植松被告が語ったと言われるように「コミュニケーションの

とれない人には生きている価値がない」という見方に対しては、む

しろ「それを読み取れないあなた側に問題があるかもしれないでは

ないか」と言うこともできます。コミュニケーションとは双方向の

ものですから、送信者と受信者がいます。表現されたものを受信者

が理解できなかったとしても、送信者側だけに落ち度があるとは言

えません。社会の側に、それを正しく理解できる回路がなかったか

らだとも言える。

(31%)

    

受信者側にも問題があるというのは、大事な視点です。

熊谷さんはこうも言っています。

  

熊谷:知的障害者に「自分を表現できない人」というレッテルを貼

ることは、言ってみれば植松被告と同じところにおちいってしまっ

ているのです。

(31%)

「この国の不寛容の果てに」①「ありのままの自分」を好きになれずに苦しんでいる

   

今日は令和3年3月21日。

  

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「この国の不寛容の果てに 相模原事件と私たちの時代」

(雨宮処凜編著/大月書店)

 

この本で、私は初挑戦をしています。

うっかり、電子書籍(Kindle版)の注文ボタンをクリックしてしまい、

電子書籍でこの本を読んでいます。

今までマンガは電子書籍で読みましたが、

文字ばかりの本を電子書籍で読むのは初めてです。

これが存外に読みやすい。

タブレットで読んでいますが、文字が大きく、

老眼鏡をかける必要がありません。

ページは簡単にめくれます。快適です。

ページ数は表示されませんが、何%読んだか表示されます。

 

欠点は、引用したい文章に付箋が貼れないこと。

もしかしたらそのような機能があるのかもしれませんが、

現時点でわかりません。

  

会場前方には車いすに乗った人など、多くの障害者が集まっていた。

そうして客席に座る多くが、健常者と思われる人々だった。そんな

中、知的障害があるという40代の女性がマイクを握り、言った。

「みなさんの中に、生まれ変わったら知的障害になってもいいとい

う人はいますか?」

女性がそう問いかけると、満員の会場はシンと静まり返った。

「それとも、いまと同じがいいですか?」

客席を見渡して、ひと呼吸おくと彼女は言った。

「私は、生まれ変わっても障害のある自分がいい」

そして、近くに座る車いすの男性に聞いた。

「障害のある自分が好き?」

男性は、はっきりと「好き」と言った。

生まれ変わっても、今の自分がいい。

彼女が口にした言葉を聞いて、曇っていた視界がパッと開けたよう

な思いがした。恥ずかしながら、「生まれ変わったら」という問い

の答は、「障害のない自分になりたい」だと思い込んでいた。そん

な自分の発想の貧しさに、顔がほてった。

だけど、障害があろうとなかろうと、今の世の中には「このままの

自分」でいることが「罪」とされるような空気が満ちている。常に

上をめざすべきだとか、今の自分に満足しているようじゃ向上心が

足りないとか。そうしてみんな、「ありのままの自分」を好きにな

れずに苦しんでいる。

それなのに、どうだろう。

マイクを持つ女性は、「いまのままの自分が好き」と、嬉しそうに

話している。グループホームで豆腐を作り、お客さんを接客するな

かで「遅い」と文句を言われて傷ついたりしながらも、そんな自分

を丸ごと受け入れている。

そんな彼女を見ながら、思った。

植松被告は、きっと自分のことが好きではなかったんだろうな、と。

「そのままでいい」どころか、「いまのままじゃダメだ」って言わ

れ続けてきたのかもしれないな、と。

(12~13%)

   

今の自分が好きかと問われれば、どうだろう?

