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2024年9月8日

2024年9月 8日 (日)

シャインマスカットに被害を与えるカメムシ

   

今日は令和6年9月8日。

  

毎年、お盆の頃に、ブドウ「巨峰」を買いに行っている農家さん。

今年は、シャインマスカットを栽培していると知って、

あらかじめ電話して、販売が始まっていることを確認して、

買いに行きました。

  

「カメムシ」が大量に発生して、困っちゃう!

農家のおじさんが、電話でも言っていましたが、

実際に行ってみて、処分するブドウの量を見て、

たいへんさがわかりました。

 

私の関心は、どんなカメムシが大量発生をしたのかでした。

(農家の人には申し訳ありませんが・・・)

ちょうど、カメムシに集(たか)られたブドウを見せてくれました。

ビニール袋に入れられていたものを、

カメムシが逃げないように気をつけて見させてもらいました。

 

これです。

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チャバネアオカメムシ!

  

山梨県の農家でも、チャバネアオカメムシの被害にあっている記事。

かがやき農園のシャインマスカット。今年はカメムシ被害に悩まされています。

2024年9月3日の記事です。

今日、行った農家さんも、広い地域でカメムシが発生している

教えてくれました。

ブドウを包んだ紙袋の上からも、カメムシは口を刺して、

果汁を吸うそうです。

それは厄介。

ブドウが大きくなって、包んでいる紙袋に綻びができると、

そこから侵入することもあるとのこと。

  

尖閣諸島がなぜ日本固有の領土なのか

   

今日は令和6年9月8日。

  

この写真を見てください。

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この島のフォルムって、惹かれませんか。

この写真は、ここから転載しました。

尖閣諸島フォトギャラリー 内閣官房領土・主権対策企画調整室

これは尖閣諸島にある南小島の一部だそうです。

  

より調べてみました。

毎日新聞の写真です。↓

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尖閣諸島にある大きな島です。

  

この尖閣諸島が今、よくニュースで出てきます。

中国が古来より中国の領土だと言ってきたからです。

昨晩、YouTube「武田邦彦の『ホントの話。』第169回」を見ました。

尖閣諸島のことを扱っていました。

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58分から見てください。

  

武田邦彦さんが言ったことを、聞き書きします。

  

尖閣諸島については、日本人がしっかりしなくてはいけない。

尖閣諸島は1968年まで、尖閣諸島は国境ですから、

いろいろ問題があった。

その度ごとに、日本政府は、尖閣諸島でこういうことがあったけども、

あなたのところは関係があるかと、

中国政府に問い合わせています。

(中略)

その度に、中国は、尖閣諸島は、私たち中国には関係ありません。

ずっと1968年まで、そう答えています。

だからその記録は、外交文書なんで全部残っているんで、

NHKはこの時こそ、尖閣諸島のいきさつをちゃんと放送するべきで、

(中略)

1968年に国連が、東アジア資源調査団というのを作って、

東アジアを全部調査して、そん時に、

尖閣諸島の付近の海に石油があると、発表しました。

この発表の直後から、中国は尖閣諸島が中国のものだと

言い始めたのです。

NHKは、これを放送すべき。

  

武田先生が、日本人がしっかりすべきというのは、

尖閣諸島が日本の領土であることを、

歴史の勉強をして、理論的に説明できるようにして

おかなければならないということだと判断しました。

中国が、自分たちの領土だって言ってきても、

反論できるようにしておけということです。

そして、NHKは、今回のラジオ放送の不祥事を伝える時に、

この機会を利用して、日本人に、なぜ尖閣諸島が日本の領土なのか

伝えるべきと言っています。

最もです。

より詳しく調べたのが、

先ほどリンク先を示した内閣官房のサイトです。

  

政府はちゃんとわかっています。

内閣官房領土・主権対策企画調整室 「尖閣諸島は日本の固有の領土です」

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以上です。

武田先生の話が、ここに詳しく書かれています。

動画のおかげで、私は中国に対して反論ができるようになりました。







  

「日本文明の真実」④ なぜ日本では翻訳が活発に行われたのか

   

今日は令和6年9月8日。

  

9月6日の記事の続きで、

「歴史の大ウソを打破する日本文明の真実」

(武田邦彦著/ビジネス社)から引用します。

  

