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2023年12月24日

2023年12月24日 (日)

映画「黒部の太陽」と豊川市

   

今日は令和5年12月25日。

   

火曜日(26日)に、町内会の集会所で映画会があります。

上映されるのは、「黒部の太陽」(1968年公開)です。

町内会の回覧板によると、

映画「黒部の太陽」と豊川市は関連があるそうです。

でも、その回覧板には、どのように関連したのかの答えが

ありませんでした。

こういうのに、私は弱い。

ほっとけない。

豊川市がどう関連したのか、ネットで調べました。

  

ここがとても参考になります。

東三河を歩こう 「黒部の太陽」記念石  豊川市穂ノ原2丁目

ここから引用します。

  

昭和42年(1967年)9月から11月の3ヶ月間、三船敏郎・石原裕次郎

主演で黒部ダム建設の物語を描いた映画「黒部の太陽」のロケが、穂

ノ原にある熊谷組(現在のテクノス株式会社)で行われた。当時、黒

部ダムは大変話題になり、わざわざ見に行った人も多かったはず・・・

黒四ダム建設当時と同じトンネルを造り、その時にセットで使われた

石の一つが、テクノス株式会社の門を入ってすぐ左手に展示されている。 

豊川工場は熊谷組で使用する大型の建設機材や資材が豊富にあっことか

ら、ここで撮影が行われたのではないかという。

  

車で10分ほどで行ける場所です。

明日、行ってこようと思います。

入らしていただけるなら、テクノス株式会社の門を入って

すぐのところにある削岩機で穴があけられた石を見てきたいです。

どんな石なのかは、上記のサイトを見るとわかります。

  

本物と同じトンネルの写真も、熊谷組のサイトに載っています。

熊谷組HP 「黒部の太陽」~黒部川第四発電所・大町トンネル工事

その写真を転載します。

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この中で、映画は撮影されたのですね。

まだ見たことがない映画なので、見てみたいです。

  

他にも豊川市の関連を教えてくれるサイトがありました。

ませぎ商店 ブラタモリ、黒部ダム編!映画「黒部の太陽」は愛知県豊川市で撮影したんですよ。  

ませぎ商店は、豊川市諏訪(すわ)にあるお米屋さんです。

このサイトに、次のように書いてありました。

  

黒部ダム完成から5年後、1968年、昭和43年に映画「黒部の太陽」

が完成したそうです。石原裕次郎さんと三船敏郎さんが主演した有

名な映画ですよね。

実は、この映画、愛知県豊川市と深いかかわりがあります。黒部の

太陽のトンネル掘削工事のシーンは、豊川市の海軍工廠跡地の旧熊

谷組の敷地で撮影したのです。昭和42年9月から3か月間。

石原裕次郎さんと三船敏郎さんと、豊川市の地元の消防団のエキス

トラの皆さん。私の父も、仕事の合間に撮影現場をなんどかのぞき

に行ったそうです。

豆知識ですが、豊川市の諏訪商店街と黒部の太陽かかわりがあるの

です。それはというと、、、。

撮影現場の「食堂の運営」は、諏訪商店街のメンバーでやっていた

のです。うちの父曰く「諏訪商店街のエライ人が運営していたよ。

俺はまだ若かったから全然関われなかったけど」と聞いています、

笑。

撮影終了後、しばらくすると(昭和44~46年頃)、地元で大人気の

「スーパープラサ」の誕生です。食堂運営のメンバーの多くが、ス

ーパープラサに関わっていました。

  

映画の中に、当時の豊川市民が映っているのです。

本人はわかっているだろうな。

現在、諏訪町には、大きなプリオという商業ビルがあります。

それができたのが1989年(平成元年)。

そしてその場所には、スーパープラサがあったそうです。

う~ん、ネット上では、諏訪にあったスーパープラサの記述を

見つけることはできませんでした。

スーパープラザのことが知りたいです。

  

古い写真を見たら、スーパープラサが写っているものが

あるやもしれまぜん。

現在、豊川市は、市制80周年で盛り上がっています。

昔の豊川市の写真集も発刊されていたと思います。

明日は図書館にも行こう。

ませぎ商店でも話を聞こう。

火曜日は休みなので、集会所にもお邪魔できます。

映画もしっかり見たいです。   

今年亡くなった人 ラクエル・ウェルチさん

    

今日は令和5年12月24日。

  

昨晩の「情報daysニュースキャスター」で、

今年亡くなった人たちを紹介していました。

その時に、三谷幸喜さんが名前をあげた人が、

女優ラクエル・ウェルチさん。


YouTube: 20世紀最高のグラマー ラクエル・ウェルチさんのフォトアルバムです。

映画「恐竜100万年」(1966年)という映画で、

ラクエル・ウェルチさんを見て、

それまで頭で描いていた原始人のイメージが変わったとのこと。

どんなんだろうと思ってネットで調べました。

上記のYouTubeの写真です。

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三谷幸喜さんが言ったことがよくわかりました。

こんな美しい人にも、死が来るのですね。

 
同じ年に制作された「ミクロの決死圏」にも出演しています。

こちらの映画は見たことがあります。

出ていたのですね。

この機会に「恐竜100万年」を見たいですね。

人間と恐竜の戦い・・・実際にはありえないことですが、

注目です。  

 

