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2021年6月27日

2021年6月27日 (日)

番画〈295〉〈298〉:映画「サムライマラソン」 アルビノのパラアスリート 慶喜将軍になる シャベルとスコップ 

   

今日は令和3年6月27日。

   

番画です。

  

〈295〉映画「サムライマラソン」(2019年公開)

  (アマゾンプライムビデオで視聴)

  

〇道草をした。

 「ブラタモリ 姫路城」を見たことがきっかけになって、

 この映画を見た。

 姫路城が江戸城として映っているシーン。

 おそらく数秒。

〇キャストがすごかった。大河ドラマ「いだてん」「麒麟がくる」

 そして「青天を衝く」の出演者が出ていた。

 森山未来 染谷将太 竹中直人 門脇麦 長谷川博巳

 その他かつて大河ドラマに出た人として

 青木崇高 中川大志 豊川悦司

 他にも出ている人がいるかもしれませんが、私にはわからない。

 大河ドラマのイメージが強くて、少なからず影響を受けている。

〇道草する余裕ができてきたのか、このところ映画を見ている。

 山口雄也さんに励まされているかもしれない。

 生きてりゃいいんだ。どうにかなる。 

 次は映画の原作を読む。

  

  

〈296〉「ニュース地球まるわかり」

  (2021年6月27日放映)

  

〇特集:韓国最大野党の代表に36歳。来年3月大統領選。

〇地球ノート:アルビノの人たちの思い背負って(ザンビア)

 肌の色素が抜けてしまい白い人たちをアルビノという。

 アルビノの人たちには霊験あらたかな力があるとされ、

 肉体を切断されることもあるとのこと。

 アルビノのパラアスリートのレポート。これは授業で使える。

〇旅する世界:アートでコロナ対策(ベトナム)

〇毎週書くこと・・・この番組を見て、また世界の情報を蓄積した。

  

  

〈297〉大河ドラマ「青天を衝け 20 篤太夫、青天の霹靂」

  (2021年6月27日放映)

  

〇長州征伐の途中、14代将軍家茂が亡くなる。

 そして慶喜が15代将軍を引き受けることになる。

 渋沢栄一は同じ武州の百姓出身の新選組土方歳三と交流する。

 来週いよいよパリ万国博覧会派遣の話になる。

 渋沢栄一の転機はこの時だと思う。

   

  

〈298〉「チコちゃんに叱られる」

  (2021年6月11日放映)

  

〇疑問:シャベルとスコップの違いは?

〇チコちゃんの回答:足をかけるところがついているのがシャベル。

 ついていないのがスコップ。

〇でもことは簡単ではなかった。

 東日本と西日本でシャベルとスコップは違っていた。

 私は西日本派。大きなのがシャベル。小さなのがスコップだ。

 地図が盛んに使われて説明されている。

 社会科の授業で使える。明日でも使う。

 

〇疑問:大根をゆでると透明になるのはなぜ?

〇チコちゃんの回答:もともと透明だから。

〇わかりやすい実験があってよかった。社会科の授業では使えない。

 理科の先生にはいいネタだ。

 

〇疑問:時計が12時までなのはなぜ?

〇チコちゃんの回答:シリウスのせい。

〇チコちゃんの回答では不明。一生懸命に説明してくれたが難解だった。

 エジプト人は星の動きを観察して夜が12時間だとつきとめた。

 夜が12時間なら、昼も12時間だと考え、1日を24時間だとした。

 そんなことを説明してくれた。

  

   

こうなったら6月中に番画を300本は達成したいです。

本は300冊読むと、何か話したくなるそうだが、

番画の場合はどうだろう?

半年前とはそれほど変わっていないかな。  

「がんになって良かった」と言いたい④

    

今日は令和3年6月27日。

  

前記事のつづきで、

「『がんになって良かった』と言いたい」

(山口雄也・木内岳志著/徳間書店)

より引用していきます。

   

「あとがき」はすべてを書き留めたくなる文章でした。

  

「生存者バイアス」という言葉がある。何らかの選択課程において、

それを通過できた人ないし事物のみ基準にし、脱落・淘汰されたそ

れ以外の存在を考慮せずに偏った判断をしてしまうことである。簡

潔に言えば、生存した者の意見だけを取り入れてしまうことである。

がんという選択課程を生き残った者は「サバイバー」と呼ばれる。

僕もその一人になろうとしている。一歩で我が国では、この定義を

用いるならば、毎年約四十万人が「選択課程において淘汰」されて

いるのだ。僕の患者仲間たちも多くがこの世をさった。

本書を刊行するにあたって僕自身の意見がバイアスのかかったもの

ではないのかということについて、幾度も幾度も深く考えた。「が

んになって良かったと言いたい」のは、生存者であるからそう思う

のではないのか、と。

果たして、その答えは未だに僕の手元には無い。おそらくそう簡単

に見つかるものではなくて、きっと死の数秒前にそう思えたらそう

であるし、そう思えなかったらそうでは無いのだろう。しかし僕は

改めて、がん患者として過酷な生活を送った日々が、もう二度と自

分に訪れてほしくないと思うとともに、あれがなければ、この世界

をこのような視点から眺められなかったのではないか、とも思って

いる。まるで容赦無く険しい道のりを登り切った者にのみ、山頂か

らの雄大な景色が与えられるかのように。

今の幸せの僕は、あの日死にかけていた僕によって構成されている

のだ。たとえ、誰が何と言おうと。きっとこの景色は、いくら言葉

や写真で伝えようとも、完全には伝わらない。それは死の領域に足

を踏み入れた者だけに与えられた感覚であり、きっと道半ばで潰え

た彼らも、僕たちにしか通じないこの美しい世界を見ていたはずな

のだ。彼らを可哀想だという人間は、きっとこの景色を知らない。

(248~249p)

