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2008年7月2日

2008年7月 2日 (水)

非言語メッセージを使う/目線が合う子が増える

他の講座に参加した先生の報告を聞くのもためになります。

日曜日のサークル「21の会」で、

6月22日の「第3回 新生TOSS特別支援セミナー」に参加した先生から、

”TOSSどすこい”の末廣真弓さんの講座の報告を聞きました。

学級崩壊から立ち直るために行ったさまざまな手立ての発表でした。

特に印象に残ったのが次の手立て。

講座のレポートから引用します。

   

合図や手話で伝える

非言語メッセージを使うことにした。1人1人と指でOKマークを作り交わしたり、グーとしたり、両手を挙げてヤッターのポーズをしたり、1,2番と指で合図を送ったり、「素晴らしい」と手話でやったりした。1人1人と秘密の合図のようになっていった。また、「びっくり」「嬉しい」「すごーーーい」などを表情で表現できるようにした。

上記を行ってくると、目線が合う子が増え、アイコンタクトで通じることが増えてきた。

    

良いことはすぐに実行。

言葉で伝えることを減らし、表情や目線、身振り手振りで伝えることを増やしました。

明らかに違ってきたのが、目線が合う子が増えたこと。

そして言わなくても、相手の子に通じることが増えました。

教師を見ないとわからない、でも見れば伝わる。これはとても心地よい体験でした。

継続していきます。

     

向山洋一先生が、苦しんでいた末廣先生に送った言葉が次のもの。

「あきらめなければ負けじゃない」

ぐっとくる言葉です。

ミカン農家にインタビュー

5月14日に撮影したミカン畑での写真です。

学校から北へ、車で3分ほどの場所にあるミカン畑です。

花が咲いていて、いい香りがしていました。

花が散った後には、みかんの小さな実ができていました。P5160006 P5160009_2

    

     

     

6月30日、同じミカン畑での撮影です。

実がだいぶ大きくなっていました。P6300028

    

    

    

このミカン畑の持ち主の男性にインタビューに行ってきました。

戦後に渥美から入植した開拓者でした。

現在84歳。19歳で入隊して、中国に出兵した経歴のある方でした。

以前にもこのブログに書きましたが、

学校の北、本宮山山麓の地はほとんど作物がつくられていない原野でした。

戦後、政府の働きかけで開拓が行われ、多くの畑がつくられました。

今回話を聞いた方の土地も、もともとは山であったものを削って畑を作ったそうです。

赤土で畑に不向きであったため、苦労したそうです。

家も粗末で、杉皮の屋根だったそうです。

杉皮は乾くと縮み、すきまができるために、急な雨が降ると雨漏りがひどかったようです。

しばらく雨にぬれると杉皮のすきまがなくなり、雨漏りは減るそうです。

今はそんな開拓の歴史の面影はあまり土地には残っていません。

しかし、こうやって調べてまわって、子どもたちに地元の歴史を伝えたいと思います。

   

ミカンの栽培で大事なのは消毒だそうです。

さまざまな虫がついたり、病気が出るため、タイミングの良い消毒が必要だそうです。

10月~11月に出荷です。

「その頃、また来いや。食べさせてあげる」

と言ってくれました。

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