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2025年10月21日 (火)

家具の五大産地の一つ、福岡県大川市について

  

今日は令和7年10月21日。

  

前記事の続き。

福岡県大川市。木製家具の5大産地の一つ。

まずは、5大産地を調べました。

このサイトが参考になりました。

株式会社プロセス井口HP 日本の誇る木製家具の5大産地の歴史と特徴について

ここから引用します。

  

日本には「家具の5大産地」と呼ばれる地名があります。480年の歴

史をもつ大川家具の大川市、徳川家光に端を発する漆塗の静岡市、

飛騨家具の名で知られる高山市、備後キリの使用で有名な府中市、

近代日本のフロンティア精神を継ぐ旭川市、などの名が一般的に挙げ

られ(かつて大川・静岡に次いで家具生産3位の座にいた徳島市を加

えて6大家具の産地と呼ぶこともあります)、日本の家具生産をリー

ドしている形です。 

  

日本全国、家具はいたるところで作られていると思っていました。

突出して作っている街があったのですね。

  

大川市。

福岡県のどのあたりか。次は場所を調べました。

オンド日記

ここに載っていた地図を転載。

Img_4660

確認しました。

ではなぜこの大川市で家具製造が盛んになったのか。

これも上記の「株式会社プロセス井口HP」に

詳しく説明してありました。長いけど引用します。

  

日本で最大の家具生産地として知られるのが福岡県大川市です。人口

4万人規模の小都市ですが、年間約330億円(令和元年、インテリア

産業関係統計資料調べ)の家具生産売上高を誇り、数十年近く日本の

家具生産のマーケットリーダー的ポジションを維持している存在です。

歴史的に見ても、大川市は家具生産地としてお手本のような好条件を

備えていたと言ってよいでしょう。木材運搬に適した広大な筑後川と

五ヶ浦廻船で知られる海運ネットワーク、日田をはじめとする九州の

豊潤な森林資源、貿易の玄関口として栄えた福岡の持つ経済的安定性、

と、このような好条件に恵まれた大川市が日本の家具生産を牽引する

ようになるのも、地政学的に見ると自然な流れだったのかもしれませ

ん。

  

生来、家具づくりの地として恵まれた大川が家具づくりのマーケット

リーダーとして飛躍するのは、今から遡ること480年前、室町時代後

期1536年の時代のことです。榎津久米之介という、当時の足利幕府

幕臣の弟が、出家後地元の職人たちの船大工技術を活かし指物家具を

作らせたことがきっかけで、大川市に家具づくりが定着しはじめたと

言われています。

今でこそイメージが湧きにくい「船大工」ですが、船での物流・運搬

が一般的であった当時としては、交易の道具としても戦争の道具とし

ても船は重要な役割を担っており、戦国大名も兵糧・兵器の運搬を支

えるために多くの海軍を要しました。戦国時代が終わり、戦争利用の

船の需要が減ると、こうしたかつての船大工たちは、次第に平和な家

具づくりに己の技術を転用し始めたのではないかと考察します。

  

船大工が家具作りを始めた。なる程です。

  

豊川市内にもかつて牛久保地区は家具の街でした。

道の両側にたくさんの家具屋があったことを、

子どもの頃の思い出として覚えています。

今は家具屋さんは残っていますが、昔の賑わいはないです。

   

そんな地区を見ているので、

現在も家具製造が盛んな市があるのは、

衰退に見慣れた昭和の男としては、嬉しいですね。

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