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2016年2月5日

2016年2月 5日 (金)

「PL学園最強世代」からの引用その2.重度訪問介護

 

今日は2月5日。

  

前投稿に引き続き、

「PL学園最強世代 あるキャッチャーの人生を追って」

(伊藤敬司・矢崎良一著/講談社)からの引用です。

  

ある日のブログに、敬司はこんなことを書き込んでいる。

〈いろんなヘルパーさんがいるけど、

その中でも一生懸命にやってくれる人がいる。

ナニクソ根性がある。銭金で仕事をしていない人だ。〉

その時のメンバーが、今も敬司のシフトの主軸になっている。

彼らには、こうした言葉が何よりも活力源になる。

「最後は義理人情の世界です。やりがいです。

あの人は、身体が動かせないんです。

誰かが助けなければ生きられないのだから。」

(ヘルパーの)岡村は言う。そして、それだけではない。

心の中にあるこんな本音も口にする。

「僕も性格の悪いところがあって、他者のヘルパーが脱落していくなかで、

生き残れた自分がちょっと嬉しかったんです。

これだけ頑張っても、介護保険と重度訪問介護というのは報酬が倍以上違う。

そんなストレスを溜め込みながらも、

やれている自分に酔っていた面はあります。

まだ俺は残れているぞ、って。」  (190p)

  

ヘルパーの仕事が大変であると思った本でもあります。

  

「重度介護訪問」について全く知らなかったので調べました。

次のサイトが参考になりました。

全国障害者介護制度情報 重度訪問介護で暮らすー難病ALS-

引用します。

重度訪問介護とは:

障害者自立支援法の中の訪問系サービス(ホームヘルパー制度)の一つです。

24時間の連続介護が必要な最重度の障害者に、

24時間連続してヘルパーを使う(8時間勤務のヘルパーが3交代で)事を

想定して作られた制度です。

もちろん1日16時間や12時間の利用をして、

残りは家族が介護ということも出来ます。

重度訪問介護は身体介護とは違って、

ヘルパーが障害者に呼ばれるまですぐそばで座って待つ

「見守り待機」もヘルパーの仕事となっています。

介護保険や障害者自立支援法の身体介護のヘルパーは、

決められた身体介護を1時間~1.5時間程度の短い時間に

さっとやり終えて帰って行きますが、

障害者自立支援法の重度訪問介護は、

同じヘルパーが最低8時間障害者のそばに座って待ち、

排泄や体位交換や文字盤や水分補給などを障害者に言われたら、

言われたときに即座に介護を行い、それが終わったら、

次に呼ばれるまでまた傍に座って障害者を見守りながら待機します。

外出の介護も重度訪問介護のヘルパーが行えます。

重度訪問介護を毎日使っている障害者はいつでも外出したい時に

ヘルパーと外出ができます。

たんの吸引や体位交換など、いつ必要になるかわからない介助内容の多い

ALS障害者等には、介護保険や少ない時間数を細切れに支給されると、

大変危険ですし生活の質にも支障が出ます。

その点、重度訪問介護であれば、安全に暮らせます。

   

ALSと重度訪問介護は深い関係があるわけです。

ただ介護保険と重度介護訪問の報酬の格差については、

この本の中で何度か出てきますが、まだよくわかっていません。

  

「PL学園最強世代」からの引用その1.清水哲さんからの言葉

 

今日は2月5日。

  

清原和博元プロ野球選手が覚せい剤を所持していた疑いで逮捕。

2月2日の晩に、このニュースが流れました。

驚きましたが、「やっぱり」という気持ちもありました。

逮捕が大きなきっかけになって、

覚せい剤から縁が切れればいいと思います。

  

清原元選手の2年後輩のPL学園高校球児だった方の本を読みました。

「PL学園最強世代 あるキャッチャーの人生を追って」

(伊藤敬司・矢崎良一著/講談社)

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ALS患者の伊藤敬司さんの本です。

※参考:ここでも道草 ALS患者伊藤敬司さんのことを知る(2015年11月30日投稿)

 

この本からの引用。

  

病気の人間は、人の言葉に敏感になる。

医者や健常者の何気なく口にした言葉にも、

その裏にある意思を忖度し、ときには深読みしてしまうものだ。(32p)

 

「忖度」が読めませんでした。

「そんたく」でした。

意味は「他人の心を推し量る(おしはかる)こと」

「病気の人間は、人の言葉に敏感になる」

大事な教訓だと思う。病人に接する時には気をつけたい。

自分が病人になったら、きっと実感するだろうな。

  

  

母校PL学園の先輩方は、

甲子園やその後の野球界で実績を残された方はもちろんのこと、

人間として素晴らしい方が数多くいらっしゃる。

その中の一人に、清水哲さんがいる。

(中略)

同志社大学に進学し野球を続けていたが、

85年秋、盗塁で二塁にヘッドスライディングをした際に、

ベースカバーに入った野手と接触し首の骨を骨折。

首から下の神経が麻痺する大怪我を負い、

その後、車椅子での生活を余儀なくされた。

現在は不自由な身体で書籍の執筆や講演活動など、

多方面でご活躍されている。(中略)

清水さんには、心が折れそうになった時、

心のこもったメッセージをいただき、

何度も助けていただいた。その中の一部を紹介したい。

≪障害を持って生きるということは、それだけで大変で、

辛い、苦しいこと。

まして全面介護ともなると、介護する側の負担にもなる。

それは同時に、介護を受ける側の「心の負担」にもなる。

やっぱり、先のことを考えたりすると不安に負ける。

「早く死んだほうが楽や」とも思う。

だけど、応援してくださる方がおられる限り、

それは口に出来ない。

「なんでこんなことになったんだろう?」と、そう思うよな?

そうかといって、一人で死ねるか?

俺らに出来るのは、好きとか嫌いに関係なく、”生きる”こと。

それが、介護をしてくださる方、心配してくださる方、

応援してくださる方に対して出来ることやと思う。

自分の運命を恨んでもどうにもならない。

お迎えが来るまで生きよう!

辛い時には泣けばいい。楽しい時には笑えばいい。

伊藤が生きた証は絶対に無駄にはならない。

伊藤には娘がおるやろ。

今はわからないけど、大きくなった時に、

お父さんの偉大さがわかると思うよ。

ファイトや!                  清水哲≫

(73~76p)

  

この人のことは聞いたことがありました。

「俺らに出来るのは、好きとか嫌いに関係なく、”生きる”こと。」

「自分の運命を恨んでもどうにもならない。

 お迎えが来るまで生きよう!」

同じ全面介護の清水さんの言葉は、

伊藤さんの中にじわっと入っていったことでしょう。

  

  

清水さんのホームページを見てみました。

Top 哲の声/清水哲

  

伊藤敬司さんが亡くなった日の記事。

「PLの後輩が亡くなりました。本当に辛かったと思います。

特に死が迫ってくる恐怖は恐ろしかった事と思います。

後輩は本当に良く頑張りました。ご冥福をお祈りします。」(2015年10月8日)

  

清水さんは桑田さん、清原さんの1年上。伊藤さんの3年上です。

(つづく)

  

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