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2024年8月7日

2024年8月 7日 (水)

今日見たドラマ「ゲゲゲの女房」に、中村靖日さん登場

  

今日は令和6年8月7日。

  

2010年に放映された連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」の

再放送が、ケーブルテレビCCNetで放映されています。

4月スタートで、ちょうど半年で終わるように、

当時と同じように、毎週6回分が放映されています。

今週は19週目。今日は第111回を見ました。

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先週の予告によると、水木しげるの作品「墓場鬼太郎」が、

「ゲゲゲの鬼太郎」にタイトルが変わる週です。

どのような理由で、「墓場鬼太郎」が「ゲゲゲの鬼太郎」になるのか

私には非常に興味があります。

そこが今週の楽しみ。

  

出版社から、「墓場鬼太郎」の歌の歌詞を作ってほしいと

水木しげるが依頼されます。現在、すごく悩んでいます。

ここでできる歌詞、そして曲は、

あの有名な「ゲゲゲの鬼太郎」のテーマソングだろうか。

きっとそうだろう。

エンディングの「カランコロンの歌」も歌詞は水木しげるだそうです。

その2曲が生まれる週なので、楽しみです。

この2曲については、次の記事に書くとして、

今日の番組に登場した人について書きたいです。

  

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この方、水木しげる夫妻が極貧時代に、

2階に居候して、漫画を描いていた中森恒夫さん。

演じるのは中村靖日(やすひ)さん。

ドラマ「ゲゲゲの女房」の前半では、

水木夫妻と苦労をともにする売れない漫画家を、

いい感じで演じていました。

今日の登場は、久々でした。

  

ドラマに出ていない期間に、中村靖日さんの訃報が伝わりました。

驚きでした。

淡々としていて、エネルギーをセーブして生きている、

そんな人に思えたので、長生きをされる人かと思っていました。

およそ1ヶ月前の7月10日、急性心不全でお亡くなりになりました。

51歳でした。早いですよ。

  

水木家を去るときに、水木しげるが、中森さんに、

「中森さん、元気でやってください!」

と声をかけます。

中森さんは、微笑んで、右手を挙げて、さよならをします。

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14年前のドラマですが、永遠に去って行った

中村靖日さんと重なるシーンでした。

     

こういう俳優さんがいるから、ドラマはできるんですよね。

「ゲゲゲの女房」は、いい役だったと思います。

印象に残りました。

  

ご冥福を祈ります。
  

20240804 山伏岳等登山報告⑨ またSA駐車場にアレチヌスビトハギ

  

今日は令和6年8月7日。

  

井川湖付近で道を間違えて、1時間ほど余分にドライブしました。

眠っていたKさんも起きて、コースを確認して、

それ以後は、帰路を正しく帰りました。

新東名を使いましたが、掛川SAで休憩しました。

その駐車場で、またあの草を目撃してしまいました。

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アレチヌスビトハギです。

  

6月6日に富士山を登った帰り、

静岡SAの駐車場で見かけています。

サービスエリアに、どのようにしてアレチヌスビトハギの種が

やってくるのだろう。

  

今のうちに刈り取らないと、花が咲いて、

ひっつき虫ができてからでは、大変だぞと思いました。

  

町内会の公園のアレチヌスビトハギは、

確実になくなっていると思っています。

また今週、公園に行くつもりです。

  

以上で、8月4日の登山報告、終了です。

実体験して、それを元に調べてまとめることは、

面白いです。

ただ時間がかかりますね。

20240804 山伏岳等登山報告⑧ 映画「井川五郎ダム」後編

   

今日は令和6年8月7日。

  

前記事に引き続き、登山報告から脱線しちゃっているけど、

映画「井川五郎ダム」について書いていきます。

  

映画の写真を使っていきます。

  

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この川も、ダムができると水没してしまいます。

  

さらにダムができてきます。

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大井川の水を、仮排水トンネルではなくて、本流に戻した日です。

  

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救援の潜水夫が潜って、水圧で水門に足を取られていた潜水夫を

救助。九時間が経っていましたが、死なずにすみました。

この出来事を映画化したのが、「九時間の恐怖」です。

どこかでこの映画と出合うことはあるのかな。

  

  

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新しい水田でまた田植えの季節です。

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水没するために、壊される中学校の校舎。

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民家も壊されて、新しい家に移転をします。

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新しい小学校です。

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新しい中学校です。

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やがて湖畔になる台地には、新しい家々が立ち並びました。

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ここです。

本当は私たちは、今回、通ることがなかった井川の街並みです。

道を間違えたおかげで、

この街中を、私たちは往復しました。

上の写真の街並みは、グーグルアースの写真の

赤枠のところだと思います。

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今は、井川湖に接する街ですが、以前は高台だったところだと思います。

