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2021年6月23日 (水)

ピガフェッタの「最初の世界周航」を読みました

   

今日は令和3年6月23日。

    

この本を読みました。

と言っても半分ぐらいで挫折しました。

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「マゼラン最初の世界一周航海」(長南実訳/岩波文庫)

  

マゼランに同行したピガフェッタの報告書は

読んでみたかったです。「最初の世界周航」です。

ここでも道草 ピガフェッタの記録が生んだマゼランの偉業(2021年6月5日投稿)

  

マゼランの最期のシーンを読みたかったし、

マゼランがキリスト教布教に熱心な理由も知りたかったです。

ラプラプ王と対立して戦争になったのも、

ラプラプ王がキリスト教に改宗しなかったからです。

そうまでしなくてはならなかったのか。

   

広場の中心に大きな十字架が立てられた。提督(マゼラン)はかれ

らに向かって、もし今までに申し出たようにキリスト教徒になりた

いならば、偶像をすべて焼却し、そのかわり十字架を立てて毎日手

を合わせて礼拝しなければいけない、そして毎朝、顔のところで十

字架の印を描かなければいけない、と言って、自分で十字をきって

みせた。

(104p)

  

それから八日もたたぬうちにこの島の住民は全部が、またほかの島

の住民たちも洗礼を受けた。あの隣接の島では住民が王にもわれわ

れにも服従することを拒んだので、町を焼きほろぼした。その島の

住民は異教徒(キリスト教徒とイスラム教徒以外)だったので、そ

こに十字架を立てた。もしかれらがモロ(イスラム教徒)だったな

ら、もっと厳しく罰するためにわれわれは絞首台を立ててやったで

あろう。その理由は、モロは一般の異教徒よりも頑固に改宗を拒む

からである。

(107p)

   

提督は王に命じてスパーニャ国王(スペイン国王)にたいしつねに

変わらぬ忠誠を誓わせた。王はこれを誓った。

(108p)

   

ピガフェッタの報告書を読むと、

マゼランたちはフィリピンの島々に寄った時に、

まずはお互いに贈り物を交換しています。

そして次にやることが、キリスト教への改宗です。

そして並行してスペイン国王への忠誠を誓わせます。

そこになぜはありませんでした。

当然のようにそのような行動をしています。

島々にもとからあった宗教は壊滅させようとします。

   

 

マゼランの最期は次のように書いてありました。

  

敵はどの人が提督(マゼラン)であるかを知ってかれに攻撃を集中

し、そのため冑(よろい)が二度もはねとばされた。しかし提督は

立派な騎士として雄々しく振る舞った。こうしてわれわれは数人の

同志と一時間あまりたたかった。もはや退却しようとしなかったが、

そのときひとりのインディオが提督の顔面めがけて竹槍を投げつけ

た。一瞬、提督は自分の槍でその相手を突き殺した。提督はその槍

を敵の体に突き刺したままにし、剣の柄(つか)に手をかけた。し

かし半分しか抜くことができなかった。肘のあたりを竹槍で刺され

ていたからだ。これを見ると敵は全員提督に襲いかかり、一人の敵

兵が大きな広刃刀で(この刀はイスラム教徒の新月刀に似ているが

もっと大きい)、提督の左脚に切りつけた。提督はうつぶせに倒れ

た。敵は鉄の槍と竹の槍と広刃刀をいっせいに提督に浴びせかけ、

かくて、われわれの明鏡、われらの光明、われらの慰藉(いしゃ)、

われらの無二の指導者はついに息が絶えた。

(119~120p)

  

  

マゼランはこうして命が途絶えました。

しかし、残りの乗組員が生き残ってスペインに戻ったので、

歴史に名が残りました。

今日は社会科の期末テストがありました。

その1問は、マゼランの名前を書くものでした。

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