2月30日にあった事件
今日は2月28日。
2月の終わりと言えば、暦の話題が頭に浮かびます。
今日も6年3組で話をしました。
以前ブログに書いた話。
※「なぜ3月スタート、2月が終わりの月?」(2007年11月)http://mitikusa.typepad.jp/blog/2007/11/post_a3ab.html
この話をしました。
さらに、関連話をいくつか紹介します。
同業者の方で、教室で使えたら使ってみてください。
※「昔の2月は29日まであって、閏年は30日でした」(2008年2月)
http://mitikusa.typepad.jp/blog/2008/02/post-f93b.html
※「閏年2月29日の話」(2008年2月)
http://mitikusa.typepad.jp/blog/2008/02/post-eeb4.html
※「さらに閏年2月29日の話」(2008年2月)
http://mitikusa.typepad.jp/blog/2008/02/post-eeb4.html
日本では、昔、太陽太陰暦が使われていた時(旧暦)は、
2月も年によっては30日まであったそうです。
現在使われている太陽暦であるグレゴリウス歴では存在しない2月30日があったそうです。
(しかし、グレゴリウス歴もかつては2月は30日までありました。上記の投稿参考)
旧暦が使われていた慶応4年2月30日(グレゴリウス歴1868年3月23日)に事件がありました。
イギリス公使パークスが、参内謁見に向かう途中刺客に襲われる
パークスは幕末・明治維新時のイギリス外交官。
フランスが主に幕府に肩入れしたのに対して、
イギリスは倒幕派・朝廷側につきました。
その中心がパークスでした。
そのパークスを、尊王攘夷派のメンバーが襲った事件。
襲撃されるパークス。フランスの絵入り新聞"ル・モンド・イリュストレ"より
※http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E6%9E%9D%E8%93%8A
また一つ、2月終わりに関するネタを見つけました。
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