今回のような歴史を知っていたら、もっとじっくり見ただろうな。

    

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ダムの貯水が始まりました。

つまり、村の3分の1が水没するのが始まったのです。

 

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水没していく家々です。

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ダムの放水が始まりました。

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映画の中では、工事中に亡くなった人のことは、

出てきませんでした。

命を大事にする優れた工法だったのかなと思いましたが、

次の場面で、ドキッとさせられました。

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殉職者はこんなにもたくさんいたのですね。   

  

  

いよいよ竣工です。

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湖畔になった街々です。

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上空から見た井川村です。

先ほどグーグルアースの写真で示した場所です。

井川湖ができる前は、高台だったところです。

  

これで映画は終わります。

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本当は冒頭に出ていた画面です。

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私がこの映画を見ることができたのは、

科学映像館のお陰のようです。

科学映像館HP
  

科学映像館の概要の写真を載せます。

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おかげさまで、とてもいい映画を見ることができました。

1957年。

私が生まれる4年前。

そんな頃の生活の様子もわかる充実した1時間19分でした。

  

  

次が登山報告ラスト。










  







  

20240804 山伏岳等登山報告⑦ 映画「井川五郎ダム」前編

  

今日は令和6年8月7日。

  

前記事に引き続き、登山報告をうっていきます。

  

映画「井川五郎ダム」(1957年)を観ました。

戦後に井川にダムと発電所を造るという電源開発事業が再開し、

住民と揉めながら、話し合いが行われ、

井川村が3分の1水没するのを、中電が補償することを約束。

合意が得られ、工事が始まり、ダムが完成して、

貯水が始まるまでのドキュメンタリー映画でした。

1時間19分の映画。

  

写真を並べて、後日、内容を思い出すきっかけにしたいです。

  

昭和27年頃の井川(いかわ)村。

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井川村は静岡県の山中にあり、交通不便のために、

隔絶された村でした。

  

発電所とダム建設のための測量隊が入村。

村の人たちは、ダムによって多くの家が水没することもあって、

反対する声も多かったです。

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それでも話し合いは進み、村民の生活を向上させることを約束して、

工事は行われることになります。

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中部電力の建築事務所。

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工事を請け負う間組の事務所。

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大井川鐵道井川線は開通。発電所・ダム建設のための

資材が、次々に運ばれるようになります。

  

 

井川村では、新しい宅地や耕地が補償で作られました。

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工事が始まります。

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最初に造られたのが、仮排水トンネル。

このトンネルによって、大井川の流れは変えられて、

ダム建設ができるようになります。

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排水トンネルに、大井川の水が流れ込みました。

  

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この日、起工式。

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この右の旗は昔見たマークですね。

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お散歩 Photo Album. 鉄蓋の殿堂

  

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発破が行われ、崖が崩されます。

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コンクリートが投入されます。

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この道具は、映画の中で電気バイブレーターと呼ばれていました。

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この器具はどんな役目があるのか調べました。

  

ビルディマガジン 

ここから引用。

  

まだ固まっていない状態のコンクリート(生コン)の中に差し込み、

振動を与えて気泡の脱泡を行い、コンクリートの強度を高め、固め

る機械です。

  

なるほどです。

ただ、今はこのような形ではないです。

動画で選びました。

EXEN コンクリートバイブレータ

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映画のように、両手で使うのではなく、

片手で使えるものになっています。

太さがとても細くなったのが、片手で使える理由かな。

  

この動画がいいなと思ったのは、

バイブレーターで出てくる気泡を見ることができること。

正確にいうと、気泡は見られないので、

20240804 山伏岳等登山報告⑥ 井川五郎ダムの「五郎」?/道を間違えた原因の交差点

   

今日は令和6年8月7日。

  

前記事に引き続き、登山報告をうっていきます。

  

今回、一番よく目にしたガガイモの仲間の

イケマの写真です。

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ツル性の植物で、平らであれば、匍匐前進のように

広がっていき、何か他の植物があれば、

それを覆い隠すようにして乗り越えていきます。

山の中の登山道でもよく見かけましたが、

車道の両脇に育ち、道路にはみ出してきており、

自動車で踏んづけてしまいそうになるほどでした。

そしてこの植物のおかげで生育できる虫にも出合え増した。

印象に残ったイケマです。

  

写真には、ホタルブクロも写っています。

まだ咲いていたんだという感じ。

見つけると得した気分になれる花です。

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牛首峠から猪之段登山口まで車道を歩いて、自動車の場所へ。

午後0時30分頃でした。

  

今日の登り始めは、8時25分でしたから、4時間山の中にいました。

②のコースだけなら、1時間45分ほど歩きました。

  

   

それでは、帰路の話です。

来る時には、新東名の静岡ICで下道に入り、

北上しましたが、

帰りは、井川ダム経由で島田・金谷ICから

新東名に入ることになりました。

  

