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2019年12月10日 (火)

小説「出口のない海」⑥怖い言葉「最後は一人になるんだな」

 

今日は令和元年12月10日。

  

前投稿に引き続いて「出口のない海」 (横山秀夫著/講談社)

から引用します。

  

並木らがボートに乗り込み伊号潜水艦に向かうと、見送る基地

隊員は岸壁に鈴なりだ。(中略)

岸壁、島、山、追い掛けて来るくるボート。すべて、人、人、

人で埋め尽くされている。

並木は胸に熱いものを抱きながら、潜水艦の外ラッタルを駆け

上った。厳粛な儀式は並木の心を死の決意に導いた。大勢の人

々の見送りの声は闘争本能に火をつけた。男にとって最高の死

に場所。よくそう口にしていた沖田の気持ちが今ならわかる。

これほどまで一人の人間の存在を、その死を、大きく見せてく

れる門出が他にあるだろうか。

(219p)

  

  

このように書きながら、次のページでは、潜水艦上に一人残っ

た並木の心情を対照的に描いています。

  

海はまた静まり返った。

たった今まで胸にあった興奮が嘘のように冷え切っている。

いっときの幻だったのだろうか。

並木は甲板に立ち尽くした。他の搭乗員が艦内に下りていく。

が、並木は動かなかった。

頬に風を感じていた。

身を切るような孤独感が襲ってきた。力の抜けた手を離れた桜

の枝が、甲板の縁に滑って海に落ちた。

後方の波間に遠ざかっていくその枝を見つめた。

ーーー最後は一人になるんだな・・・・。

野球部の仲間と別れ、家族と美奈子と別れ、とうとう沖田や隊

のみんなとも別れた。そして最後はたった一人回天に乗る。

一人で死ぬ。(中略)

美しい海。母なる海。だがそれは、二度と陸地を踏むことを許

さない、出口のない海でもあった。

(220~221p)

  

「ーーー最後は一人になるんだな・・・・」

怖い言葉だなと思います。

並木に限らず、たくさんの別れの後に死は来るんだよなあ。

長生きはしたいけど、長生きすることで孤独感は増すことでしょう。

死も怖いけど、孤独感も怖い。

回天での死は、それ以上ない恐怖の死に方です。

  

小説のタイトル「出口のない海」は221pに登場。

  

  

並木は孤独感を振り払おうと、次のようなことをしようとします。

  

並木は手早く発進用意を済ませ、胸ポケットから三枚の写真を取り

出した。よく見えるように機械の隙間に挟む。(中略)

 

3枚の写真は、美奈子の写真、家族の写真、出征前の最後の試合の

メンバーの写真。

  

近づいた。いよいよだ。

発進したら、写真の中のみんなの名を一人一人呼ぼう。呼びながら

敵艦に突っ込もう。そう決めていた。佐久間の名も呼ぶ。北の名も

呼んでやろう。

ありがとう。さようなら。みんなに、そう言いながら突っ込もう。

ーー俺は一人じゃなかった。俺はいつだって素晴らしい人たちに囲

まれていた。俺は・・・・俺はみんなと・・・。

(254~255p)

  

  

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