小説「出口のない海」⑥怖い言葉「最後は一人になるんだな」
今日は令和元年12月10日。
前投稿に引き続いて「出口のない海」 (横山秀夫著/講談社)
から引用します。
並木らがボートに乗り込み伊号潜水艦に向かうと、見送る基地
隊員は岸壁に鈴なりだ。(中略)
岸壁、島、山、追い掛けて来るくるボート。すべて、人、人、
人で埋め尽くされている。
並木は胸に熱いものを抱きながら、潜水艦の外ラッタルを駆け
上った。厳粛な儀式は並木の心を死の決意に導いた。大勢の人
々の見送りの声は闘争本能に火をつけた。男にとって最高の死
に場所。よくそう口にしていた沖田の気持ちが今ならわかる。
これほどまで一人の人間の存在を、その死を、大きく見せてく
れる門出が他にあるだろうか。
(219p)
このように書きながら、次のページでは、潜水艦上に一人残っ
た並木の心情を対照的に描いています。
海はまた静まり返った。
たった今まで胸にあった興奮が嘘のように冷え切っている。
いっときの幻だったのだろうか。
並木は甲板に立ち尽くした。他の搭乗員が艦内に下りていく。
が、並木は動かなかった。
頬に風を感じていた。
身を切るような孤独感が襲ってきた。力の抜けた手を離れた桜
の枝が、甲板の縁に滑って海に落ちた。
後方の波間に遠ざかっていくその枝を見つめた。
ーーー最後は一人になるんだな・・・・。
野球部の仲間と別れ、家族と美奈子と別れ、とうとう沖田や隊
のみんなとも別れた。そして最後はたった一人回天に乗る。
一人で死ぬ。(中略)
美しい海。母なる海。だがそれは、二度と陸地を踏むことを許
さない、出口のない海でもあった。
(220~221p)
「ーーー最後は一人になるんだな・・・・」
怖い言葉だなと思います。
並木に限らず、たくさんの別れの後に死は来るんだよなあ。
長生きはしたいけど、長生きすることで孤独感は増すことでしょう。
死も怖いけど、孤独感も怖い。
回天での死は、それ以上ない恐怖の死に方です。
小説のタイトル「出口のない海」は221pに登場。
並木は孤独感を振り払おうと、次のようなことをしようとします。
並木は手早く発進用意を済ませ、胸ポケットから三枚の写真を取り
出した。よく見えるように機械の隙間に挟む。(中略)
3枚の写真は、美奈子の写真、家族の写真、出征前の最後の試合の
メンバーの写真。
近づいた。いよいよだ。
発進したら、写真の中のみんなの名を一人一人呼ぼう。呼びながら
敵艦に突っ込もう。そう決めていた。佐久間の名も呼ぶ。北の名も
呼んでやろう。
ありがとう。さようなら。みんなに、そう言いながら突っ込もう。
ーー俺は一人じゃなかった。俺はいつだって素晴らしい人たちに囲
まれていた。俺は・・・・俺はみんなと・・・。
(254~255p)
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