井川ダムの上を走りました。

右手には、井川湖の水がたっぷりあって、

このダムで、こんな大量の水を止めているんだよなと思いました。

全面の崖に、井川ダムの名称が掲げられていました。

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グーグルアースの写真です。

「井川五郎ダム」とありました。

「五郎」ってなんだ?と車中で話題になりましたが、

解決しませんでした。

家に帰ったら調べることにしようと思いました。

実行します。

  

Wikipedia 井川ダム

このサイトによると、井川ダムの完成は昭和32年。

使用するコンクリートの量を大幅に減らし、

それでいて強度は保たれる新しい工法を外国に学んで、

日本で初めての方法で造られたダムのようです。

  

サイトから一部引用します。

  

中部電力初の大プロジェクトは遂に完成へと至った。なお、井川ダ

ムは別名井川五郎ダムとも呼ばれる。これは中部電力の初代社長で

井川ダム建設の陣頭指揮を執った井上五郎の「五郎」を取ったもの

であるが、竣工式の際にダム工事を担当した間組社長・神部満之助

の「フーバーダムの様に人名を冠したダムがあってもいいじゃない

か」という提案がきっかけとなっている。

  

なるほどね。当時の中電の社長さんの名前だったんだ。

フーバーダムは、いろいろあって、工事を始めた時の

大統領の名前がついたようです。

「井川五郎ダム」

工事に携わった人たちは、この名前に対してどう思ったのだろう。

  

上記のWikipediaによると、この井川ダムに関して3本の映画が

紹介されていました。

引用します。

『九時間の恐怖』(1957年)

  島耕ニ監督のセミ・ドキュメンタリー作品。

『井川五郎ダム』(1957年)

 赤佐政治監督の短編映画(企画 株式会社間組 制作 英映画社 

 白黒作品)リンク先はNPO法人科学映像館YouTubeサイト 。

『ヘブンズ・ドア』(2009年) - 1997年公開のドイツ映画『ノッ

 キン・オン・ヘブンズ・ドア』の翻案。

  

昨晩、YouTubeで観ることができる「井川五郎ダム」を観ました。

それについては、次の記事で。

  

   

井川五郎ダムを通過して、私たちはいつの間にか道を間違えていま

した。

ナビがあったでしょと言われそうですが、このメンバーで

登山する時には、あまりナビを使いません。

下調べをKさんがしっかりしてきてくれるので、

他のメンバーはおんぶにだっこ。

登山道も、往復の道路も、Kさんの指示で動くことが多いです。

今回、井川ダムを走っている時に、

Kさんは助手席で睡眠状態でした。

前の晩、オリンピックの卓球を遅くまで見ていたというので、

睡眠不足なのでしょう。

運転の私は、標識に従っていけば大丈夫と思い、

快調に走っていきました。

  

でも途中で気がつきました。

南に下りていかなければならないのに、

右手に井川湖があるのはおかしい。

井川ダムの上を通って、井川この横を走るというのは、

上流に、つまり北上していることになると。

そうこうしているうちに、次の人造湖「畑薙(はたなぎ)湖」が

ナビの画面に現れてきました。

  

明らかにおかしい。

地図で確認して、もと来た道を引き返しました。

車中で、昔、南アルプスを上った話とか、

今度は南アルプスの光岳(てかりだけ)に登ってみたいとか、

南アルプスの話を3人でしていて、夢中でした。

それがいかんかったです。

私たちは、いつの間にか、青の南アルプスの足元に迫っていました。

  

どこで間違えたのか、検証しました。

グーグルアースの写真です。

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私たちが走ったのは、緑色で表しました。

井川ダムの上を走って北上。

そして右手の方向、つまり東に行っています。

本当は、緑の丸で囲んだ交差点を、急角度ですが、

左折して、見にくいですが、紫のコースを走らなくてはならないのです。

南アルプスのお話で盛り上がっていた私は、

この交差点を見逃しました。それが道を間違えた始まりです。

  

じゃあ、その交差点はどうなっているのか。

グーグルアース、ストリートビューの写真を載せます。

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道なりだと、つい右に行ってしまいます。緑の線。

でも本当は、紫の線のコースでした。

赤で囲んだ看板に注目。

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右に行けば、井川。井川に行っちゃ行けなかったのです。

左に行けば、川根本町、島田市。そちらに行かなければ

いけなかったのです。

地図が頭に入っていませんでした。

社会科教師として、恥ずかしいことでした。

  

こうやって振り返っておけば、次回は大丈夫かな。

ロスタイムは1時間ほどです。

でもね、井川の集落を通過したのは、

無駄ではなくなります。

映画「井川五郎ダム」を観たからです。

 

次の記事に書きます。

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