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2017年4月9日

2017年4月 9日 (日)

テレビで勉強/同じ番組を見た人たちの声

 

今日は4月9日。

  

前投稿に引き続き、3月19日放映の「NHKスペシャル シリア 

絶望の空の下で閉ざされた街 最後の病院」より。

  

この番組を見て、やっとシリアで起こっていることを

少しは知ったかなと思いました。

私にとって重要な番組になりました。

  

同じこの番組を見て、ネット上に感想を書ている人たちがいます。

引用してみます。

TVツイートタイム NHKスペシャル「シリア 絶望の空の下で」3/19 感想まとめ

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思いが近い人の感想をピックアップしてみました。

  

  

  

まるいの日記 NHKスペシャル 「絶望の空の下で 閉ざされた街 最後の病院」を見てみた

このブログでは、番組の内容が詳しく書き留められていました。

引用します。

  

クドゥス病院の院長・ハムザ・ハティーブは

内戦中に生れた娘にサマーという名前を着けた。

サマーというのは「空」という意味だ。

どうしてそういう名前をつけたのか。

ハムザ・ハティーブ

「空という言葉からは未来や希望、雄大ですが

清々しいといったことを連想します。

しかし、この数年間、空は爆撃によって

死をもたらす場所となってしまいました。

そんな空の姿を元に戻したかったのです。

シリアの空に戻りたい。きっといつか、

子供たちがシリアに平和をもたらしてくれると信じています」 

  

アレッポの空は死をもたらす(恐怖を運んでくる)場所に

なっているんです。

そんな生活を強いられる人たちが、

同じ時代に地球上に今、いるのです。

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↑「NHKスペシャル シリア 絶望の空の下で閉ざされた街 

最後の病院」より

  

    

  

るみみタロット あなたはどんな世界を顕しますか?

一部引用します。

  

医師も医薬品も圧倒的に足りず絶望的な治療の中、

このクドゥス病院も爆撃のターゲットとなっていた。

命の危険にさらされながらも、

病院に残り治療を続けていたのは29歳の若き医師ハムザ院長である。

ある日一刻の猶予も許されない妊娠中の女性が

クドゥス病院に緊急輸送された。

しかし、病院には妊婦に対応できる医師がいなかった。

そこでハムザ院長は看護師に手術をさせることを決断する。

この手術により赤ちゃんは助かることがなかったが、

女性は一命を取り留めた。

その時の院長の心境を語ったインタビューが以下である。

「どんなに困難でも解決策を見出さなくてはいけませんでした。

ただ正直に言えば希望なんてありませんでした。

私たちはいつか全員死ぬと思っていました。

せめて運命に負けまいと、強くありたいと考えていました。」

「いつか全員死ぬ」という極限の状況での決断は想像を絶する。

   

「運命に負けまいと、強くありたい」

私は発言が印象に残りました。

以上で、この番組での勉強は終了。

  

  

  

  

テレビ番組を見て、感想を共有する。

こうすることで、番組の印象が残り、

いずれその番組が自分の人生に生きてくると考える。

今年度はテレビ番組によりこだわっていきたい。

今年度の教研と言われる教員の実践研究の場も、

この5年お世話になった「特別支援教育」はやめて、

「情報化社会の教育」を選びました。

内容が良かった。

(1)各教科の学習の中で、どのような教育メディアを活用し、

  学習効果を高めていくか。

(2)情報やメディアを批判的、主体的に活用する力を、

  今後どのように育てていけばよいのか。

今の私にはとても魅力的な研究に見えます。

テレビで勉強/若い医師たちの心の支えになった先輩医師

  

今日は4月9日。

  

前投稿に引き続き、3月19日放映の「NHKスペシャル シリア 

絶望の空の下で閉ざされた街 最後の病院」より。

  

クドゥス病院の若い医者たちの心の支えになっていた医師がいました。

  

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多くのベテラン医師が去った後も、アレッポに残って治療を続けた

小児科医のワシーム・マアズさんです。

どんな厳しい状況にあっても、笑みを絶やさない優しい医師でした。

 

3つの病院を掛け持ちし、休む間もなく

子どもたちの治療に当たっていました。

決して弱音を吐かない姿勢を、若き医師たちは学びました。

  

証言

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マフムード・ザアザアさん。

マアズさんはいつも「シリアの未来を担う子どもたちを救わなければ」

と言っていました。

常に子どものために尽くしていました。

いつ空爆されガレキの下に埋もれても

おかしくない状況でした。

そんな場所にずっと残ることは

強い信念がないとできないことです。

  

  

マアズさんが亡くなった時の様子が、

監視カメラの映像に残っていました。

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昨年4月の映像です。緑の服を着ているのがマアズ医師。

この日も夜遅くまで治療に当たっていて、

建物の外に出ようとした時でした。

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マアズ医師が画面の左に消えた直後、

そちらの方から大きな音とともに爆風。

画面全体が砂埃だらけになりました。

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空からの爆弾が、すぐ近くで炸裂したのです。

マアズ医師は即死でした。

  

証言

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ハムザ・ハティーブさん。

兄を失ったのも同然でした。

マアズさんとは、家族よりも長い時間を過ごしてきたからです。

半年くらいは、ショックから立ち直れませんでした。

しかし、彼の仕事を放りだすわけにはいきません。

子どもの患者がいる限り、その志を受け継がなければいけないと

思ったのです。

 

若い医師たちの頑張りは、このような背景があったのです。

  

ナレーター:志半ばで倒れたマアズ医師。

  アレッポ中がその死を悼んだ。

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マアズ医師の命を奪った爆撃の翌日の病院の映像写真です↓

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病院スタッフが総出で病院の修復をしてる姿が

映像に映っていました。

病院は壊滅的な被害を受けていましたが、

しかし、ここを離れようとする医療スタッフはいなかったそうです。

 

  

真似できないことです。

マアズ医師のように、本当に命を懸けて手本を示した人。

このような人のことは、広く多くの人が知るべきだと思いました。

それがマアズ医師に報いる(むくいる)ことだと思います。

だから私もブログに載せました。

もしかしたら私のブログで初めて

マアズ医師のことを知る人もいるかも。

  

  

笑みを絶やさない。

弱音を吐かない。

せめて子どもと接しているときは、そうありたです。

(つづく)

テレビで勉強/バンカーバスター 空爆下の若い医師たち

  

今日は4月9日。

  

前投稿に引き続き、3月19日放映の「NHKスペシャル シリア 

絶望の空の下で閉ざされた街 最後の病院」より。

  

アレッポにはシルクロードの交易で栄えた市場スークがありました。

紀元前から栄華をきわめた歴史ある美しい街並みは、

アレッポ市民の誇りでした。

しかし空爆で破壊されてしまいました。  

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現在

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かつて店があった場所も・・・

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現在

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空爆で使われる爆弾で、

バンカーバスター(地中貫通爆弾)があるそうです。

調べると、アレッポでは、子どもたちが空爆の被害を受けずに

教育を受けられるように、地下に学校ができているそうです。

しかし、バンカーバスターは、地中に入ってから

爆発する爆弾。地下も安全ではなくなったそうです。

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逃げ場を奪う恐ろしい爆弾です。  

  

   

アレッポの反政府勢力内に最後の1つ残った病院、

クドゥス病院の様子が伝えられます。

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爆撃で病院内が停電。

スマートフォンの明かりを使っての治療です。

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クドゥス病院にいる医者は、経験の浅い若い医者ばかり。

ベテラン医者の多くは、家族の安全のため、

シリアを離れているためです。

院長も若い。

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29歳のハムザ・ハティーブさんです。

(つづく)

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