企画展「三河地震と戦争とー体験談から迫る『隠された大災害』」に行く
今日は令和8年7月5日。
蒲郡市博物館での催しのチラシです。
行ってきました。
行ったのは今年の1月22日。
チラシの裏面にあった文章をここに引用します。
昭和20年(1945)1月13日午前3時38分、寒い冬の暗がりの中で
三河地震は発災しました。この地震はいわゆる内陸直下型地震で、
蒲郡市を含む西三河南部(安城市・西尾市・幸田町)の比較的狭い
範囲において、死者2,306人、全壊家屋7,221棟、半壊家屋は
16,555棟という甚大な被害をもたらしました。また、この地震は
戦争中に発災したため、国民の士気低下につながらないよう軍部に
よって情報統制され、「隠された地震」とも言われてきました。
こうした状況から、現存する文書や写真資料は限定的でしたが、
平成15年(2003)以降、名古屋大学地震火山防災研究センター
(当時)によって震災体験者への聞き取り調査、そして調査に基
づく体験画の作成が行われました。蒲郡市内でも6名の方が調査に
協力され、体験画とともに地震発災時の貴重な証言が得られてい
ます。今回の展示では、当時調査を担当された木村玲欧(兵庫県
立大学)、林能成(関西大学)両氏からご提供をいただき、こち
らの資料を一同に紹介します。
また、これから起こりうる南海トラフ巨大地震に対する最新の防
災、減災対策についても紹介します。本企画展の会期中に、三河
地震は発災から81年目、同じ直下型地震として関西地方に大きな
被害を与えた阪神・淡路大震災も、発災から31年目を迎えます。
身近に起こりうる大災害にどう備えるか。体験談を通して、また
最新の防災、減災対策から、日ごろの備えについて考える機会と
なればと思います。
愛知県に住む者として、三河地震は知っておくべきことだと思います。
前年昭和19年(1944年)12月7日の東南海地震と
セットで覚えておくべき、記録に残しておくべきものだと考えています。
館内で撮影したものです。
三河地震を体験画で伝えようという試みです。
絵をたくさん見てきました。
チラシに刷られた絵を掲載します。
段差の大きさに驚きます。
これらの段差を今も見られる場所があります。
その一つが、蒲郡市の宗徳寺です。
ここでも道草 深溝断層を見ることができる場所/蒲郡市2カ所(2025年4月6日投稿)
ここでも触れています。
この企画展に行った後に、宗徳寺に行っています。
その時のことは、次の記事に書きます。
館内で撮ったこの写真も印象的でした。
体験画でも、つっかえ棒をした建物の絵が何枚かありました。
当時の写真は、少しは残っているようです。
そのことを書かれた掲示です。
その写真がどこで撮影したものか、現時点でも尋ねているのが
印象的です。
今じゃないとわからないことです。
この写真も館内で撮影したもの。
東南海地震で、建物が倒れたりしたので、
地震直後にすぐに避難できるように、
1階で就寝していたことで、建物の下敷きになった被害者が
多く出てしまった・・・残念です。
簡単ですが、以上が企画展を見た報告です。










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