確かにまだ十分ではない自分に満足できず、

もっといい自分があるはずと思っています。

自己嫌悪することもあります。

「ありのままの自分」を受け入れていません。

これは「今の自分が好きか」と問われれば、

「好きではない」となってしまいます。

好きになったなら、心は変に騒がしくならないだろうな。 

  

神戸金史さんと雨宮処凜さんとの対談

  

神戸:優生思想的な発想というのは誰にでもあると思います。子ど

もが生まれるなら、できれば見た目がいいほうがいいとか、スポー

ツができてほしい、学歴はないほうがいいとか、そういう考えと地

続きに、障害もないほうがいいという発想もあるのでしょう。それ

は否定しきれないものだと思います。けれど基準を誰かに強いられ

ることはあってはならない。

健常者か障害者かを問わず、実際に子育てをしていくなかで、でき

ることとできないことがあり、願った通りに育ってくれないことは

よくあります。人間だから当然のことです。そのときに「それでも

いいじゃないか、この子はこの子だ」と思えるかどうか。言い換え

れば自己肯定感ですね。自己肯定感を持つことが、内なる優生思想

の歯止めになる。これは障害を持つ子どもを授かって20年、一緒

に育ってきたから思えることです。

「それでいいじゃないか」と思える人は、他者に対しても寛容にな

れるはずです。植松被告はその自己肯定感がとても低かった。役に

立つ人間になりたいとずっと思いながら、なれなかった。それで、

あの思いつきを手にしたときに、自分が社会に役に立てると確信し

てしまったのだと思います。

(26%) 

   

「それでいいじゃないか」と思える人は、

他者に対しても寛容という部分が印象に残りました。

自分に対しても、他者に対しても「それでいいじゃないか」と

思えたら、いい世の中になるでしょうね。

でも、教師という職業は、生徒を「それでいいじゃないか」と

思えない職業だなと思います。

気をつけないと。

 

2021年3月18日 (木)

タブレット端末500台納品

   

今日は令和3年3月18日。

  

今日は勤務している中学校に

500台のタブレット端末が納品されました。

すでに教室にはルーターがセットされていて、

電源は入っていて、小さな緑の明かりが灯っています。

スタンバイOKです。

来年度は、いよいよ生徒がタブレット端末を所持した授業が

始まるんだと思いました。

   

ふと思った。

このブログ「ここでも道草」で初めて

「タブレット」という言葉が出たのはいったいいつだったのか。

調べてみました。

   

この記事でした。☟

ここでも道草 H25 4月の花々18(2013年5月4日投稿)

この記事を読みなおすと、初めてタブレット端末を買ったことが

書いてありました。

8年前の5月に買っています。

タブレット端末歴、まもなく8年だとわかりました。

  

 

退職までの1年間。

できるだけ生徒がタブレットをいじくる授業を体験したい。

2021年3月17日 (水)

番画:「アンゴルモア元寇合戦記」①②

   

今日は令和3年3月17日。

  

教科書「新編新しい社会 歴史」(東京書籍)から引用します。

  

フビライは高麗を従え、さらに日本を従えようと、使者を送って

きました。執権の北条時宗がこれを無視したため、元は高麗の軍

勢を合わせて攻めてきました。1274(文永11)年には、

馬、壱岐をおそった後に九州北部の博多湾岸(福岡市)に上陸し、

集団戦法と火薬を使った武器で幕府軍を苦しめました(後略)

(76p)

   

「対馬、壱岐をおそった」とあります。

さらに絞って「対馬をおそった」とあります。

この出来事を扱ったアニメ番組があることを知りました。

生徒情報です。

さっそく見ました。

  

もちろん番画です。

  

〈143〉「アンゴルモア元寇合戦記 エピソード1 率土の最果て」

  (アマゾンプライムビデオで視聴)

  

〇教科書だとほんの少ししかない記述が、

 エピソード12本で表現されているとなるとワクワクする。

 こういう作品があるのですね。

 興味のある方はここをクリック→amazon

〇もう1本見る。

  

〈144〉「アンゴルモア元寇合戦記 エピソード2 佐須の戦神」

  (アマゾンプライムビデオで視聴)  

 

〇いよいよ元軍と対馬軍との戦いが始まる。

 博多に来たのが最初ではないのだ。

  

近いうちに12本見てみたいです。

  

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