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2022年2月9日

2022年2月 9日 (水)

番画〈668〉〈669〉:明暦の大火(振袖火事)の動画2本

    

今日は令和4年2月9日。

  

ここでも道草 「徳川15人の将軍たち」①(2022年1月22日投稿)

前記事がきっかけで、この記事を読み直しました。

 

その時に引っ掛かったのが、「明暦の大火」(振袖火事)です。

この火事のことを説明した動画がきっとあると思いました。

ありました。なかなか優れた1本です。

 

〈668〉江戸城天守閣を焼いた火事 振袖火事

 

〇ほぼ5分。字幕もあってわかりやすい朗読。

 振袖火事の「振袖」の部分がよくわかる。

  

  

この1本もいいです。

 

〈669〉歴史の細道

明暦の大火 東京の原型をつくった大災害とは?
YouTube: 明暦の大火 東京の原型をつくった大災害とは?

 

〇こちらは「振袖」については触れずに、

 明暦の大火が起こるまでの江戸の防火体制の脆弱さを

 まずは語ってくれる。

〇そして大火の被害の様子。

 霊巌寺に逃げ込んだ9千人が亡くなった話は印象的でした。

 またいつか調べてみたいと思った。

〇そして大火の後の保科正之が陣頭指揮をとった復興。

 外堀から外へ発展していった江戸の町のことを

 教えてくれた。

〇案内人にかわいい人を使っているのもプラス。こすい。

〇16分42秒の動画だけど、倍速で聴いても聴きとれる。

 字幕もあるから大丈夫。

   

今晩は明暦の大火(振袖火事)で道草ができました。

まだ寝る前にやることがあるのに・・・!

  

  

「浪人若さま新見左近 日光身代わり旅」読破/家宣を主人公にした時代小説

    

今日は令和4年2月9日。

   

この本を読みました。

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「浪人若さま新見左近 日光身代わり旅」

(佐々木裕一著/コスミック・時代文庫)

    

1月に徳川将軍15人を覚える基礎学力テストを実施しました。

関連して、いろいろ15人の将軍について調べました。

その中で、面白いと思ったのが、この「浪人若さま新見左近」

シリーズです。

何と、新見左近というのは、6代目将軍徳川家宣の若い時という

設定なのです。

  

4pから引用します。

  

徳川家宣 江戸幕府六代将軍

寛文二年(1662年)~正徳二年(1712年)

 

第四代将軍徳川家綱の弟綱重(甲府藩主)の長男として根津藩邸で

生まれる。綱重が身分が低い女中に産ませた子であったため、重臣

の新見左近を名乗り、養子として育てられる。

他に男子に恵まれなかった父綱重の世継として、九歳のときに呼び

戻される。

元服して名を徳川綱豊と改め、十七歳で甲府藩主となる。間もなく、

五代将軍候補となるが、家綱の弟綱吉も候補にあがり、最終的に徳

川綱吉が将軍になった。四十三歳のときに名を家宣に改めて江戸城

西の丸に入り、宝永六年(1709年)四十八歳で第六代将軍に就

任する。

心優しい家宣は、綱吉が定めた悪評高い「生類憐みの令」を廃止し、

罪に問われていた約八千人を救った。また、幕府から切腹を命じら

れた家臣を、それまでの功績を称えて流罪に減刑するなどもしてい

る。江戸庶民からも人気が高く、歴代将軍の中でも名君と謳われた。

(4p)

   

Wikipedia 徳川家宣

☝ ここでも勉強ができます。

引用します。

  

身分の低い26歳の女中・お保良(長昌院)に生ませた子であった

ため、世間を憚って家臣の新見正信に預けられ、養子として新見左

近を名乗った。

   

ちゃんと新見左近です。

お保良は家宣を生んだ2年後に死去しています。

  

慈悲深いことで知られた。『徳川実紀』は「仁慈の心あり」と評し

ている。父・綱重から世子として呼び戻された際、綱豊付の家臣と

して新見正信、太田正成、島田時之らを付された。新見は綱豊の育

ての父であり、さらに養父であったことから綱豊の信任が厚く、そ

れを嫉妬した太田・島田らが幕府側に対して「左近は早世しており、

新見が自らの子を左近として擁立した」と偽って讒訴(ざんそ)し

た。これが事実無根と知れると、両名は幕府から切腹を命じられた

が、綱豊は「一時とはいえ、自分のために仕えてくれた家臣を助け

てほしい」と助命を嘆願し、流罪に減刑された。

   

4pで引用した出来事はこのことですね。

しかし、嫉妬が強いためか、すごいことを言ったのだなと驚きました。

   

死因は、当時流行した感冒(インフルエンザ)とみられている。

   

ここでも道草 「徳川15人の将軍たち」① (2022年1月22日投稿)

☝ この本にも、家宣の死はインフルエンザと書いてありました。

すっかり忘れていました。

51歳で亡くなりました。

復習。

史実にのっとり、想像力を働かせて、こんな小説を考えてしまう。

時代劇ドラマを見る感じで読まさせてもらいました。

六代将軍家宣はしっかり記憶されたと思いたい。

  

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