八名信夫さんの動画を見て

     

今日は令和5年12月24日。

   

前記事の続きです。

八名信夫さんの動画を再掲します。


YouTube: 【戦後78年】俳優・八名信夫さん「地獄を語る。俺の義務」 9歳で岡山空襲を経験して【字幕あり】

今年の8月にアップされた動画です。

「終戦の日に合わせて」というテロップがあるので、

8月15日でしょう。

  

最初は八名さんの戦争体験について語っています。

  

校庭に入ったらすぐにね、竹槍があった。

竹槍が2本あってね。

藁人形が、こうやって2本立っていて、運動場に。

それをね、上級生と一緒に、エイと突くの。

それがね、ルーズベルトかチャーチルだったか、

2体あったわけ。

それを突いてから、授業の教室に入るのだけれども・・・

  

学校はそんなことをやらせていたのですね。

敵の親分を突くんだ。

子どもは疑問なく突いちゃうだろうな。

  

昭和20年6月29日の岡山大空襲の体験談を語ります。

  

夜中の4時過ぎに親父が、

「お前ら、はよう起きい!」と怒鳴ってな、

そしたら、音がドサっとドサっとして

家がガタガタと揺れて、

僕はね、家に防空壕があったんですよ。

一畳ぐらいのね。

畳をあげたらそこに、3〜4人くらいは入れる、

穴を掘ってあったの。(中略)

そこに逃げようと思って、畳を上げたら、親父が、

「バカモンがあ。防空壕なんて入るんじゃねえ」

「お前ら後楽園に逃げえ、わしは駅に行く。

(父は)駅員だった。駅に勤めていた父親は。」

  

外に出たら、目の前の家から火が噴き出ていました。

  

それで今だに忘れることができないのはね、

同級生だな、女の子でね、

その燃えている玄関のところから、

こうやって這い出してきた。

それがね、普通、煙が体から出るんじゃなくって、

水蒸気、蒸気がムワッと出たまんま、這い出てきて

わめき、

それでね、俺はね、今でも、手を貸してあげなかったのか、

もう半分亡くなっていた。

「助けて」となんかわめいていたんだけど、

俺、怖くてね、湯気を出している体が。

「どうしよう、どうしよう」と言って、

手を貸してあげないでね、俺は逃げてしまった。

本当に地獄だね。

おそらくその同級生は亡くなったと思う。

  

すごい体験です。

人間の体の多くは水分です。

火事によって体が熱せられて、

それが湯気となって出たのでしょう。

火事の熱によって、人間はすぐに燃えるのではなくて、

湯気が出るんだ。

恐ろしいことだと思います。

  

Wikipedia 岡山大空襲

このサイトによると、空襲は、空襲警報が発せられずに、

不意打ちだったそうです。

八名さんの証言でも、空襲警報には触れていません。

お父さんに起こされて、気がついています。

1737人が亡くなっています。

岡山城天守などの文化財も多く燃えています。

ジプリの高畑勲さんも、八名さんと同じ9歳で空襲に遭い、

その体験が、後の映画「火垂るの墓」の空襲の描写で

活かされたそうです。

   

Yahoo!ニュース 真之 「同級生を見捨ててしまった……」悪役商会・八名信夫が見た岡山空襲の夜 2019/11/11(月) 配信

Wikipediaからこのサイトへのリンクがありました。

向かいの家の女の子の様は、

八名さんには忘れられないことですよね。

  

  

動画12分20秒あたりからの、高倉健さんとの話が面白い。

銃で撃たれて倒れる役者さんを見て、

自分ならもっと上手く倒れることができると考えた八名さん。

182センチの大柄な体を活かし、

トレンチコートを着て、倒れながら、

トレンチコートの中に空気を溜め込んで、

地面に用意された灰の上で倒れて見せました。

灰はブワッとたちのぼり、迫力ある倒れ方ができました。

 

喜んでね、健さんが。

八名、お前が倒れると迫力があるな。

監督、八名、いいよな。

・・・・最高ですね。

  

高倉健さんは昭和6年生まれ。(父親と一緒だったんだ)

八名さんは昭和10年生まれ。

八名さんにとって、健さんは憧れだったのでしょうね。

その健さんに認められて、八名さんは悪役の道を進み出しました。  

  

Wikipediaに次のように書いてありました。

  

ほか、阪神・淡路大震災や東日本大震災、熊本地震(2016年)など

の被災者を激励したり、その想いを反映した映画を制作したりもしてい

る。

  

自分のポケットマネーを使って、2本映画を監督・脚本・出演で撮っています。

気になる映画です。

「おやじの釜めしと編みかけのセーター」(2016年)

緑の街角 DVDおやじの釜めしと編みかけのセーター  

  

「駄菓子屋小春」(2018年)

悪役俳優八名氏「映画で元気に」 熊本地震テーマに自主製作

町内会の映画会で見てもいいよなあ。

八名信夫さんが来てくれたら、

地元の高齢者も喜ぶだろうな。

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