おいしい焼き鳥学その8/永井製竹 今年6月から新体制
今日は令和元年10月7日。
前投稿に引き続き、9月14日放映の「二代目 和風総本家
おいしい焼き鳥学」より。
焼き鳥の串を作っている永井製竹。
湯釜に生竹を入れている職人さん。☟
☝ この写真の、興味をひいたのは、職人さんの職人歴と年齢。
64歳で職人歴3年とくれば、他の仕事を終えた後に、
第2の人生で勤めていると想像しました。
気になって、「永井製竹」で検索したら、いろいろヒットしました。
永井製竹さんにとって、今年は大きな変革の年だったようです。
※J‐Net21 存続を望んだ他社が経営に参加「永井製竹株式会社」
☝ ここに書いてあることを大雑把にまとめてみます。
〇経営者の高齢化と後継者不在で存続が危ぶまれていた
永井製竹の事業は、卸業者と竹細工組合の共同出資による
M&Aが成立し、今年6月から新体制で継続している。
〇永井製竹は、永井家が代々引き継いできて、
2010年から4代目社長は永井貴美代さんだった。
年齢89歳。
〇新社長には昨年3月に東京から転居し、従業員として
「湯釜」の仕事を担当していた茶重之さん(57)が就任し、
前体制から引き継いだ平均年齢73歳の職人集団を束ねている。
〇新社長の茶さんについて書かれた文章を引用する。☟
(前略)この「湯釜」に黙々と取り組んでいたのが、
東京で25年間のファンドマネージャー・証券アナリストを経て、
建築大工として現場で働いていた茶氏だった。
「別府竹細工東京教室に7年通っていたが、
伐採や湯釜の担い手が不足して教室で使う材料が
手に入り難くなっていた。
自分が転居して伐採から湯釜まで担えば、
この先5年か10年ぐらいは産業が続くだろうと思った」
と転身の理由を語る。
社長就任は、今では共同経営者となった竹苑の向社長と
組合の岩尾理事長の強い要請だった。
「社長になろうと思って転居してきたわけではなかったが、
運命だと思って引き受けた。
一番きつい湯釜に取り組んでいた私の姿を見ていた
古くからの職人たちが認めてくれた。
会社を買収しただけのよそ者では、
伝統産業の承継など認められなかっただろう。
事業を引き継ぐということは、人を引き継ぐということだ」
と事業承継の難しさを強調する。
永井製竹にはドラマがあり、新社長の茶さんにもドラマがありました。
調べてよかったと思います。
残念ながら、番組「二代目総本家」で紹介された神さんのことは
わかりませんでしたが、きっと3年前に何かドラマがあったのでしょう。
後継者がいないと知って、立候補したのでしょうか。
そのドラマがいつかわかる時があるかな。
コメント