« 2011年1月20日 | メイン | 2011年1月23日 »
今日は1月22日。
1月17日。北向観音から宿に戻り、次に出向いたのが安楽寺。
信州最古の禅寺。
つきあたりが本堂。
本堂から登った所に国宝「八角三重塔」がありました。
建築様式は
禅宗様(鎌倉時代に宋から禅宗に伴って伝来した様式で唐様〔からよう〕ともいう)
八角三重塔で、初重に裳階(もこし/ひさし又は霧よけの類)をつけた
珍しい形式であるうえに細部もまた、
禅宗の形式からなり類例が少ない。
裳階(もこし)に注目。
これのおかげで、何重の塔なんか判別を迷います。
今回も四重塔に見えますが、一番下が裳階であるので、三重塔です。
昨年夏に行った薬師寺東塔。
これは各階に裳階があるため、間違いやすのですが、三重塔です。
安楽寺本堂前で、書が100円で販売されていました。
私が買ってきたのはこれ。
特に最後の一文が自分らしいと言われました。
確かに日頃思っていることです。
さっそく学級通信裏面に印刷して、子どもたちに配りました。
今日は1月22日。
1月17日の北向観音での写真です。
私が興味をそそられたのは、建物内にあったこの絵。
絵の下には「善光寺平大地震 弘化四年(1847年3月24日)」というタイトルがありました。
さらにこんな説明書きがありました。
市之助さんという今の愛知県に住んでいる人が、
北向観音が枕元に現れたことから、
北向観音のお守りを手に入れて善光寺参りへ。
そこで善光寺平地震に見舞われたけど、
お守りが身代わりとなったおかげで、無事にすみます。
そのお礼で、市之助さんが奉納した絵なのだそうです。
善光寺にも、地震の傷跡があったそうです。
先に勉強していたら見ることができたのに残念。
※「善光寺本堂に残る地震の痕」http://www5d.biglobe.ne.jp/~kabataf/zenkoujijisin/konnseki/zenkoujikonnseki.htm
死者8600人以上。
阪神淡路大震災を上回る死者数。
ここにも忘れてはいけない歴史がありました。
「善光寺平地震」1847年
「安政伊賀地震」1854年
「安政東海地震」1854年
「安政南海地震」1854年
「安政江戸地震」1855年
このころ続けて数千人以上の死者を出す大地震が続きました。
東海地震はこの時を最後に発生していません。
不気味です。
今日は1月22日。
「雪の長野」シリーズのつづき。
1月17日朝の別所温泉「花屋」入口付近です。
朝、散歩で北向(きたむき)観音まで歩きました。
少し歩いて、久々のデザインマンホールに出会いました。

このデザインについて調べました。
※引用http://www6.airnet.ne.jp/manhole/kankou/ueda/ueda.html
別所温泉地区に伝わる雨乞いの祭りである、
「岳の幟」の幟(のぼり)と、「ささら踊り」をデザインしたマンホールである。
マンホールの上部に「別所温泉 岳の幟り」の文字が書かれている。
「岳の幟」の様子。
※「信濃毎日新聞 信州歳時記」http://www8.shinmai.co.jp/saijiki/data/07_002041.php
こりゃあ、マンホールのデザインにしたくなる華やかな祭りです。
北向観音までの道。
こんな雰囲気の雪道がうれしい。
北向観音へ。
ここの境内で素晴らしい景色に出会いました。
1・2・3 これだ~。
ほら、遠くの方がすごいことになっているでしょ?
もっとアップで撮影。
さらにアップ。
上田市街方面を見ているわけで、北東方向です。
よくわかりませんが、夏休みに登ったばかりの四阿山(あずまやさん)や、
浅間山を見ているのでしょうか。
この景色に出会えただけでも、この旅行は大成功です。
この境内に1月2日に来た方のブログを発見。
この方も「花屋」に泊まられて、北向観音に来てます。
たった2週間での違いは、
参拝客の多さと、雪の有無。
1月2日は初詣客で賑わい、雪は全くありませんでした。
※「旅すれば又、旅 /別所温泉と北向観音」http://futari-tabi.cocolog-nifty.com/blog/2011/01/--a2ff.html
(つづく)