ドラマ「聖徳太子」・・・法を作るのじゃ、冠位をつくるのじゃ
今日は10月8日。
10月3日に引き続き、
2001年11月10日放映のドラマ「聖徳太子」より。
うれしいと思いつつも、喜べないこと。
2001年放映のドラマ「聖徳太子」を
youtubeで見ることができました。
しかし、NHKのドラマをアップしてもいいのかな
という気持ちもあります。
でも2001年に録画して手元にあるものより、
映像がとてもきれいです。
映像の下に中国語の字幕はありますが、
俳優が話しているのは、オリジナルの日本語です。
この映像を授業で見せたいという誘惑はありますが、
きっと違法なので、やっていません。
※Youtube 聖徳太子 (テレビドラマ) 上 NHK特別劇 2001
※Youtube 聖徳太子 (テレビドラマ) 下 NHK特別劇 2001
小野妹子が遣隋使として、1回目の隋の国に行き、
そのことを飛鳥の豪族の前で報告するシーンが、
ドラマ「聖徳太子」の中にあります。
このシーンは、ドラマの中でも名場面であり、
授業でも見せました。
聞き書きして、読み物化します。
ナレーター:隋への使者が都長安を目指した。。
大和の国の者が中国大陸に向かうのは、
百二十数年ぶりのことだった。
隋はあまりに巨大で豊かな国であった。
使者たちは、時の皇帝に接見することすらできずに帰ってきた。
小野妹子:隋を見て痛感いたしましたのは、
彼(か)の国には律令があるということです。
すなわち法であります。
仏が殺生を戒められているように、
国が殺生を戒め、その法を犯せば、
誰でも罰せられるというような法であります。
また隋には法に定められた位があります。
国のために働く者には、それぞれの働きに応じた
冠位が与えられ、他の者が侵すことはできません。
大和の国はそれがないため、力ある者が身勝手な争いを起こし、
国としてまとまりがありませぬ。
大伴の連(むらじ):はははははは、我らにも位はある。
わが大伴家は、代々大王(おおきみ)に仕え、
軍事をつかさどった氏(うじ)よ。氏は家柄ぞ。
家柄は位であろう。
他の豪族たち:そうだ、そうだ。
有力豪族A:連よ。その位は意味が違うのじゃ。
大伴の連:どしゃーん!この近江の新参者(妹子)は何もわかっておらん。
大和の国に法がないというが、我らが法ぞ!
身勝手に争う者は、我らが懲らしめる。
税も我らが取り立て、朝廷に納める。
何も隋などに感心することはない。
そもそもなれ(汝)はいかなる家柄の者ぞ。 ・・汝(なれ)※1
この四天王寺にどのような資格で立っておる! ・・四天王寺※2
有力豪族B:近江の新参者が、我らに政(まつりごと)を説く
資格があるのか!
有力豪族C:然(しか)り、然り。皇子(みこ)にお尋ね申し上げる。
何故(なにゆえ)この者を隋に参らせました。
何故我らではなく、近江の名も無き者を。
他の豪族たち:そうだ、そうだ。
蘇我馬子:静まれ!摂政は大王の名代であらせられるぞ。
慎まれよ。
聖徳太子:小野妹子。下がってよい。
小野妹子:はっ。(去っていく時に転ぶ)
豪族たち:はははははははは・・・。(嘲笑い)
聖徳太子:大伴の連よ!
名も無き者でも、国のために働く者には位を与える。
たとえ家柄よきものでも、私利私欲のために働く者には、
位を与えぬ。隋はそういう国ぞ。
我らもそれに倣(なら)いたい。
今後我らは、古きを捨てねばならん。
新しき冠位を作り、朝廷に優れた者を集める。
小野妹子には、しかるべく位を与え、
あらためて隋との交渉に当たらせる。
この仕事に家柄は不要ぞ。
豪族たち:何と・・・そんな・・・。
聖徳太子:皆!小野妹子たちが隋でいかなる扱いを受けたか
忘れてはならぬ。
法も冠位も持たぬ大和の国を、
隋はまともな国とは見なかった。
妹子らは粗末な寺に泊められ、
蛮夷の人のごとく取り調べを受け追い返されたという。
我らは蛮夷の国と見做されたのじゃ。
法を作るのじゃ、冠位をつくるのじゃ。
我らは急ぎ、隋に追いつかねばならぬ。
隋に大和の国を認めさせ、
対等な交わりを結ばねばならぬ。
異議のある者は申し述べよ。
大伴の連:皇子! 新しい冠位に我らはどのように?
どのようなくらいに着くことに?
聖徳太子:それは追って知らせる。(聖徳太子、去る)
以上です。
聖徳太子の行った「十七条の憲法」「冠位十二階」の動機が、
端的に表現されているシーンです。
当時の豪族たちと考え方も、デフォルメされているとはいえ、
よくわかります。「我らが法ぞ!」は最高!
教師が説明するより、数倍も効果的なシーンだと思います。
授業に見せたくなるシーンです。
※1「汝(なれ)」=二人称。対等あるいはそれ以下の者
に対して用いる。おまえ。なんじ。
参考:weblio辞書
※2「四天王寺」 =聖徳太子が建立した寺。物部氏との戦いで、
もし物部氏に勝ったら、寺を建てると
四天王の像に勝利祈願した聖徳太子。
物部氏に勝利して、約束通り建立した。
参考:聖徳太子謎紀行
また一つ、読み物化完了。
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