なぜ日本だけがヨーロッパの書物を翻訳できたのか

ちょっと数え上げただけでも、これほど多数の翻訳書があるわけで

す。

明治の初期にも医学方面の著書訳書は依然として旺盛でした。たと

えば、明治元年には松山棟庵(とうあん)の『窒扶斯(チフス)新

論』、大坂医学校校発行のボードウィンの口述書である『日講記聞」

や海軍病院刊行の『講延筆記』など、あげればきりがありません。

江戸時代で自然科学といえば数学と医学が主でした。維新直後には

物理化学工学などの分野の翻訳も多くなります。日本固有の積み重

ねがあった数学と違い、それらの分野では、日本はもともと欧米に

対抗しえるものは皆無であり、おしなべて欧米の一方的な輸入直訳

だったからです。当時の日本人はそれらの翻訳書によって貪欲に吸

収していきました。

海外の書籍を翻訳するーーー現代人は「そんなの当たり前じゃない

か」と思うでしょう。外国の言葉で書かれた本は、日本語に翻訳し

ないと、みんなが読むことはできませんから、

しかしこの当時、ヨーロッパの書物を翻訳する力は、アジア、アフ

リカなど全世界的に見ても、ほとんどの国が持ち合わせていなかっ

た。

アジアでは比較的文明の高いインドや中国でも、外出版物の翻訳は

ほとんどしていません。自国語に翻訳したのは、日本だけなのです。

「なぜ日本だけがヨーロッパの書物を翻訳したか?」というところに、

私がこの本で主張したいポイントが集約されております。

日本は身分制度がない国だからこそ翻訳文化が発達した。つまり国

民全体で海外の技術を会得しようという意識が常にあった、という

ことです。

身分制度のある国では、海外の知識を取り入れようとか最新の情報

を知見するとかは、特権階級である上層部がやればいいのです。だ

から翻訳して知識を広めることは、逆効果だった。支配層の力を強

くするためには、貴重な本は翻訳しないで、英語とかドイツ語が読

める一部の支配層が理解して、支配の役に立てればいい。これが世

界の国ぐにの基本的思想です。

つまり身分制度、階級制度のある国では、支配層が被支配層を統治

しなければならない。日本以外の他の国はすべて、支配層が被支配

層を統治していて、厳然たる上下関係がある。したがって海外から

もたらされる新知識を上層部の専有にすることによって、国を支配

するための道具として使ったわけです。

ところが日本には、この支配被支配関係がない。もとから天皇陛下

の下においては、全部同じ「国民」であるという発想ですから。だ

から新知識は国民が等しく読めなければいけないということで、当

たり前のように翻訳するわけです。

(87〜88p)

  

当たり前と思っていた「翻訳」にも、こんな裏話があるのですね。

武田邦彦さんは、たくさん勉強をしているなあと思います。

現代はどうなんだろう。

翻訳は、どの国でも行われているのか。

それとも、日本は、今も翻訳が多いのか。

疑問に思います。

  

そういえば、翻訳に関して、

チャンネル登録している「かしまし歴史チャンネル」で

面白いことを言っていました。

  

明治時代に英語「I love you」を翻訳するのに、

日本人は苦労したとのこと。

日本人で、相手に、「私はあなたを愛しています」なんていう人は

あまりいません。だから、どう訳すかです。

夏目漱石は、「月が綺麗ですね」と訳したそうです。

きりゅうさんが紹介していました。

関連本がありました。

「I love youの訳し方」(望月竜馬著/東京雷鳥社)

この本、図書館にさっそく予約しました。

  

小説丸 日本の翻訳文化って、どこがすごいの?【教えて!モリソン先生 第2回】

このサイトにも面白いことが書いてありました。

  

分かりやすい具体例を言うと、和製漢語だね。和製漢語というのは、明

治以降、日本において欧米の言語の訳として新しく作られた日本語のボ

キャブラリーのことだ。数えきれないほど沢山あるけど、いくつか例を

挙げると、「社会」 (society)、「文化」 (culture)、「文明」 (civili

zation)、「民族」 (folk)、「時間」 (time)、「美術」 (art)、「空間」

(space)、「科学」(science)、「分子」(molecule)などなどが和

製漢語にあたる。

  

翻訳のために、明治時代以降に生まれた和製漢語。

面白そうです。

  

有名な話だけど、「恋愛」という言葉もまた、当時のロマン派の詩人、

北村透谷により「love」の訳として初めて作られたものだったんだ。

それまでは「恋」とか「色事」とかいろいろな言葉があったが、「恋

愛」という言葉はなかったし、動詞としての「愛する」もなかったん

だよ。

  

これまたビックリ。

全然有名な話ではないと思います。

さらにもう一つ引用します。これも驚きです。

 

例えば「である」。私たちが記事、論文、エッセーなどを書くときに

しょっちゅう使う、あの「である」という語尾もそうだ。ドイツ語、

英語、フランス語など、ラテン語を起源とする言語にある「be 動詞」

(copula)は、そもそも日本語にないから(前近代の「なり」、「は

べり」、「だ」、「でござる」等を別としてね)、明治の近代化の立

役者たちは欧米の諸学問を翻訳し導入する際、そのcopulaに当たるよ

うな言葉を作らねばならなかった。

彼らとしては、「近代国家」を創設するために「近代国家的言語」を

生み出すことが必要条件であり、その近代国家的な言語はなるべく西

洋の言語に近い方が望ましいと考えていたんだ。「なり」、「はべり」、

「だ」、「でござる」などはあったけれど、歴史的言葉遣いという

ニュアンスが定着していたため、適切とされず、結局「である」が日

本語の「be動詞」として成立し定着したんだね。

(中略)

「である」の起源説はいろいろあるけれど、尾崎紅葉が初めて使った

という人もいれば、島村抱月や国木田独歩が作ったという人もいる、

いずれにせよ、重要なのは、その当時すなわち明治中期から「である」

が普及するに及んだということだ。

そして、「である」以外にも、明治以前の文章と明治以降の文章を比

較すれば分かるように、文法的、構造的相違点は限りなくあって、そ

の多くの違いは欧米の言語との衝突によって発生したものなんだね。

  

「である」は明治時代生まれなんですね。

それも、翻訳の中で生まれてきた言葉。

いやあ、ビックリです。

  

明治時代に大量に行われた翻訳は、

現代の言葉に大きな影響を及ぼしているようです。

これはこれで、関連本があるようです。

「翻訳語成立事情」(柳父章著/岩波文庫)

この本も図書館に予約してしまいました。

  

武田先生の本から、興味が広がりました。

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