小説「出口のない海」⑦回天を伝えるために死のうと思う
今日は令和元年12月10日。
前投稿に引き続いて「出口のない海」 (横山秀夫著/講談社)
から引用します。
出撃の時に、回天のハッチは、外にいる整備員が閉めます。
「ハッチ閉めます。ご成功を祈っています!」
「伊藤、これまでありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございました! --閉めます・・・!」
ゴクンと重い音がしてハッチが閉じた。
鼓膜に密閉の圧が掛かる。
(242p)
「鼓膜に密閉の圧が掛かる」
この一行が素晴らしい。緊迫感が伝わります。
沖田は顔を上げた。
「でも一つだけ聞かせてください。祖国防衛ではなく、ならば
並木少尉はなんのために死ぬのですか」
「それをずっと考えてたんだ」
並木は遠くを見つめた。
「俺はな、回天を伝えるために死のうと思う」
「伝える・・・?」
並木は頷いた。
「勝とうが負けようが、いずれ戦争は終わる。平和な時がきっ
とくる。その時になって回天を知ったら、みんなはどう思うだ
ろう。なんと非人間的な兵器だといきり立つか。祖国のために
魚雷に乗り込んだ俺たちの心情に憐れむか。馬鹿馬鹿しいと笑
うか。それはわからないが、俺は人間魚雷という兵器がこの世
に存在したことを伝えたい。俺たちの死は、人間が兵器の一部
になったことの動かしがたい事実として残る。それでいい。俺
はそのために死ぬ」
(272~273p)
これは作者がこの作品を書いた主題でもあると思います。
ボレロが聞きたくなった並木は、休暇に陸に上がった時に、
沖田と一緒に国民学校を訪れます。音楽室に行って、
そこにいた女教師に、ボレロを聴かせてほしいと頼みます。
女教師は、ここにはレコードはないが、女学校に行けばあると言って、
自転車で出かけます。女教師は、2人が特攻隊員だと知っていて、
どうにかしてあげたいと思ったのです。
並木と沖田は、音楽室で待つことになります。
外で音がした。見ると自転車が倒れていて、膝を擦りむいた女
教師が立ち上がるところだった。構わず小走りでこちらにやっ
てくる。
「すみません、お待たせしちゃって」
女教師は肩で息をしていた。
「大丈夫ですか」
「あ、平気です。でも・・・・」
女教師は顔を曇らせた。
「なかったんです。ボレロのレコード」
「ああ、いいんです。お気持ちだけいただいて帰ります。本当
にありがとうございました」
並木と沖田は折り目正しく挨拶をして音楽室を出ようとした。
その背に声が掛かった。
「あの・・・オルガンではいけませんか」
並木は振り向いた。
「オルガン?」
「うまく弾けるかわかりませんけど・・・」
女教師は黄ばんだ楽譜を握りしめていた。
並木と沖田は明るい顔を見合わせた。
「ぜひ、お願いします」
足踏み式のオルガンからボレロが流れ始めた。女教師は何度も
つっかえ、何度も弾き直した。だがそれは胸に響いた。どんな
有名な交響楽団が奏でるボレロより心に残った。
(273~274p)
この小説を読むと、「ボレロ」が聴きたくなりますよ。
きっと。
ふ~疲れた。でも引用したい文章は全て書きうつしました。
ミニ財産になりました。
本の返却期限は今日まで。間に合いました。
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