「イタリアン・シューズ」③ 一気に彼の過去が現在の中になだれ込んできた
今日は令和2年2月7日。
前記事に引き続き、
「イタリアン・シューズ」(ヘニング・マンケル著 柳沢由実子著
東京創元社)でより引用します。
朝、目が覚めると私は必ず年のせいによる健康の衰えが始まっ
ているのではないかと、チェックする。朝の尿が遠くまで飛ば
ないことに気が滅入ることもある。泌尿器関係の衰えや、その
関係の病気で死ぬというのは恥ずかしいもの。いにしえの哲学
者やローマの皇帝が前立腺がんで死んだとは聞いたことがない。
もちろん、そういうこともあったにちがいないが。
(300p)
4週間に一度、父親を連れて泌尿器系の病院に通っています。
患者さんは確実にいることを実感します。
恥ずかしいかもしれませんが、仲間はたくさんいます。
一年前、私はこのベッドに横になって、私の人生はこれまでで、
もうなにも新しいことは起きない、と思っていた。いま、私に
は娘がいる。そして狭心症も。人生はまったく別方向に舵を切
り、新しい方向に進み始めた。
(339p)
主人公の1年は大きく変化しました。
この小説は、その1年の話でした。
「訳者あとがき」のあらすじの書き方が良かったので、
ここに書きうつします。
主人公は元外科医のフレドリック。ヴェリーン、六十六歳。ス
ウェーデン東海岸の群島の突端に位置する小さな島にひっそり
と一人で住んでいる。島で他に命のあるものと言えば、名前の
ない犬と猫だけ。下界との接触はときどき船でやってくる郵便
配達人一人という、世間から隔絶した暮らしを十二年間続けて
きた。厳寒の冬、彼は氷に穴を開けてその刺すような冷たさの
中に身を浸すのを日課としている。ある日、いつものように氷
の海から上がった彼の目が遠くに人の姿をとらえる。双眼鏡で
よく見るとどこかで見たような面影。そこから一気に彼の過去
が現在の中になだれ込んできて、読者はなぜ彼がその離れ小島
に隠れるようにして暮らしてきたのかを知るようになる。
(346p)
「一気に彼の過去が現在の中になだれ込んできて」がよくわかります。
そういう小説でした。そして訳者はこうも書いています。
ほかの人間と関わりをもたずにはいられない現在進行形の世の
中にヴェリーンは無理やりひきずりこまれていく。ヴェリーン
は自分が隠遁している間に世の中は確実に動いていたことを、
それもとんでもなく変化していたことを知る。そして嫌々なが
らも彼は世の中に、現在に参加していく。
(346p)
12年も隠遁生活をしていたのに、過去が現在に流れ込んでき
て、現在が動揺し始め、新しいことが起こり、主人公は予想も
しない1年間を体験しました。「もう何も新しいことは起きな
い」と思っていた人生が、変化しました。
人生ってそんなものだという知恵を授けてくれた小説と言えるかな。
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