「『平和憲法』を持つ三つの国 パナマ・コスタリカ・日本」③ 独立があたり前という風になってきた一因
今日は令和2年11月17日。
前記事に引き続き、
「『平和憲法』を持つ三つの国 パナマ・コスタリカ・日本」
(吉岡逸夫著/明石書店)より。
パナマ運河はアメリカが中心になって建設され、
その後も米国が運河による利益を享受していました。
パナマ運河は米国が建設したって言っただろ。だから、その後もず
っと米国が仕切っていたんだよ。それに、運河を守っていたのも米
国さ。運河周辺に何万人もの米兵がいた。パナマ人にとっては、そ
れは屈辱的だったんだな。なんとかしたい、ずっと思っていたみた
いなんだ。
それを、トリホス大統領が、1977年にカーター米大統領に運河
の返還を約束させたんだ。(中略)
それ(返還)は、当時の世界情勢から、仕方なかったんだろうな。
(中略)
それはね、15世紀以後、白人たちはずっと、アジア、アフリカ、
中米、南米などの地域を植民地化、つまり支配していったんだ。と
ころが、いったん支配した植民地が、次々と独立を宣言し始め、植
民地ではなく、独立があたり前という風になってきたんだ。パナマ
だって、ずっと米国に支配されているのは嫌だろ。
(65~66p)
独立があたり前という風になってきた一因を作ったのは
日本だと吉岡さんは書いています。☟
日本が、日露戦争で白人の国ロシアに勝ったり、日中戦争でも、日
本は満州を支配したり、上海や南京を侵攻するなどかなり強かった。
日米開戦の火蓋を切った有名なハワイの真珠湾攻撃、その翌日の対
英シンガポール陥落にしても、数日後のマレー沖海戦でも、英国海
軍の戦艦などを撃沈している。航空機が戦艦を撃沈したのは史上初
めてだったそうだ。最近2本の映画になった硫黄島の戦いも、米国
は数日で攻略する予定が1カ月もかかり、相当苦戦したようだ。
日本が中国ばかりでなく、欧米と互角に戦っていたので、自分たち
でも白人に対抗できるんだという機運が高まった。戦後は、アジア、
アフリカ、中南米の旧植民地が、次々と独立していったんだ。いう
なれば、日本が率先して、欧米に立ちむかったからだと思う。
(66p)
この考え方は、授業づくりJAPANの人たちも力説していたことです。
これで日本の戦争を正当化しようとは思いませんが、
独立の機運を盛り上げることにはつながったように思います。
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