   

山登りのたとえはわかりやすいです。

いずれは死の領域に足を踏み入れる時が来るけど、

疑似的でもいいからこの本で体験してみたかったと思います。

山口さんの思いもそこにあったようです。

次のように書いてありました。

   

一方で、この世界の存在を広め、あるいは多くの人に関心を持って

もらうことはできるかもしれないーーーそれが本書の大きな目的で

もあった。僕は、この社会の様々な人々が、病のあるなしに関わら

ず、生きることと死ぬことについて考え、そして価値観を認め合う

日が来ることを切に願ってやまない。本書がその一助となれば幸い

だ。

(249p)   

   

  

以上で引用は終了です。

   

この本の文章が、ブログに書かれたことというのが

私には印象に残ります。

その時その時に思ったことを大切にして、

しっかり書き留めること。

読んだ人に伝わるように、文章を工夫すること。 

それはブログなら可能なのだと思いました。

他のSNSではできないことに思えました。

  

このブログをまだまだ頑張りたいと思わせてくれた本でした。

山口雄也さんは、自分に大きな影響を残してくれました。 

「がんになって良かった」と言いたい③

   

今日は令和3年6月27日。

   

前記事のつづきで、

「『がんになって良かった』と言いたい」

(山口雄也・木内岳志著/徳間書店)

より引用していきます。

  

  

それでも、欲を言うなら、あと少しだけ、ほんの少しだけ、

生きてみたい。

ダメだろうか、やっぱり。

それは欲張りだろうか。

結局そんな心配無駄だったよね、って笑い合う瞬間が、どれほど

幸せに満ちていることだろう。お前死ぬ覚悟出来てるとか言って

たやん、カッコつけやがって、と馬鹿にされることを、僕はどれ

ほど望んでいるだろう。

どうか、これがただの夕立であってはくれないか。

意外と強く降るくせにすぐ上がって、初夏の茜空にうっすら虹を

かけるような、そんな夕立であってはくれないか。

(128p)

   

心の機微まで表現されているなと思いました。

頭に浮かんだことが、ブログにしっかり書かれています。  

  

  

亡くなった患者仲間の言葉。

  

「僕はね、自分のこと、可哀想だとは、思わないよ、むしろ、失

ったものより、得たものの方が、多すぎて、自慢話に、なっちゃ

うからさ」

(183p)

   

自慢話って発想がいいよなあ。

  

  

昨夏、急性白血病を宣告された。青天の霹靂であったが、病は既

に深く巣くっていた。身体中の骨髄をがん細胞が蝕み、血はもは

やただの有害な赤い液と化していたのだ。つまり僕の造血器は生

きるべき本来の機能を完全に喪失していたのである。

(211~212p)

  

白血病と聞いても、どのような病気かもよくわかっていません。

この表現にあるように血が「有害な赤い液」と化すというのは、

ショッキングな言葉でした。

  

  

短いけど結構いい人生だったんじゃない?

そうだよ、幸せだったよ、本当に。

就職も結婚もしたかったけど、子供とお酒片手に語り明かしたり

孫を抱きしめたりもしたかったけれど、それはちょっと欲張り過

ぎかなあ。

せめて最期の日は晴れてるといいなぁ。神様それぐらい叶えてね。

静かな朝がいいです。

半ば自分に諦めるように、言い聞かせるようにして呟く。

誰も悪くないさ。

この美しい世界に生きられてよかった。

楽しかったよ、二十一年間・・・・。

(216p)

   

全然欲張りじゃないよと言いたい。

  

2020年1月1日のこと。

  

暗がりの病室でイヤホンをして紅白を眺めるほど虚しいものはない。

時計はひっそりと針を進め、病室は誰にも祝われることなく静かに

年を越した。

「僕が死ぬ年だ」

(234p)

  

こんな気持ちで新年を迎えたんだ。

う~ん、うなってしまいました。

   

僕にできることは、治療を受けてその結果を受け入れること、ただ

それだけであった。たとえそれが「死」であったとしても。どうや

ら僕は、必死に運命に抗(あらが)ってきたけれど、抗うことに精

一杯で、運命そのものをひっくり返すことなど寸分たりともできな

かったようだ。今回も、攻撃に耐えることばかりに意識が及び、そ

して気がつけば相手に王手を打たれていた。僕は玉将を下げること

でしか戦いを続けられない。

(237p)  

    

危機に瀕して、山口さんの表現は研ぎ澄まされている感があります。

玉将の動きはよくわかります。

  

  

大学卒業、就職、結婚、親孝行、旅行、車、マイホーム・・・

オリンピック観たかったなぁ、と病床でスマホの当選画面を眺めて

いたら、消灯の時間が来て辺りは暗闇に飲まれた。

(238p)

   

山口さんに比べて、自分がどれだけ幸せなのか

自覚しないといけないと、この文章を読んで思います。

  

  

ハプロ移植が成功して退院した時のこと。

  

そのときふと、自身の境遇をぐちぐち言う自分が、いかに愚かで

あるかを思い知らさせた。僕はまるで何もわかっちゃいない。こ

の世に生きているということが、どれほど素晴らしいからという

ことについて、これだけの経験をしたのに、まだ何も分かっちゃ

いない。

後遺症がなんぼのもんじゃ!

留年がなんぼのもんじゃ!

バイト辞めるんがなんぼのもんじゃ!

生きとるんやから贅沢言うな!

そう自分に言い聞かせる。恥ヲ知レ!!!

僕はおそらく、とんでもない力によって生かされている。

理由は分からないが、とにかく”生かされて”いるのだ。

(245~246p)

   

この叱咤は、自分に言い聞かせたい。

  

   

つづく

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