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2011年8月2日

2011年8月 2日 (火)

血液型がわかったのは1901年

  

今日は8月2日。

ちょっと前に血液について書きました。

献血したのがきっかけでした。

「初めての献血」html

「血液型と病気と性格」html

   

職場で、血液型の話をしていたら、

同僚の理科の先生が、いい本を貸してくれました。

「週刊かがくる3」(朝日新聞出版)です。

1200512809 

   

この本に血液に関する面白いことがいくつも書いてありました。

自分の血(液)や肉にしたいので、

ブログに転記します。

    

血液が大量に失われると、死に至ります。

したがって、失われた血液をおぎなうことが行われました。

それが輸血。

しかし、昔の輸血はとんでもなかったようです。

引用します。

   

17世紀ごろのヨーロッパでは、

ヒツジの血液を人間に輸血したこともあったそうです。

もちろん、そんなことをされた人は、

死んでしまいました。

    

そりゃあそうだと今なら思いますが、

当時は助けたい一心で行われたことだと思います。

ヒツジではなく、人間の血が使われるようになりました。

   

その後、人間どうしの輸血が行われるようになると、

命が助かる人もいましたが、

死んでしまう人もたくさん出ました。

しかし、その理由はなぞでした。

   

今ならわかります。

人類はこんな犠牲の上に、血液型の発見にこぎつけます。

発見者はオーストリアのラントシュタイナーです。

1901年のことでした。

たった110年前のことでした。

    

ライトシュタイナーによって、血液には赤血球の血液型「ABO型」があり、

同じ血液型なら輸血しても安全なことがわかりました。

さらに、とっておいた血液が固まらないようにする

抗凝固剤(こうぎょうこざい)も開発され、

本格的に輸血が行われるようになりました。

     

輸血が本格化されるまでには、

命がかかっているたくさんの失敗が積み重なっていたことを知りました。

先人達に感謝。人類はやっぱりすごいぞ。

  

血液の話はまだつづく。    

 

    

 

 

山本一力さんの講演/仕事の本分/ツキのない人が上に座ると・・・

  

今日は8月2日。

7月29日に作家の山本一力さんの講演を聴きました。

Yamamoto1 
http://www.ad-assist.jp/oishiikioku/

     

以前山本さんは添乗員の仕事についていた。

先輩から、添乗員の本分は何かと尋ねられた。

答えられないでいたら、先輩が教えてくれた。

笑顔でやってきたお客さんを、

笑顔のまま連れ帰るのが添乗員の本分であること。

他のことは付けたしであるといった話でした。

   

【本分】=人が本来尽くすべきつとめ

    

本分から外れると、いいわけが多くなる。

なぜこういうことをするかというと、こうだからといった具合にいいわけをする。

本分から外れているので、自分で理由を作らないといけないからです。

そのいいわけが議論になると、本分からより外れていく。

大震災以後本当にやらなくてはならいないことは、瓦礫を撤去することである。

瓦礫に囲まれているところで、住民は将来の夢を語れない。

それが今の本分。

なのに、撤去は進まず、議論・関心は他のことに移っている。

残念なことだ・・・・と山本さんは言う。

    

    

 

教師の本分は何か考えさせられました。

子どもに教えること。

何を?

「受け継がれてきた伝統」「人を大切にすること」

そりゃそうだけど、それらを教えることで、

子どもたちが将来、元気に生きることの助けになるはずです。

シンプルにいきたい。

    

子どもたちを元気にすること。

   

これが、教師のやっていることの最終目標に思えます。

教師の本分です。

 

今、元気にすること。

将来、元気に生きていくためのささやかな助けをすること。

だから教師は工夫をし、努力する。

だから教師自身も元気でなくてはならない。

    

講演の最中から考えていたことを、この投稿で結論づけることができました。   

         

     

山本一力さんの話で、印象に残った話をもう一つ。

「ツキのない人が上に座ると世の中はくちゃくちゃになる」

と言われました。

例に出したのが、江戸幕府5代将軍徳川綱吉

将軍在位は1680(延宝8)年~1709(宝永6)年。

治世がうまくいかなくなったら、ツキのある人ならクビになって辞められる。

ツキのない人は辞められない。その結果、世の中がくちゃくちゃになるというわけです。

  

綱吉は辞められなかった。

そして、在位期間中にいろいろな天災人災に見舞われる。

生類憐みの令、貨幣改鋳などの悪政をする。

赤穂浪士の討ち入り後の処分も、

綱吉治世の時なので、問題の残るものとなってしまう。

元禄の最後には元禄地震(マグニチュード8.1)が起こる。

うまくいかないからと何をしたかというと、元号を変えた。

「元禄」を「宝永」にする。

 

しかし、くちゃくちゃは止まらない。

宝永4年10月4日(1707年10月28日)に宝永地震が起こる。

マグニチュード8.4ー8.7。

東北地方太平洋沖地震が起こるまでは、

記録に残る日本最大級の地震とされてきたもの。

  

山本さんの故郷、高知(土佐)の浦戸湾に面した種崎(たねざき)村に23mの津波が襲い、

多くの犠牲者が出て、今に至るまで語り継がれているとのこと。

地震の49日後に起きたのが、富士山の宝永大噴火。

(この噴火以後、富士山は噴火していない)

 (昨日のドラマ「水戸黄門」で三島から見た富士山が出ていました。

  しょうがないことですが、その富士山には宝永山や宝永噴火口がありました。

  光圀が亡くなったのは1701年だから、

  当時の富士山にはないものがうつっていたわけです)

   Houei_00
   http://masayama.blog40.fc2.com/blog-entry-176.html

綱吉は宝永6年に病死。やっと将軍を辞められた。

    

山本さんは、菅首相もツキがない人だと評する。

周りの人たちも辞めさせられないと批判する。

任命されて大臣をやっているなら、言うことを聞かないといけない。

いやなら辞めて、文句を言えばいいとのこと。

これは海江田経済産業大臣を指すのかと思って聞いていました。

   

歴史小説の作家の言ったことだったので、説得力がありました。

「ツキのない人」と綱吉や菅首相を表現するところが面白いと思いました。

「ツキ」は存在するのです。私もそう思います。

今「ツキ」があると思えば進む。ないと思えば休む。

    

     

    

「子どもはしなやか。そうさせないのは、馬鹿ったれの大人」と山本さん。

大人の視点で動いて、子どものしなやかな動きを封じていないかチェックしなくては。

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