21日に「明治村」の番組がある/谷口吉郎
今日は令和元年7月18日。
当然のことですが、ブログにテレビ番組のことを書く時は、
その番組を見た後に、こんなに良かったよ、
こんなに勉強になったよと言うことで書いています。
もし、私のブログを読んだ人で、そのテレビ番組を見たいと
思っても、実はそれは難しい。
本だったら違いますよね。
本だったら、勧められたら、注文したり、図書館に行ったりして、
手に入れることができる可能性が高いです。
でも今度幸いなことがあります。
この番組です。☟
「ザテレビジョン」(2019年№30/KADOKAWA発行)より
7月21日午後9時~9時55分(BSイレブン)
「フランス人がときめいた日本の美術館 選 博物館明治村」
「選」とあるのは、かつて放送して、評判がよかったから
もう一度再放送しますよ、ということだと思います。
私はこの番組を見ています。
4月12日放映でした。
良かったですよ。勉強になりましたよ。
「選」に選ばれて再放送されるのは、とっても幸運に思えます。
まだ見ていない人は、ぜひ見てください。録画してください。
愛知県の先生はぜひ。社会見学に行く前のオリエンテーション授業で
役立つ可能性がありますよ。
番組の紹介をしていきます。
明治村が造られるいきさつの場面。
☟ 鹿鳴館(1883年~1940年/昭和15年)
ナレーター:昭和15年。日本が太平洋戦争に突入する前の年。
老朽化した鹿鳴館は、取り壊されます。
明治(時代)の洋館は、外国に阿(おもね)る国辱の建物と、
批判の声もありました。
そして、今に続くスクランプ&ビルドが、この頃から
加速していきます。
鹿鳴館の解体に心を痛めたひとりの男がいました。
建築家、谷口吉郎。
谷口が当時寄稿した新聞には、
日比谷を通ると、鹿鳴館の姿がなくなっていた。
あの、歴史的価値ある建築を、活用することはできなかったのか。
明治に生まれた人たちが、所持品を持ち寄って、
小博物館にすることは、できなかったのか。
ナレーター:消えた鹿鳴館から谷口の博物館構想が始まりました。
そこから25年もかかった夢の実現には、
もうひとりの男の手助けが必要でした。
「もうひとりの男」が誰なのかは、次の投稿で。
つづく
コメント